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異世界無限転生地獄  作者: キョクトウ
2/2

開拓村のダニエル

 赤ん坊の泣き声がする。

 すごく近い場所で元気よく泣いている。


 あ、これ俺だわ


 俺の喉から勝手に泣き声が溢れていた。別に泣きたくなんてないのに。

 嘘です。泣きたい。だって俺って奴は、齢二十二にして腹上死なんてのをぶちかましちゃったわけで。もう穴があったら入りたい。


 やっちまったなあ。最後の最後に泣きの一回で就職が決まって浮かれてたんだよな。

 学生生活もこれで最後とばかりに酒池肉林、ハッスルしすぎて俺無事死亡。ツレは大笑い、父ちゃん母ちゃんは赤っ恥ですよ。

 ……いや、両親は泣いてるか。肉親だもんな。親不孝者でごめん。

 ツレ? ああ、奴らは笑ってるよ。200%断言できるね。だって俺ちゃんのお友達だぜ?


 しかしまあ、今際の際ってのはあっけないもんだ。

 すうーっと意識が白くなって、「あ、これ死ぬかも」って思ったら案の定お陀仏よ。


 ……ん? あれ? ……これ、死んでなくないか?

 死んだ実感があるから、最後の記憶がそうだから死んだと思ったけども。

 目は開かないし、体もなんだか勝手に駄々をこねているけれども。


 フワリと体が浮き上がる。ユラユラと体が揺らされる。

 耳には赤ん坊の泣き声と、あやす様な優しい声音。


 ここまでくれば誰でも分かる。俺だって分かる。


 生まれ変わり。転生。前世の記憶は腹上死。

 つまりそういうことだ。俺は一度死んで、次の人生が始まった、と。そういうことだろう。

 生まれ変わりなんてオカルト信じちゃいなかったが、これは趣旨変えもやむなしだ。

 生まれ変わりはあります。ノーベル先生どうでしょう?



 目が開くようになって、俺は自分の考えを再度改めなければならなくなった。


 これ違うわ。転生は転生でも異世界転生だわ。


 驚いたね。最初は外国の自然主義者の家にでも生まれたのかと思った。着せられている服は麻のザラザラした布切れで、夜は月明り一本、家は木造、家具は木、農具も木なら食器も木と、おいおいお前ら土人かよと。

 夜空も地球とは違っていて、この世界では白い月と赤い月が交互に昇る。

 後になって知ったことだが、赤い月の夜は魔物の活動が活発になって危険だそうだ。思えば赤い月の夜は、お袋は絶対に子供たちを寝かしつけてから床にはいっていたし、親父も時たま家を出ていた。おそらく見張りに立っていたのだろう。魔物いるとか怖すぎですよ。


 地球との違いに驚き半分、興味半分といったところ。けれど、一番驚いたのは中世ファンタジーのお約束。魔法には、流石の俺も度肝を抜かれた。


 多少なりとも言葉を覚えた頃だ。

 どうも村の近くの沼地を開墾するためにどこかの町から魔法使いにご足労願ったようで、ある日の夕方に、なんともまあテンプレな魔法使い爺さんがひょっこりやってきた。


 とんがり帽子にゆったりとしたローブ、年季の入った髭にねじくれた杖。本来ならば、金貨をたんまり積んでやっと招聘できるレベルの、格の高い魔法使いだそうだ。

 このしわくちゃの爺さんがまた面倒臭い人間で、やれ(完食してから)飯が不味いだとか、(遠くを見ながら)この村は不吉だとか言い出すような偏屈爺だった。


 あのお爺さん大丈夫かしら。


 爺さんが村に滞在している間、お袋は毎日のように親父に不安を吐露していた。親父も困った顔をして唸っていたけれど、どういうわけだか手弁当でやって来てくれた手前、強く言うこともできないのだろう。

