婚約破棄してめでたしめでたし。では終われなくてよ?
お花畑二人組に重きをおいています。会話を楽しんでもらえれば幸いです。
「殿下。わたくしが差し上げたお手紙、お読みになりまして?」
「お前からの手紙など、けがらわしくて手に取るのもおぞましい。」
殿下と呼ばれた男はこれ見よがしに顔をしかめて見せた。
季節は冬。国の主な貴族などが通う学園のサロンの片隅に三人の男女がいた。一見すればただ冗談を言い合ったりと談笑しているかに思えたが。
「わたくしは、殿下に手紙をお読みかどうかをお聞きしました。一昨日届いたはずです。その手紙はどうなされたのですか。開けて中身を見ましたか。」
令嬢は重ねて問う。こちらは顔に微笑を浮かべ、穏やかに。
そう言われた男はますます嫌そうな顔をする。
こんな険悪な雰囲気からはとてもそうは見えないがなんとこの二人、婚約している。
男のほうはカザシム・フロジア。この国の第一王子であり王太子。要するにこのままいけば次の王になる者だ。
王家の伴侶には代々美男美姫があてがわれてきていることもあり、このカザシム王子も例にもれず大変見目麗しく、華やかなお顔立ちをしておられる。
女のほうはヴィオレーヌ・フォモレス。フロジア王国の侯爵家の娘である。代々優秀な魔法使いを輩出する一族の中でも抜きんでた才能を持つといわれていた彼女は、その力を取り込みたい王家たっての願いによりこの王子の婚約者となった。容姿に派手さはないが、意志の強そうな菫色の瞳につややかな黒髪が美しい少女である。
「殿下。お答えくださいな。」
「っ! あんなもの、暖炉に放り込んでやったわ! どうでもよい内容で私の時間を奪うよりも、私の部屋を暖める燃料になったほうが有意義ではないか。」
「そうですか。封もあけず、中身も見ていないと。」
こらえようとしてこらえきれなかったのだろう溜息が漏れる。頭が痛いというように彼女の手がそっとこめかみのあたりに添えられ、どうしましょうか、というつぶやきが聞こえた。その時。
「そんな風にカザシムばっかり怒らないで!」
と一人の女がカザシムをかばうように割り込んできた。この女はパトリシア・ラトアニア。愛らしい顔立ちに流行のドレスをまとったラトアニア子爵の次女である。彼女は目を潤ませてヴィオレーヌをにらんだ。
「この方は?」
「彼女は最近まで病弱ということで療養していたパトリシアだ。やっと元気になって学園に編入してきたから僕が先輩として案内を・・・」
「そうですっ。カザシムは王太子で忙しいのに私にも親切にしてくれて・・・。手紙だってちょっと間違えて燃やしちゃっただけなのに、どうしてそんなに怒るんですか。彼がかわいそうですっ!」
ついさっき自分で意図的に燃やしたと言っていたようだが彼女の中ではちょっと間違えただけということになっているようだ。ぎゅっと王子の腕に抱き着き、王子をかばっているのかかばわれているのかよくわからない体勢で彼女はさらに言い募る。
「どうせ彼に相手してもらえなくて寂しくてそんなこと言うんでしょう。婚約者だからって余裕ぶって、カザシムのことほったらかして陛下や王妃陛下に媚ばっか売ってるから愛想つかされるのよ。顔だって地味だし? もう少し自分を飾る努力をしたらどうなの?」
次から次へとパトリシアの口から飛び出す暴言にもヴィオレーヌの微笑は崩れない。そうして黙って寄り添う二人を観察している。
一通り罵倒しつくして言葉が切れたタイミングで口を開く。
