ミチカズとウィンクルム
『ほほう、このわしとの決闘を所望するかその小さき身で』
暗闇の中。
直接意識に投げかけられた声は、口調と裏腹に若い女性のモノだった。
「いや小さくないし身長百七十はあるし」
俺は思わず反発した。
この声、語尾にザザッとしたノイズ感があるな。まるで音声ソフトで処理したような電子ボイスぽいというか。そんなことを考えながら、ぼんやり立っていると、再び声がした。
ソプラノの声だ。
「カカカ! わしの言葉がわかるのか!」
笑うその声で、俺は目を覚ました。
と、前方に何かがある。
よくわからない、見慣れない大きなモノだった。
全高十メートルはありそうな、女性にも似た形の……これはロボット?
目の前の巨大な鉄の塊が、俺を見下ろしている。
それは生身と違って流線形でこそないカクカクとした板造りの造形だが、大きな鎧を着た細身女性といった出で立ちの巨大機械だった。ネットでよく見ていたアニメにでも出てきそうな、いわゆるロボットというものだ。
全体的なカラーはホワイトで、ところどころにピンクのラインが走っている。フェイスは両目部分を隠したバイザー型で、ツインテイルのような鋼線が側頭部から伸びていた。
「どうした突然呆けた顔をして」
「いや……俺は?」
思い出した。
たしかさっきまで俺は食パンを口に咥えて登校中で、そうだ交差点で車に衝突して、それから……。
考えていると、突然、耳をつんざくような轟音。
なんなんだ? これは爆発か!? 俺は驚き、周囲を見る。
俺は広い広い平野に立っていた。だが、――え? なんだこれは?
地には地平まで続くかのような人の列。そこに混ざっているのは恐竜のような動物に乗った騎兵や、こん棒を持った巨人。
空を飛んでいるのはドラゴンか?
火の球が宙を飛び交い、ほうぼうの地面で大きな爆発を起こしている。
怒声。轟音。炎風。土煙。血の匂い。――陽光に煌めきながら振るわれる、剣の撃。
ヴァーチャルCGのような光景に、俺は一瞬立ち眩みを覚えてふらついた。
これは夢か? 夢に違いない。事故に遭った俺は、今病室のベッドで夢を見ているのだ。
そう思っていたら、また爆音。
今度は近い。俺の横で一つ、爆発が起きた。
風圧で首が曲がる。飛んできた小石が髪を薙いだ。飛んできた砂粒が、頬に腕に、痛い。炎の熱さにおののいて、俺は後ろに飛びのいた。
痛覚を刺激されて俺は目を丸くした。
夢じゃない、……のか!?
俺は思わず、目の前のロボットを見上げなおす。
「どうした、呆けた顔をして」
「ここは、どこだ?」
「なにを言うとる、戦場ではないか。そして貴様は、わしに決闘、一騎打ちを申し込んだ」
「俺が? キミに?」
俺は思わずロボットを指さそうとして手を伸ばした。
と、自分の手に血濡れの剣が握られていることに気がつき、思わず、
「うわぁっ!?」
それを放り投げる。
「そうだ、貴様が、わしにじゃ。唯一わしが解する貴様らの言葉『デウル』! 決闘を意味する言葉を叫び、わしに挑んだその凄烈な目を、もう一度見せてみろ!」
嬉しそうな声を上げて、巨大なロボットが俺の前で膝をつく。
戦場。
ここは戦場なのか? 車に跳ねられた俺が、なぜこんなところにいるのか。もしかすると俺は死んでしまったのだろうか。
だとすると、ここは死後の世界というものか?
わからない。わからないので、横に置くことにする。
「わしはギガントマキナ、名はウィンクルム。貴様は?」
「え、あ? 道和、……結城道和」
「カカカ! ミチカズ! ミチカズか、記憶した!」
気が付くと、俺とウィンクルムの周囲には奇妙な静けさが広がりつつあった。
周囲の人間が剣を下し、俺とウィンクルムを見つめて輪を作っている。
ウィンクルムの高い声が、戦場に広がった輪の中に響く。
「ではこい、決闘を受け入れようミチカズ! わしの言葉を解した褒美じゃ、一つ願いを聞く。武器の不使用か!? この場を動かぬ誓約でも構わぬぞ、命乞い以外ならばなんでもござれだ!」
「いやいやいや、決闘なんて! こんなところで!? そんなことより、俺をこの場から連れ出してくれっ!」
ウィンクルムのバイザーが、ブゥン、と音を立てて光った。
「邪魔の入らぬ場を所望か。承知!」
ウィンクルムが動いた。ゆっくりと、だが有無を言わさぬ動作で、俺の身体を左腕で抱え込む。
ざわっ、と。
戦場が声を上げた。そのとき、周囲で俺たちを眺めていた奴らの中から、小柄な人影が躍り出してきて、叫ぶ。
「ハイヴィ!」
黒髪をなびかせた、目の青い少女だった。
必死の形相で声を上げたその娘は、握りしめた剣で、俺を抱えたウィンクルムの腕に斬りつける。金属音が響いた。
斬りつける。斬りつける。
そしてこちらを見て、なにかを叫んでいる。が、俺にはその言葉がわからない。
「邪魔するでない娘、怪我をするぞ」
と。
ウィンクルムが、俺を小脇に抱えたまま立ち上がった。
怒声が戦場を支配する。俺たちの周囲で輪となっていた人垣が、なだれ込むように壊れていく。
「ハイヴィ!」
少女が、抱え持ち上げられた俺を見上げて手を伸ばしている。
俺は困惑したままその子を見返した。綺麗な子だった。見覚えがあるような、無いような、不思議とそんな気持ちが溢れてくる。
「カカカ!」
ウィンクルムが空に突き抜けるような笑い声をあげた。
「では行こう、決闘じゃ!」
――ドン!
と。
不意の加速感。身体が引っ張られる。
大地が遠くなった。ウィンクルムは俺を抱えたまま、飛び上がったのだ。小さくなっていく地面で、人間たちが蟻のように蠢いている。閃いた剣が陽光を反射してキラキラと、大地をさざ波のように揺らしていた。
怒号。爆発。地の響き。
それらがどんどん遠くなっていく。俺は空に落ちていく。雲を抜け、ただただ青い空の中に、ぽつんと。
突然の静けさに、耳鳴りだけが五月蠅かった。