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後編だよ~


 リサのお題


 とある山間(やまあい)の村に、完全無敵の超密室がありました。

 (レンのため息)

 密室はコンクリート仕立てで四方3メートルほどの小屋のようなものでした。あるのは頑強な鉄の扉と、顔を出せるか出せないかほどの小さな窓がひとつだけ。

 どこかの誰かは言いました。この密室は凄いんだ。(ねずみ)一匹だって出入りは叶わないだろう。しかし(あり)くらいなら入れるかもしれない。

 よく晴れた夏の昼下がり。この中からひとりの男の遺体が発見されました。

 季節もさることながら、死後幾日か経っていたために、開けっ放しの窓から腐臭が漂っていたことが発見される切っ掛けとなりました。

 遺体の服のポケットに小屋の鍵が入っていたため、警察は自殺の線も考えて捜査を開始したそうです。


 ……


「終わりよ」

「え? それだけ?」


 レンは目を丸くした。


「こういうのは適当でいいのよ」

「とは言え、死亡原因すら分からないよね」

「そう。それも自分で考えていいし、少しくらいなら設定を変えてもいいから、これをどうしたら密室殺人に仕立て上げられるか考えてみましょう。私も今、適当に話した設定で何も分からないから一緒に考えていくわね」


 二人の黙考(もっこう)の時間はしばらく続き、やがて、先に口を開いたのがレンだった。


溺死(できし)なんてどうかな」

「どうやるの?」


「被害者に睡眠薬を飲ませておいて、薬が効いてくるかこないかくらいの時間を見計らって小屋で待ち合わせるんだ。大事な話があるから中に入ったら俺が来るまで鍵をしていてくれ、とかこの辺はなんでもいいよ。とにかくそうして中に入った被害者が眠ってしまったところで、開いていた小窓から水を流していくんだ。小さな虫くらいしか出入り不可な小屋のようだし、それくらいならあらかじめ試しておいて、水が漏れそうな部分を外から(ふさ)いでおけばいいだろう? 

 それで被害者が溺死したら塞いでいた箇所(かしょ)を解放するんだ。死後幾日か経っていたんなら水は余裕で抜けるだろうし、濡れた遺体も乾くだろう。問題はそれを他人に見られないようにすることだけど、この辺は話の作り方でフォローすればいい。

 設定追加で小屋の周りをぬかるませておけば、後から来た探偵や警察が(いぶか)しんでトリック解明の切っ掛けにもなる。ただでさえ夏のようだし、最近は雨が降ってもいなかったのに、とか加えてもいい。ああ、鉄の扉のようだから、水に浸かっていたことが原因で()び始めていたとかでもいいね。どうして錆びてるんだろう、みたいな」


「被害者から睡眠薬が検出されたりしてもヒントになるわね」

「そうだね」

「それじゃあ私の番ね。私ならそうねえ、刺し殺すかな」


 リサは、力を()めて続ける。


「あらかじめ小屋内の四方をビニールとかで覆っておくの。なんならその上から布を二重にしてもいいわ。ペンキ塗り立てや工事中の場所に布が覆ってあったりとかって珍しくもないし、被害者だって別に、小屋補修中のような形跡があるくらい気にしないでしょう。

 私もレンと同じで待ち合わせを使うけど、先ずは窓から近づいて、こんこんと叩いて相手に知らせるの。被害者が窓辺にやってきたら、頑張って胸をひと突きにするか、(けい)動脈を切ってもいい。とにかく出血が激しくなる方法で殺すの。顔を出せるか出せないかくらいの窓とはいえ、まあそれくらいならなんとかなるでしょう。いえ、なった(てい)でいきましょう。

 被害者はそのまま窓寄りの床に倒れて絶命するの。そうしたらしばらく放置して、遺体から止めどなく流れる血が尽きたところで次の行動に移すのよ。

 血は布が吸ってくれて、布の下にはビニールも敷いてるから床も汚れないでしょう? 血が乾いたら、これを窓からずるずると引き出すの。その上に遺体があるんだから、被害者の体は多少転がって位置が変わるし、布とビニールを窓から回収する際に、乾いている血とは言え多少は周りを汚してしまうかもしれないけど、これがトリック解明時のヒントになるわけね。

 どうしてこんなことをするのかと言えばね、こうすれば小屋の中に残った遺体は、死因が失血死にもかかわらず、明らかに出血跡が少なすぎる状況になるの。入念にチェックしても床から血液反応も掃除跡も見つからないでしょうから、それはつまり、どこか別の場所で被害者を殺害後に、遺体をこの小屋に移したんだと警察に誤認させられないかなって思ったの。

 これは本来殺害に使った窓から注意を()らすためね。別の場所で殺害された遺体だと見せかけられたら、それは犯人が小屋に入ってきて遺体を中に移したことになるから、どうあってもその方法を考えようとするでしょう? 合鍵があったのかとか、ドアをピッキングでもしたのかとか。かく乱の一環ね」


「なるほど」


 レンは呟いた。


「突っ込みどころの穴は幾らでもありそうだけど、お互いに即興にしては案外と思いつくものよね」

「それでもやっぱりミステリー最終選考には届かないんだよねえ……」

「それは言いっこなしよ」


 二人はその後も、やれ殺人だ、やれ密室だ、やれアリバイだと言い合っていたので、近くの他の客からじろじろと見られることもままあった。

 やがて、リサの頼んでいたショートケーキが運ばれてきたところで、会話は一旦中断となる。

 満面の笑みを浮かべてケーキを頬張(ほおば)り始めるリサは、ともすると小動物のようにも見える。

 レンは、そんな光景を立て肘をついて見守りながら、どれだけか前のことを思い返した。

 一緒にミステリー作家を目指そうよ!