「誰に許可を得て発言しているのです。下がりなさい。」
一瞬ぽかんと何を言われたのかわからないという顔をした後、パトリシアは顔を真っ赤にしてヴィオレーヌに食って掛かった。
キャンキャンとうるさい彼女を視線から外すかのようにヴィオレーヌは扇を広げ顔の片側を覆うようにさす。その様子に馬鹿にされたと思ったのか余計に騒ぎ出す。いつの間にか彼らの様子をうかがうものの数が増えていく。
そんなとき、ついに王子が口を開く。
「ヴィオレーヌ、彼女は長く療養していたのだ。もっと優しく接してもよいのではないか。」
「殿下、わたくしこれでも十分優しくして差し上げておりますわ。もしこれが社交界でしたら彼女五回は死んでいますもの。」
この国では身分の上のものの話に割り込むなど護衛に即斬られても仕方のないほどの無礼だ。その上相手を罵倒したり侮辱しようものなら・・・・・・言うまでもない。
微笑みながら冷たく言い切った彼女に、パトリシアは「ひっ」とか細い悲鳴を上げて王子の後ろに隠れた。いかにもか弱い女性を演じる風であったがそれを演技と思わず、鵜呑みにする馬鹿がここにいた。
「パトリシア・・・・・・。貴様、こんなか弱い乙女にも優しくすることすらできないのか・・・・・・! もうこんな冷血女と婚約などしていられるか。貴様に王太子として婚約破棄を申し渡す! 私はこの初恋の君、いとしく愛らしいパトリシアと婚約する! シア、受けてくれるか?」
「カザシム・・・・・・! うれしい。私、カザシムのお嫁さんになってこの国の王妃になるのね!」
「ああ、私の隣にはそなたのような美しい女性こそがふさわしい。」
「カザシム・・・・・・!」
「シア・・・・・・!」
二人の世界に埋没したカザシムたちを後目に、ヴィオレーヌはいくつかの処理をした後いつもと変わらぬ調子で彼らに話しかけた。
「婚約破棄、確かに承りました。では、婚約の証として差し上げたネックレスをお返しいただけますか?」
「ん? ああ、あれか。後で届けさせる。それでいいだろう。」
「いいえ、あれを返してもらわねば婚約破棄は成立いたしません。今すぐお返しください。」
「チッ。どこまで私をいらだたせれば気が済むのだお前は。まあ、今の私は気分がいい。特別に召喚魔法で取り寄せてやろう。」
カザシムがいくつか詠唱すると、その手のひらに菫色の大きな石がついた美しいネックレスが現れた。それをちらりと見て、投げ渡す。
「これで婚約は破棄されたのだな。」
「ええ、確かに受け取りました。では皆さま、ごきげんよう。お幸せに。」
なれるものならば。と声に出さずにつぶやきヴィオレーヌは消えた。
「転移魔法か。相変わらず魔法の才だけは無駄にあるな。」
「ねえカザシム。わたし、カザシムの婚約者になったんだから、陛下にあいさつしないといけないんじゃないの?」
「ああそうだったな。そなたは美しいだけでなく聡明な女性でもあったのだな。そなたなら、あの女よりも陛下も気に入ってくださるだろう。愛している、シア。」
「キャ♡ カザシムったら。私も・・・・・・その、あ、愛してるわ//////」
そうして二人は連れ立って王宮へ向かうのでした。
二人は寄り添いながら堂々と国王の居室への道を進んでいた。途中無礼な騎士が二人を引き裂こうと(子爵家の令嬢では謁見以外で国王にまみえるわけにはいかないため)してきたが、全てカザシムが追い払った。ますます互いの世界に入り込むふたり。もう二人の恋は誰にもとめられない!
