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ざらめと小倉トースト

作者: 鮎村 咲希

 病院近くの喫茶店は混んでいた。

 テーブルに並ぶトーストの皿を見て、そういえばモーニング時間帯だと気づく。

 ――本当に帰ってきたんだ。

 今さらながら、そんな実感が湧いた。

 席に着き、コーヒーを注文する。無料でついてくるモーニングは、メニューも見ず適当に選んだ。なにか腹に入れたほうがいいのはわかっているが、正直、食欲はない。

 店員が立ち去ると、とたんに父の青白い顔が脳裏に浮かんだ。病室のベッドに横たわる父は、記憶にあるよりも小さくしぼんで見えた。

 ――そりゃそうだ、もう七十二なんだから。

テーブルを睨み、唇を噛む。親が老いていくのは当然のことなのに、いざそれを目の当たりにすると動揺せずにはいられなかった。一人で病室を出てきたのも、弱った父の様子をあれ以上見ていたくなかったからだ。この二日で一気に老け込んだ、母の姿も。

 ――逃げてどうする。こんなときこそ、俺がしっかりしなきゃいけないのに。

 幸い今回は持ち直したが、父にもしものことがあれば、一人息子の自分が母を支えていかなければならない。

 テーブルの下で拳を握ったとき、コーヒーが運ばれてきた。モーニングのトーストには、ゆで卵の代わりに粒あんが添えられている。

 ――しまった、小倉トーストだ。

 一瞬顔をしかめたものの、すぐに思い直してスプーンを取る。寝不足には甘い物もいいだろう。

 粒あんをたっぷり載せたトーストをかじると、強烈な甘さが口に広がった。いつかどこかで、味わったことのある甘さだ。

 ――そうだ、喫茶店!

 昔はよく、両親と近所の喫茶店に出かけていた。自分はまだコーヒーを飲むような年齢ではなく、ざらめの砂糖が物珍しくて、そればかり食べていた記憶がある。粒あんの甘さは、そのざらめの味にどこか似ていた。

 気づけば、トーストを平らげていた。消音機能を解除したように、周囲のざわめきが急に戻ってくる。頭にはまた父の姿が浮かんでいたが、それは病室で寝ている父ではなく、コーヒー片手に笑っている昔の父だった。

 コーヒーを飲み干し、深呼吸する。強張った肩がほぐれていくのを感じた。

 伝票を取り、急いで店を出る。

 父が目覚めたとき、すぐそばで笑っていてあげられるように。


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