 くじけそうになるたびに、リサは(ほが)らかな笑みを浮かべてそう言った。明るくて前向きな彼女に、今まで何度救われてきたことか……



「やあ、お二人さん。こんばんは」


 低く、それでいてよく通る声がした。

 レンとリサがほぼ同時に横を見ると、そこには中年の男が立っていた。


「トオルじゃないか!」


 レンは、そのままトオルと呼ばれた男を自分の隣に座るように促した。


「はは、これはすいませんね」

「いつ帰ってきたんだい?」

「今日の昼頃ですよ」


 トオルは、レンとリサよりも随分と歳を取っている。

 彼もまた、この居酒屋で二人と顔を合わせていく内に仲良くなったひとりだ。本を読むことが好きらしく、レンとリサと打ち解け合うのにさほどの時間もいらなかった。


「帰ってきたなら言ってくれたらよかったのに」


 リサは、ケーキを手放すことなく言った。


「時差ボケでやられていたものでね、少しばかり自宅で休もうと思ったんですよ。それからなんとなくここにやってきたら、お二人がいたもので話しかけてみました」

「そうだったのね」

「そうそう。お二人の今まで書いてきた小説ですが、向こうでも飛行機の中でも読ませてもらいましたよ」


 トオルはそう言うと、店員をつかまえて酒を注文した。


「どうだった? やっぱり私達じゃあミステリー作家は無理なのかしら」


 リサはおそるおそると、第三者からの感想を待った。

 いやに長く感じられる間を置いて、トオルは話し始める。


「存外に悪くないと思いましたよ。上から目線と言うわけではないのですが、試行錯誤を繰り返してきたようなアイディアや構成、これなら作家も夢ではないのではないかと率直に思いましたね」


 前向きな感想が、かえってレンとリサには辛辣(しんらつ)に映った。


「それじゃあどうして俺もリサも最終選考まで辿り着けないんだろう」


 レンは、がっくしと肩を落とした。


「簡単ですよ。分かりやすい大きな問題がひとつあるからです」


 トオルは、明るい口調でそう述べた。


「大きな問題? ぜひ教えてくれないかい?」


 レンが尋ねると、トオルはさっきよりもたっぷりと間を置いた。

 レンとリサを代わるがわる見比べて、語気強く言う。


「日本語がなっていないんです。それはレントン・ガルシアさんもエリザベート・アッカーソンさんも共通しています。日本で投稿するのだから日本語は必須です。お二人だけの時は英語で話しているようですが、練習も兼ねていつでも日本語で話し合うようにしてみてはどうでしょう」


 トオルは、レンとリサのフルネームを出してぴしゃりと告げた。


「……そんな問題があったなんてびっくりしちゃったわ」


 リサが言うと、続いてレンも苦笑する。


「これでも綺麗に話せてると思ったんだけどね」

「日常会話がうまいからといって、小説向けの文章として書けるかはまた別ですからね」


 トオルは言ってから、自身も甘党のためにショートケーキをあらたに注文した。


「どう? トオル」リサが言う。


「せっかくイギリス旅行に行ってたんだから、前に私が言ってた向こうのショートケーキは食べてきた?」

「もちろんです。日本のふわふわの生地のもいいですけど、イギリスのさくさくした生地のショートケーキもまた格別でしたね」

「そうでしょう!」


 リサは誇らしげにほほえんだ。


 その後も、三人は小説談義に没頭し続けた。


「そうそう。作家がよくやってしまうミスとして、ひとつの文章やアイディアに固執するあまり、たった数行前後の文章間で些末(さまつ)な矛盾を書いてしまうというのもありますね。これは推敲(すいこう)だけでなく、今の我々のように互いに作品を見せ合って指摘してもらうというのも有用です」


 帰り際、トオルがそう述べた。


「気をつけるよ。それにしてもさ、作家がどうとかって、トオルは何者なんだい?」


 レンは大きく伸びをして、夜風にあたりながら()いた。


「ああ、そういえば言ったことがありませんでしたね。私はナロー出版社で働いておりまして、これでも編集長を務めさせていただいているんですよ」


 刹那(せつな)、レンとリサは顔を合わせて目を丸めた。

 作家志望の駆け出しにとって、編集者とは(すなわ)ち神にも匹敵する天上人である。彼らの意向によって人生が左右されると言っても過言ではない。


「オーマイガッ!」


 レンとリサは声を揃えた。


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