「父上に、我が生涯の伴侶を紹介しに来た。そう伝えよ。」
「恐れながら王太子殿下、陛下は今、その」
「ええい、私の命令が聞けんというのか。父上のもの以外では、私の命令が最も優先されるはずではないか!」
「はい、それはもう。ですが今は」
「今はなんだ! とりあえず父上にうかがってこい。それで断られたら諦めもするが、貴様が私の命令を聞かない理由にはならないぞ!」
「・・・・・・かしこまりました。」
国王の居室を守る騎士は、表情こそ変えないが明らかに不機嫌そうにそういうと、部屋に入っていった。
「さっきはあんなことをいったが、父上が私の面会を断るなどあり得ない。安心するといい。」
「そうなのですか? さすがカザシム王子。先程の対応も、とてもかっこよかったですわ」
「む? そうか? いや、次期国王として当然の態度だからな。そんな褒められることでもない。」
「でもでも、かっこよかったのは本当ですもの。思ったことはちゃんと言葉にするべきですわ! カザシム様かっこいい! すき! だいすき! あいしてる!」
「ははは、そうか?それならぞんぶんに言うといい。そなたのような令嬢に出会えた幸運を神に感謝しないとな!」
そんな風に二人の世界に浸っていたので、騎士が戻っていることに気づかない二人。
これ幸いと見て見ぬふりをして任務に戻る騎士。
・・・・・・そのままかなりの時間が過ぎる。そして扉は再び開かれた。内側から。
「・・・カザシム? そこで何をしておるのだ。」
「え? ・・・ち、父上!? そんな、自ら迎えになど来なくても・・・。はっ! とうとう私の素晴らしさを認め、王位を譲ろうと!? いやしかし、私はまだ学園で・・・・・・!」
「・・・何を一人で盛り上がっているのか知らんが、ちょうどよい。お前も来い。緊急会議が始まるからな。お前も出席しろ。」
「会議! 本当に譲位を・・・! はい、このカザシム! 精一杯努めさせていただきます!」
「・・・まぁいい、もう手遅れだと思うことにする。では参ろうか、ヴィオレーヌ嬢。」
そして国王のあとからヴィオレーヌが現れる。
「なっ! なぜ貴様がここにいる! もうお前は私の婚約者ではない。そんなお前が国王の私室から出てくるなど。だれか! この無礼者を引っ捕らえよ!」
「・・・こいつはもうほっといてよい。これ以上恥をさらすのは本意ではない上、そなたも長年相手をしていて疲れているだろう。先に行くといい。」
「はい、陛下。陛下のお心遣い誠にありがたく存じます。では、御前失礼いたします。」
「あっおい待て!!」
「ちょっと! 待ちなさいよ! あなたたちもなんで早く捕まえないのよぉっ!」
そんな喧騒しか産み出さない二人とその被害者たちを背にヴィオレーヌは去っていった。
「はぁ…っ! やっと自由になれるわっ! 」
彼女は喜びと期待と怒りと決意に胸を膨らませながら会議室へと急ぐのでした。
「くそっ。行ってしまったではないか。父上、あの女と何をしていたのですか・・・あれ、父上?」
「国王陛下は会議のためのお支度へ向かわれました。」
「そうか。・・・そうか、会議だったな! こうしてはおれん、すぐに向かわねば! 私が国王になる特別なものなのだからな。ついでにあの女も断罪してやればよいのだ!」
「そうですわ、カザシム様! いえ、カザシム陛下! ああ、こんな素敵な方の妻が私なんかでいいのかしら…。」
「何を言う! 私の妻になるのはそなたしか考えられぬ! 生涯あなたを愛する。そんな私のそばにいてくれないというのか?」
「カザシム様……私こそ誰よりもお慕いしていますわ。ずっとずぅっとお側にいさせてくださいませ。よし。じゃあ、とびっきりおめかししないと! 私がカザシム様にふさわしいとヴィオレーヌみたいな高慢貴族たちに認めさせないとね!」
