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魔法使いの妻  作者: M38
第1章
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第6話

「シェリー……シェリー! 気がついたのかい?」

「えっ……? アレックス!」


――ガバッ!

 

「あっ……」


――パタン。


 いきなり起き上がったわたしは、頭がクラクラしてもう1度ベッドに横になった。


「あら……ここは……?」

「下宿の君の部屋だ。失礼して上がらせてもらったよ」

「どういうこと……? 講義は? 水の中にいたんじゃ……」

「金の扉を開けたとたん、水は引いた。教室にいた連中は全員たすかったよ」

「ほんとに? よかった……ところでわたし、金の扉に入る瞬間、またレイラを見たような気がしたんだけど……」

「レイラ? さあ……取り巻きたちに助けられて無事だったみたいだけど。ルイも元気だ。もちろん、2人の教授もね」

「よかった……じゃあ、見間違いね。ところで北の魔女って何? あの大量の水はノースウィッチの仕業なの?」

「さあ……ノースウィッチは伝説の北欧の魔女だ。強い霊能力のとびきりの美人らしい」

「そうなの……」

「待てよ。もしかしたらシェリーが見たのは、ノースウィッチだったのかもしれないぞ。湖の底にいたんだろ? レイラと似た容姿だったんじゃないのか」

「そうかもしれない……小柄で、長い金髪だったわ……なんだか恐ろしい雰囲気だった……」

「どうしてこんな小国にノースウィッチが……? もうすぐ帝国に魔法使いの皇帝が就任する。それと関係があるのかもしれないな」

「魔法使いが国を治めるのは、千年ぶりのことなんでしょう?」

「ああ、そうだ。それによって国の在り方が大きく変わる。今年から大学が、クーデターで追い出した王族を入学させたのもそれと関係しているだろう」

「これからは、何をやるにも魔法使いが有利になるってことなの?」

「そうだろうな……でも、反対に他国から魔法の攻撃を受けやすくなるだろう。たぶん、魔法の使用が解禁されるはずだ」

「日常生活にも魔法が使用できるようになるわけね」

「そうだ。ぼくのように、1週間も停学になったりしなくなる」

「えっ? アレックス……停学になったの? なんで……?」

「皆の前で黒板に魔法で水をかけたからだ」

「でも……アレックスはわたしのコップにも、魔法で水を注いでくれたじゃない?」

「ぼくは最上級クラスの魔法使いだ。催眠術や超能力もどきじゃなくて、本当に物質を出現させることができる。個人的にやる分には許されている。でも、人前でやってはいけないんだ。集会室のような、大人数が集まる場所では特にね。あの場合、教壇の上に置かれていた水差しの水を使うべきだった。バーナビー教授はそのために用意してあったんだろう。思慮に欠けたよ。ついカッとなってしまってね」

「そう……アレックスは特別な魔法使いなのね。だから、何もないところから水を出現させられたのね」

「魔法使いが魔法を発動させると、すぐに魔法協会でチェックされる。ぼくたちは常に協会の管理下にあるんだ。でも……今回、集会室になだれ込んだ大量の水の魔法は、誰の仕業かまったくわからないらしい。ノースウィッチの仕業だとしても、人物が特定できないのは謎だよ。こんなこと初めてだって、魔法協会から派遣された捜査官も頭をひねっているそうだ」

「恐いわ……」

「ぼくがついてる。大丈夫だよ! なんなら……泊まっていこうか?」

「アレックスったら!」

「でも……ぼくは一晩中、君を看病してたんだよ」

「えっ……? 一晩中って……今、何時なの?」

「何時っていうか……シェリー、君は……1日中、寝ていたんだよ。ここへも大学からずっと抱いたまま運んだけど、君は1回も目を覚まさなかった」

「なんですって! もう翌日なの? 仕事が! 勉強が……!」

「今日は土曜の晩だ。月曜日まで仕事はないだろ? 授業も今日はなかった。スープを作ったんだ。もちろん、魔法は使わずに。ぼくの手作りだ。飲ませてあげるね」

「アレックス……いろいろとどうもありがとう」


 わたしの手を取りニッコリ笑うアレックス。このときの彼にまったく邪気はない。

 実は、びしょ濡れだったわたしを寝巻きに着替えさせ、こっそりキスしていたとしても。その事実を知ったわたしは後日、恥ずかしさのあまり発狂しそうになった。





「シェリー……心配したのよ。水から救出されたとき、あなたアレックスの腕の中で寝っぱなしで……」

「ごめんねレイラ……たいへんだったわね」

「レイラは平気さ。取り巻きたちが大奮闘だったから。ぼくもね?」

「ルイ、どうもありがとう。あなたがわたしを水の中から救出してくれなかったら、いまごろどうなっていたことか……」

「レイラ、あなた……溺れたの?」

「レイラは少しの間、行方不明になっていたんだよ。ぼくが必至で探しまわり、やっと水の中から救出した。そのときちょっと魔法を使ったんで、罰としての週末は町なかで掃除のボランティアをやらされたんだ。レイラ……ぼくに悪いと思うなら、恋人になってくれ!」

