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魔法使いの妻  作者: M38
第1章
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第7話

 それからの日々、わたしはアレックスとの関係を曖昧なままやり過ごした。どうしていいのかわからなかったからだ。こんなのシェリーメイらしくない。だとしたら、わたしらしさとはいったいなんだろう。


 真っ白なアレックスのシーツを裏庭に干しながら、ふと考え込んでしまう。

 本来のわたしは、迷うことなくいままでの人生を生きてきた。どんなに辛い労働も仕打ちも、明るい未来を夢見てやり過ごしてきた。困窮した生活からやっと脱け出せそうな今、新たな悩みがわたしを襲っていた。

 

 アレックスの想いを受け入れたい。でも、そこに明るい未来が見えない。





「シェリー、最近、奇麗になったんじゃない?」

「うっ、うそよ! メガネと帽子を集会室の魔法事件で失くしたから、そう見えるだけだわ……!」

「ほんとうに……それだけかしら……?」

「レイラ! そっ、そうに決まってるでしょ! ソバカスの数も低い鼻も、ハリネズミみたいなパサパサ髪も顕在よ!」

「あっ! シェリー! それ……!」

「えっ?」


――ボッワアアーンッ! ヒュンッ! ガッシャアーンッ!

――バラバラバラバラッ!


「きゃあああーっ!」

「もうっ! シェリーッ! 危ないじゃないの!」


 目の前で実験道具のフラスコが天井まで飛んでいき、砕け散った。レイラと2人きりで実験していたので、幸い怪我人はいなくて済んだ。


――ダダダダッ! バンッ!


「こりゃっ! シェリー! また君か!」

「マッキントッシュ教授……すみません!」

「最近、賢い頭がお留守みたいだな? 罰として1週間、実験室を掃除しなさい!」

「はい……」

「シェリーったら……ここ最近、らしくないわね……」





「……というわけで、今日は帰りが遅くなったのよ。アレックス、そんなに怒らなくても……夕飯の仕込みは朝のうちにやっておいたから、じゅうぶん間に合ったでしょ?」

「シェリー! そういうことじゃないんだ! ぼくにひとこと言っておいてくれないと、心配で心配で……」

「ごめんなさい」

「明日から帰りは実験室に寄るよ。2人でやったほうが掃除がはかどる。それにしても……マッキントッシュ教授はいつもシェリーを目の敵にしてるな。君の成績が優秀なのが気に入らないんだよ。なのに君は、経済学を専攻してるからね」

「でも……今日の場合は、わたしが悪いの。一歩間違うと大災害になるところだったわ。フラスコや天井の修理費も、マッキントッシュ教授が経費で落としてくれたのよ」

「それだって! 教授の監督不行き届きが原因だ!」

「アレックスったら……マッキントッシュ教授のことが、とことん気に入らないのね」


 マッキントッシュ教授もアレックスをあまり好ましく思っていないようだ。アレックスがことあるごとに突っかかっていくのもそうだが、マッキントッシュ教授はわたしに、魔法使いは魔法使いと結ばれないと上手くいかないとそれとなくほのめかしてくるのだ。過去にそういう事例をたくさん見てきたらしい。わたしに思い込みを捨てろと言った彼の発言とは、相反する言葉だ。


「シェリー、魔法使いの社会は意外と複雑だ。互いに互いを騙し合うようなところがある。それに、過去の封建社会の精神がまだ根強く残っている。つまり、上からの命令は絶対なんだ。ときには、自分の子供や親でさえ裏切る。もちろん、愛するパートナーもだ。そこに情は一切ない」

「では……わたしもいずれアレックスに裏切られると……?」

「それはわからない。だが、魔法の世界を知っている者ならば、相手の立場を理解して、わざと騙されたフリや割り切ることができる。魔法使いたちは結局は貴族社会に生きている。彼らのチームワークは頑強だ。長い歴史に裏打ちされた絆はとても深い。魔法使いが皇帝に就任したことで、我が国の政治もだいぶ変わった。君のボーイフレンドのアレックスは魔法の天才児だ。このさき彼がどう変わるかは、この国の歴史次第だと思う。君はそれほどの相手をパートナーにしようとしているんだ。その覚悟が、君にはまだできていないように見える」

「…………」


 このとき、どうしてマッキントッシュ教授の言葉を素直に受け入れなかったのだろう。彼は、この頃のわたしとアレックスの関係を的確に見抜いていた。つまりあと1歩わたしが踏み出せないのは、その覚悟ができていないからだ。


 わたしはいまだに魔法に対するコンプレックスを抱えていた。積極的にそれを打開しようともしていなかった。魔法の講義も、集会室の事件いらい受けていない。それに、魔法学部の授業を受けることは、アレックスから頑なに反対されていた。