「それもそうだな。よし、王家縁のとびっきりの装飾品をやろう。なに、王妃になるのだから早いか遅いかの違いだ。今使わなくていつ使うというのか!」
「ほんと! 素敵! 貴族たちの憧れを身にまとって・・・あぁ、夢みたい!」
「夢ではないぞ。私についてくればもっといい思いをさせてやれる。」
「カザシム・・・!」
「シア・・・!」
「はぁ・・・。」
これから国宝を持ち出そうとする王太子たちを、どうにかして止めなければならない騎士たち。頭痛と胃痛がマッハです。
「陛下の御入室です。皆様お立ちください!」
先触れの声に席についていた貴族たちが一斉に立ち上がり、片手を胸に当てて腰を折る。そうして上座から登場した国王が席につくとそれぞれも序列順に席についていく。その中にはヴィオレーヌの姿もあった。
「急に集まってもらったことに礼を言う。早急に決めなければならないことがあるのでな。領地視察などで王都におらなんだ者もそこのヴィオレーヌ嬢に迎えに行ってもらった。ヴィオレーヌ嬢、いつもすまんな。」
ヴィオレーヌはただゆっくりと礼をした。
「さて、集まってもらったのは他でもない、カザシムのことだ。」
そう国王が言った瞬間。会議室の扉が開かれ、バタバタとあの二人が駆け込んできた。
「父上! ただいま参りました!」
「あぁ、きたか、ちょうどいい。そこで聞け。」
「はい! 父上!」
カザシムは満面の笑みでパトリシアと寄り添うようにたっ立った。
「皆も知っての通り、王太子はそこのカザシムだ。しかしカザシムはヴィオレーヌ嬢との婚約を私の承認なく、相談すらなく勝手に破棄した。そして隣にいる子爵令嬢を妃に迎えようとしている。」
それを聞いて顔をしかめるものもいればヴィオレーヌに気遣わしげな視線をやるものもいる。しかし彼女はにこやかな笑顔で黙ったままであるため、その落ち着かない空気もだんだん静まっていく。
そして多少落ち着いた頃合いを計って、国王は次の言葉を紡ぐ。
「それ以外にも様々な理由はあるが、カザシムは廃嫡。そこの令嬢と婚約を認め婚姻後子爵家婿入りとする。」
しん、と静まりかえった。
そして最初に我に反ったのはパトリシアだった。
「ちょ、ちょっと待ってよ! カザシムが国王になる会議じゃなかったの!?」
そう叫ぶやいなや、護衛として立っていた騎士たちにとり押されられた。
「ちょっ、なにするの、いたっ。いっ・・・・・・。」
「シアっ。なにをするっ。やめろっ。ち、父上! やめさせてください!」
パトリシアが押さえられて慌てるカザシムも、騎士に止められる。まだ王族だからか、痛みを与えないようにやんわりと拘束された。
「会議の間、しかも私が話している中許しなく発言したのだ。その娘にはお前と婚姻を結んでもらわねばならぬ故、命までは取らぬ。それで我慢せい。」
「シアは王妃になる娘ですよ!? こんな扱いを受ける謂れはありません! いますぐ解放してください!」
「話を聞いていなかったのか。お前は廃嫡だ。お前が王になることも、それが王妃になることもない。」
「そ、そんな・・・!」
カザシムは助けを求めるようにあたりを見回すが、誰も目を合わせようとも助けようともしないのを見ると絶望したように国王を見上げ、その近くの席に座るヴィオレーヌに気づく。
「き、さま・・・。貴様のせいだな! ヴィオレーヌ! 貴様が父上に何かしたんだろう! そう、さっき父上の私室から出てきたときからおかしいと思っていたのだ! お前たち、私たちを押さえていないで反逆者を捕まえろ!」
「お前は、どこまで愚かなのだ・・・・・・。む、ヴィオレーヌ嬢か。どうしたのだ。」
「はい、陛下。発言の許しをいただきたく。」
「許す。言いたいことも有り余るほどだろう。好きに述べよ。」