 俺も赤ん坊ながら心配していた。が、それも杞憂に終わってくれた。


 この世界の魔法はゲームのように、MPさえ支払えば好き放題使える、といった類のものではなく。修行して祈ってやっと一日に数回使えるという、えらく不便なものらしい。


 だがしかし。不便な分、その効果は劇的にして強烈だった。


 ある日のこと。散々食っちゃ寝食っちゃ寝した件の魔法使いが、面倒くさそうに沼地へと赴き、モゴモゴと呪文を唱えた。

 すると瞬く間に炎は舞い天は焦げ、沼は綺麗さっぱり焼け野原になってしまった。

 これには村人一同大感謝。三日三晩の夜通しで宴会が開かれた。

 普段は仏頂面の親父は、やっぱり仏頂面でダンスの輪に加わっていたし、決して美人と言えないお袋も三割増しで綺麗に見えた。

 俺もなんだか嬉しくなって、「あうあー」なんて笑って見せて。


 爺さんだけが、なぜか浮かない顔をしていた。



 ハイハイが出来るくらいにまで大きくなって、徐々に行動範囲と知識が増えていった。元の体の感覚が残っているせいか、思う様に体を動かせなかったから、兄姉よりも随分と発達が遅れていたのだと思う。両親はいつも気を揉んでいた。


 俺の生まれた家――というか村は開拓者の集団で、村の名前が無いほど新しく、皆一様に貧しかった。着る物は襤褸しかなかったし、食事も十分に取れていないのだろう、お袋の乳の出も悪かった。


 飢えと寒さでバタバタと人が死んだ。一番上の兄も、吹雪の朝に冷たくなっていた。

 元居た現代日本の足元にも及ばない生活水準だった。


 それでも愛情は変わらなかった。


 三人の兄貴と二人の姉は鬱陶しいくらいに俺を構ってくれた。

 親父は面倒くさそうに子供達を追い払っていたけれど、こっそり自分のスープの量を減らしていたのを俺は知っている。

 お袋は、いつも俺に謝っていた。お乳が出なくてごめんよ、と。


 言葉を喋れないことが申し訳なかった。

 そんな事はないと言いたかった。ありがとうと言いたかったんだ。


 何も言えないまま、その日がきた。

 突然のことだった。本当に、何の前触れもなく。


 夜中のことだった。俺は突然、母に抱き抱えられた。


 親父の怒号が忘れられない。お袋の涙が忘れられない。


 逃げろ、と親父は叫んでいた。

 逃げて、とお袋も叫んでいた。


 野盗、だった。


 貧しい寒村だ。金目の物なんて何もない。誰の目にも明らかじゃないか。

 盗れる物なんて何もない。


 ――彼らはそうは思わなかった。

 この村には。

 高名な魔法使いを招くことができるだけの貯えがあるはずだと。


 親父が刺された。それでもなお、鬼の形相でナイフを振り上げた。

 親父の首が、ポトリと落ちた。


 お袋が斬られた。それでもなお、決死の覚悟で子供を逃がした。

 お袋もろとも、俺は刺し貫かれた。


 血が止まらない。体が重い。

 意識が白く濁って逝く。死の確信が心を満たす。


 怒りも、悲しみも、この胸には、もう、なにも残っていない。


 そうして、開拓村のダニエルは、あっけなく死んだのだった――



 赤ん坊の泣き声がする。

 すごく近い場所で元気よく泣いている。


 あ、これ俺だわ


 俺の喉から勝手に泣き声が溢れていた。別に泣きたくなんてないのに。

 嘘です。泣きたい。だって俺って奴は――


 ――俺って奴は、なんだ?


 馬鹿な死に方をした大学生か? 不正解だ。間違っているけれど正しくもない。

 最後に覚えているのは、母の温もりと刃の冷たさで。

 飢えの苦しみは苦く。

 吹雪の夜は芯まで凍えた。

 あの日々は間違いなく本物だった。


 つまりこれは――



 ――これ二回目だこれ。


純粋な神

「あっけないものね」


無邪気な神

「最初はこんなもんだろ」

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