 アレックスと交際するということはすなわち将来、結婚するということだ。それは魔法使いたちと親戚になることを意味する。魔法使いの社会に普通の人間のわたしが入り込むのだ。親が誰かもわからない、孤児院育ちの1文無しのこのわたしが。


 それらの難関を越えてまでアレックスと結ばれたい、彼を幸せにしたいという想いが果たしてわたしの中にあるのかどうか。アレックスが死ぬほど好きだという確証は、そのときのわたしの中になかった。毎日のアレックスからの求愛で、恵まれた恋愛環境にあったわたしは、彼が大好きだが、その情熱が未来永劫、死ぬまで続くかどうかまでは確信が持てずにいた。


 たぶん人間は、そのときの境遇が辛ければ辛いほど、大きな希望や大志を持ち、深い愛を育むのだ。

 その要素が、そのときのわたしには欠けていた。なんとか生活しながら勉強で大学のトップに立ち、ゆくゆくはお金を貯めて孤児院を建てる。己の人生を歩き始めたばかりのわたしにはやるべきことがたくさんありすぎて、アレックスの優先順位をどこに置いていいのかわからなかったのだ。

 今の自分だったら、迷うことなくアレックスを1番あと回しにしたことだろう。





「シェリー! 正式に付き合って欲しい。君の生活も勉強も、決して邪魔しない。ぼくがすべてバックアップするよ。君をきちんと繋ぎ留めておかないと、まいにち不安なんだ! ライバルの男が、大学にはいっぱい、いるからね! 特にあのマッキントッシュ教授は怪しい!」

「アレックスったら……マッキントッシュ教授は、やさしい奥さまとかわいいこどもたちがいる真面目な先生よ。決してそんな人ではないわ。それに……わたしに惹かれる男子学生なんていやしないわ。通学途中の靴磨きだって、わたしなんかに一瞥もくれないから」

「やっぱり! 新たな帽子とメガネを買うべきだ! クリスマスプレゼントはそれにしようか?」

「アレックス……何度も言ったけど、眼鏡はダテよ。いらないわ。帽子も院長先生の形見だから、この世に2つと無い物なの。それと……クリスマスプレゼントはいらないわ。何か自分の物を買ってよ」

「シェリー……君は本当に、ぼくの帝都の実家にクリスマスは来ないつもり?」

「……アレックス、ごめんなさい……あなたにお世話になっているのに、わたし……とても失礼よね……」

「そんなことはないよ!」

「でも……カーライル家には、孤児院のときにたいへんお世話になったわ。本来なら、あいさつだけにでも行くべきよね? 仕事とはいえ、元カーライル家のお屋敷に住みこみで働いているわけだし……」

「この下宿のことかい? カーライル家の物だったのは過去のことだ。魔法使いは本来、過去や物には執着しない。こんなこと言ってはなんだが、魔法でなんでも手に入るからね。それよりも……両親が君に会いたがってる。王族はまだ、正式にこの国に入ることが出来ないんだ」

「アレックス……本当にごめんなさい。まだ、あなたとの未来に決心がつかないの。これが、わたしの本音よ……」

「シェリー……そんなに重たく考えないで! もしも君を追い込んだのがぼくだとしたら……じゃあ、ぼくの実家の話はもうしない。年末は、大学のクリスマスパーティに出ようよ!」

「アレックス……重ね重ね申し訳ないけど……それは無理。ダンスも踊れないし、ドレスもないわ。これ以上、大学の笑い者になりたくないの。あなたは誰かと参加してちょうだい」

「おおっ……シェリー! 君のいないパーティなんて意味ないよ! ぼくも本来なら、ああいう華やかなところは苦手だよ。でも、せっかく大学に入ったんだ。魔法大学校のクリスマスパーティに出られるのは一生に一度だ。たまには、みんなと一緒に大学生らしいことをしようよ。ドレスは母から若い頃の衣装を借りるよ。アクセサリーもね。それでも……いやかな?」

「アレックス……」


 大きなブルーの瞳を震わせながら、アレックスが顔を覗き込んでくる。わたしの複雑な気持ちなど二の次で、ただただ彼をこれ以上、悲しませたくなかった。この選択が、わたしのアレックスへの恋慕に拍車をかけた。


 愛情は、かけた分だけ深くなるというが、それは本当だった。相手のために自分がした行動がたくさんあればあるほど、苦労が多ければ多いほど、相手に対する想いは強くなる。


 アレックスに対する恋愛感情にかけていたブレーキがはずれたわたしの心は、アクセルも踏んでいないのに、クリスマスパーティを切っ掛けに一気に加速していった。

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