「ありがとうございます。」
ヴィオレーヌは椅子から立ち上がると、カザシムの方に向かう。
「貴様・・・いつまでも思い通りにいくと思うなよ! 私が国王になったら、貴様なぞ国外追放に・・・いや、処刑してやる! それが嫌ならいますぐ私を解放し、父上にかけた洗脳をとけ! そして地に伏せ私に許しを乞うといい!」
「カザシム様こそ都合のいい妄想は捨ててくださいませ。」
カザシムはヴィオレーヌを睨み付けようとして、ヒッと息を漏らした。
そこにいたのは笑顔の般若というべき表情をしたヴィオレーヌ。口元は弧をかいているがその目には明らかな怒りの炎を灯し、ギラギラと輝いている。こめかみに血管が浮き出てあまりの怒りに握った拳は震えている。
押さえきれないのか感情につられて魔力が漏れだしその圧でまともにヴィオレーヌを見ることもできない。後ろにいれば「あー。そんなになるまで我慢してたのか可哀想。」ですむが、前にいる者にはたまったものではない。現に押さえつけられたパトリシアも恐怖に青ざめてガタガタ震えている。取り押さえている屈強な騎士たちも、気圧され冷や汗が止まらない様子だ。
「わたくし、再三申し上げましたわ。このままでは廃嫡もあり得ますわよ、と。」
歌うように軽やかな声で、今まで自身がやってきたこととそれに対するカザシムの行動をあげていく。
「王太子として自覚をもってほしいと申し上げましたわ。そうしたら自分は完璧なんだから必要ないですって。」
「勉強がおろそかになっていることを注意されたら、学園の勉強なぞ必要ないなどとおっしゃっていましたね。」
「婚約者のいる他の女性に手を出そうとするなんて貴族のすることじゃありませんと言ったら、次期国王の慰みになるなら光栄なことだと聞く耳をもってくださいませんでした。」
「国王陛下からの最後の慈悲である警告にも耳を貸さず、私の手紙にも目を通しすらしてくださらない。」
ヴィオレーヌは嬉々として喋りながら一歩一歩近づいていく。カザシムは逃げ出したくても彼をとらえる騎士たちがそれを許さない。
「ヴィ、ヴィオレーヌ。冷たくして悪かった。寂しかったんだろう? 謝るから、もうこんなことやめてくれ。な?」
「あげくの果てには王妃教育を耐えている私を蔑ろにしてその女にうつつを抜かし、婚約破棄をする。」
ついにカザシムの目の前まできたヴィオレーヌは大きく息を吸い込むと
「こんなやつに国王になってほしいという人なんているわけないでしょうがぁー!!!!」
おもっいっきり怒声を浴びせた。
ヴィオレーヌの威圧感に震えていたカザシムは、そこでついに耐えきれず、股間から生暖かい液体を流しながら気を失った。
「あなたに冷たくされようがどうでもいいですが、私があなたの事を好きだと思われていたのが一番腹が立ちますわ。こんな人を好きになるわけが無いじゃない。」
そこでヴィオレーヌは直接怒声を浴びなかったからか単に図太いだけか、まだ意識を保っているパトリシアの方に向き直る。
「あなたに対する恨みはそこまでないわ。侮辱されたりや見下した態度をとられたことは不快だけれど、これから会うこともないでしょうし、もういいわ。これからこの人と一緒になるなんて大変なことを引き受けてくれるんだもの。」
そこでニコッと心からの笑顔を見せて。
「子爵家|で、二人仲良く頑張ってちょうだいね?」
その言葉でパトリシアは全身の力が抜け、へたりこんだ。
ヴィオレーヌはスッキリとした表情で、振り替えって陛下に一礼し、席に戻っていった。
「あー、その、ヴィオレーヌ嬢。今までご苦労だった。婚約破棄についての諸々は、先ほど話し合った通り。婚約破棄についてヴィオレーヌ嬢の責は一切無い。隣国に嫁ぐことも可能とする。そなたの婚約に対してあらゆる援助を約束しよう。」
