無用の用
目を見開くとそこには自由があった。
僕の現実があった。机の上の不健康たちと、電源のついたディスプレイがあった。
それらはどこか、田舎で見る開けた空に似ていて。
僕には何でか輝いて見えた。
カタカタとパスワードを打ち込む。
仮想現実の中で僕の可能性が膨張する。
モラトリアムと名乗る魔物が、一生一緒にいるよなんて甘いプロポーズ。
しかしそいつはすごい気ままだから、きっといつか僕の知らないうちに去ってしまう。
それでもいいかと笑いながら、奴隷の首輪を蹴飛ばした。
そうして悪魔と契約して僕は自由になった。同時にすごく孤独になった。
孤独は人間の故郷だから。
だから、誇張された真実は素知らぬ顔をして、僕に妄想を垂れ流すことを許した。
500年後の社会の有様だったり、一般的人間とやらの習性だったり。
どれもこれもあれもそれも、机の上の不健康たちは鼻で笑う。
大した議論じゃあない。
大した中身もありゃしない。
それより前に、お前さんにはやることがあるだろう、と。
半人前のお前さんにゃ、やることなんてゴマンとあるだろう、と。
私は激怒した。
不健康たちとの交友関係を断ち切り、プラスチックのゴミ袋に入れて思い出として出荷した。
自由のオブジェと化したそれらを捨て去ることで、私は偶像すら否定して見せた。
概念にとらわれていない自分にとらわれた。
奴隷商人の手が近く。
聞けば見習いたちは皆んなして、奴隷になるための講習とやらを受けに行ったという。
それが楽な生き方だよ、と言う。生きていればそれで幸せなのか。
笑わせるな。
お前をお前の人生の主人公としないのは、結局のところお前自身でしかない。
あまりにロマンチストなお前は自分のような主人公を認めようとしないだけで、実際のところそれに気づいている。
毎朝寝起きの顔で鏡をみて絶望している諸君は、自分をその他大勢と同じだとして慰めを得ている。
現実をありのままに受け入れていないのは、モブであろうとする人々のほうだ。
生きて入れば幸せ。しかし、私は笑えない喜劇を見ない。薄ら笑いの幸せ。
切なさと儚さが売りの悲劇の人よ、受け入れろ。
仮に君が自ら進んで敷いてあるレールを行くのなら私は邪魔はしまい。
だがもし首輪をされていても背筋を張れ。堂々とあれ。周囲を見渡せ。
君は人間一般ではなく、一人の人間であることを自覚しろ。
受け入れろ。
私もまた、足首に重りを抱えた囚われ人だ。
向かう先は死という名の崖。
あまりに四方がふさがっていて、絶望感しかない。
やんぬるかな。
しかし私は笑っている。
結局、人間一般というものは幻想に過ぎない。
一人の人間としての私は、首輪を蹴飛ばし、不健康と友であった、愚かな僕、そのものだ。
自由なのだ。
仮想現実の中で僕の可能性が膨張する。