「はい。ありがとうございます。」
「それと、婚約の証とした首飾りについてだが…。」
「カザシム様に、婚約破棄に伴い私に返していただきました。筋を通してくださったことは感謝していますわ。」
「婚約は破棄したとはいえ一度は王家に贈られたもの、できれば・・・」
「・・・・・・(ニコォッ)。」
「では、閉会とする。王位継承に関する話ははまた後日とする。」
渡せるわけがない。あれは幼いヴィオレーヌが膨大な魔力を制御しきれず自らを傷つけてしまうことを防ぐために作られた、彼女を唯一縛ることができる宝具である。下手な者の手に渡れば、彼女の魔術を封じたり魔力を引き出して自分のものとすることもできるというものだ。
今までは第三者の手に渡らないようヴィオレーヌはカザシム王子ひいては王家を守る必要があったが、もうそんなことをする必要はない。
そして国王には無理に取り上げて完全に敵に回すより、彼女とよい関係を築く方がいいと気づくだけの頭はあったようだ。
国王が退室したのち、他のものも順に出ていく。そして広い部屋には汚物にまみれた元王太子と放心したままのその未来の妻が残された。
「ただいまー! お父様、お母様!」
ヴィオレーヌは王城から出て即刻転移魔法で実家に戻ってきていた。
「おかえりなさいませ。お嬢様。旦那様がたは夕食をとられているところでございます。」
「あら、そう? じゃあお兄様は?」
「ヴィオレーヌ様の帰りを待っておられます。サロンにいらっしゃるとのことです。」
「わかったわ。今向かうと伝えて。」
「かしこまりました。」
外行きの衣装を動きやすい服装に変えて、サロンに向かうと。
「よくやった妹よ! 大成功だったな!」
と満面の笑みを浮かべた兄に迎えられた。
「ええお兄様。お兄様が協力してくれたお陰よ!」
事の顛末はこうだ。
ヴィオレーヌには思い人がいたが、優秀なヴィオレーヌを欲した両陛下に次期王妃にと望まれる。幼い頃から傍若無人な振る舞いをしていた王子に危機感を抱いた彼女は両陛下にあるおねだりをした。
「へいか、おうひさま。わたくし、おうじとうまくやれるでしょうか。」
「ヴィオレーヌ嬢なら大丈夫だろう。」
「そうですわ。きっと大丈夫です。」
「でも、もしわたくしがきらわれてしまったらどうしましょう。」
「ヴィオレーヌ嬢は心配性だな。」
「陛下、これくらい慎重なくらいが安心かと。」
「それもそうか。ヴィオレーヌ嬢。どうしたら安心して婚約を結んでくれるかな?」
「じゃあ、もしこんやくをはきされてしまったら、わたくしとってもかなしくなるとおもうのです。」
「うんうん。」
「ですから、そんなことになったら、わたくしのおねがいをなんでもひとつきいてくれるとやくそくしてください。」
「なんでもか……それは………。」
「そしたらわたくし、がんばりますわ。がんばったら、おうじともなかよくなれますわよね?」
「うむ……そうだな。叶えられる範囲になってしまうが、出来る限りのお願いを聞いてやろう。これでどうかな?」
「ありがとうございます。こくおうさま。わたくし、いっしょうけんめいがんばりますわ!」
ヴィオレーヌ、6歳のことである。
そして王子が順調にクズに育っているのをみて、このままこの人を王にしてはいけないと思うようになり
「いっそ取り返しのつかないポカをやらかしてくれればいいんじゃないかしら。」
と思うように。とある理由から協力してくれるようになった兄と共に今回の計画を実行した。
「それにしても、あんなおバカさんがよく見つかりましたね。」
「いやぁ、最近子爵が引き取った子の噂を聞いてこれだって思ってね。地位とお金のある男が何より好きだと聞いていたし、ちょっとちやほやしたら思い通りに動いてくれたから楽だったよ。」
まぁ、多少べたべたされて疲れたけどね。と顔をしかめつつも朗らかに笑う兄。
「ヴィオレーヌこそ、無能を集めて側近にするのは上手かったじゃないか。」
「そうでもありませんわ。優秀な方は既に囲ってありましたし、あまりを側に送るだけの簡単なお仕事ですもの。それにあの方、自分より優秀な方を認めませんでしょう? 勝手に無能を集めてくれましたわ。」
そこまで苦労はしませんでしたわ。と艶やかに笑う妹。
この兄妹、似た者同士でとても気が合うのである。
「それにしても、やっと会いに行けるじゃないか、よかったな。」
「あら、お兄様こそ。お姫様を得るチャンスにわくわくしているくせに。」
「ああ、わくわくしてるさ。悪いかい?」
「いいえ、私もとっても楽しみですもの。お揃いで嬉しいですわ。」
仲良し兄妹はこれからの事に思いを馳せ、計画の成功を祝うのでした。
その後の話をしましょうか。
ヴィオレーヌは隣国の王弟と結婚し新たに公爵家をおこした。いい年して未だ婚約者を得ずぶらぶらしていた王弟を射止めた彼女は国王に大変感謝されたとか。
ヴィオレーヌの兄は無事カザシムの姉である王女様を射止め、王女は降嫁したのちフォモレス家は公爵家に格上げとなった。
カザシムとパトリシアは、王命により結婚したが、パトリシアが処女じゃなかったりカザシムに対して急に冷たくなったり、カザシムは傍若無人な性格をいかんなく発揮し家人領民に嫌われたりで幸せな生活とは言い難いらしい。
王家からの援助も期待できず、子爵家は没落の一途をだという。
王太子は第2王子に決まり、第2王子が成人し譲位する前に現国王が崩御するようなことがあれば、第一王女とその夫(ヴィオレーヌの兄夫婦)が補佐をし大臣たちで政治を行い、成人後に戴冠式を執り行うことになった。
ヴィオレーヌとその関係者にとってはこの先の人生は幸せなことになるでしょう。めでたしめでたし。
ヴィオレーヌ・フォモレス
フォモレス侯爵令嬢。幼いころから王妃候補として狸おやじどもや他のろくでもない貴族令嬢たちの相手をしてるうちに演技力その他諸々が鍛え抜かれている。国王からはすでに一臣下として信頼されている上、王妃様からもぜひ嫁に来てほしいと熱望されている。そのため、私的な場に限ってではあるが、婚約破棄後も両陛下に対し対等のように接することを許された。国王様たちは好き。
ウィートリンド・フォモレス
フォモレス侯爵子息。ヴィオレーヌの二人いる兄のうちの一人。バカ王子の異母姉にあたる王女様が好きだが、同じ家と王族が二人も結婚するのはいろいろまずいため、今までは気持ちを押し殺していた。しかし今回のことでその縛りがなくなったのでこれから猛烈にアタックする予定。だからこそ、今回のことにノリノリで協力してくれた。
カザシム王子
一応第一王子で王太子。自己中でナルシストな夢見がち王子。みんなが自分のことを好きで好きでたまらないと本気で信じている。今更気づいても遅い。
パトリシア・ラトアニア
ラトアニア子爵令嬢。悪知恵は働くが深く考えることが苦手で頭はそこまでよくない。こいつ馬鹿だけど次期王だし、婚約破棄させて結婚すれば王妃になれるじゃない。という安易な考えのもと行動した。
フロジア国王
フロジア国の王様。娘一人と息子二人を持つ。第二王子は遅くにできた子供なので未だ幼く、譲位まで自分が生きていられるかわからなかったため、できればカザシムを廃嫡にはしたくなかった。そのための優秀なヴィオレーヌのはずが、一緒に仕事したりなんなりしているうちにかわいくなりすぎてバカ息子のお守りをさせるのがかわいそうになってきていた。娘(のような子)と息子をいっぺんに失いました。そして近々実の娘も失う予定。かわいそう。