「まあ、ルイったら……わたしを脅すつもり? たしかに……あなたのボランティアはかわいそうだったわ。でも……教授たちは1か月の停職よ。アレックスは1週間。それに比べたら、かわいい罰よね?」

「教授たちって……! もしかして……マッキントッシュ教授もなの? 気の毒に……レイラ、じゃあ……化学の授業は?」

「当分、休講よ。個人的に実験してもいいそうだから、わたしはラボにこもって研究に没頭するわ。遊びにきてよね、シェリー!」

「入学したそうそう休講なのね……。アレックスも停学だし……前途多難だわ」





 アレックスは停学の間ずっと下宿の手伝いをしてくれた。それはそれで助かったのだが、正式に付き合って欲しいと迫られ困惑していた。彼のことは大好きだが、身分が違い過ぎる。それにわたしは独身主義者だ。婚約も結婚も、わたしの人生計画には入っていなかった。


 だが、マッキントッシュ教授に批判されて以降、アレックスに対するわたしの行動は大いに変化していった。面と向かって彼に邪けんな態度が取れなくなったのだ。

 本音を言えば、アレックスと結婚したい。彼の奥さんになることが、わたしの昔からの夢だった。心に蓋をしてきただけで、その想いは今も変わってはいないのだ。


 大学中の女性から嫉妬されていたわたしだが、その後、事態は良い方向へと進んだ。時が経つにつれ、アレックスがシェリー馬鹿の朴念仁だということがだんだんと学生たちの間で認知されていったからだ。だったらルイのように正当派のハンサムのほうが将来性もあって素敵だと、女子学生たちの関心はアレックス以外の男性へと移っていった。


 当のルイはといえば、もともと故郷でモテていた彼は過去に彼女もいたようで、女性の扱いにとても慣れていた。女性に誘われれば適当にデートをたのしみ、日々のレイラへのアプローチも忘れてはいなかった。


 ただの未来へのステップ段階だったはずの大学生活がもたらした功績はなんだったのだろう。わたしの心に大変革をもたらしたことか。このとき違った選択肢をしていたら、現在のようにアレックスの浮気に悩み苦しむ必要はなかったはずだ。


 まったく、余計な時間ほど人間に悪影響をもたらすことはない。

 わたしはアレックスに興味を持ちはじめていた。彼との結婚にも。





 週末は時間があるので、アルバイトをしようと思っていたのだが、アレックスに大反対され出来なかった。


「ウエイトレスなんてもってのほかだ! 掃除や下働き、賄いだって下宿で毎日やってるじゃないか! 知らない人間のなかで働くのは危険を伴う! ナンパという大いなる危険だ!」

「だからって……あなたの身のまわりの世話をするのに、お給金を出してもらうのは……」

「家政婦や女中とはちがうよ! ぼくの未来の妻としての予行練習だ! ぼくは未来の夫としてのデモンストレーションのため、お金を出す!」

「でも……アレックスはなんでも一緒に手伝ってくれるじゃない。買い出しまで一緒に行ってくれるわ。お金をもらうのは心苦しいわ」

「全部、自分が楽しいからやってるんだ! シェリーと買い物に行くのが、ぼくの小さい頃からの夢だったんだ! ぼくはいま、幸せだよ!」

「アレックス、大魔法使いのあなたの夢って……小さいのね」


 わたしたちは森の中の細い道を歩きながら、ずっと話をしていた。アレックスとのおしゃべりは、いつも尽きることがない。彼とわたしは話の内容まで気が合うようだ。


「それにしてもシェリー……キノコ狩りをしないといけないぐらい、食費が困窮しているのか? 下宿屋の親父は、そうとうなケチンボ野郎だな」

「そんなこと言わないで。安い家賃で食事まで付けてくれてるのよ」

「その分、君をこき使ってるってことだろ!」

「でも……わたしみたいに身寄りのない人間を雇ってくれた人よ。感謝してるわ」

「最近じゃあ、シェリーとぼくとのアルバイト契約を聞きつけて、他の下宿人たちが洗濯や掃除を頼むようになったじゃないか。ずうずうしいったらっ!」

「でも……アレックスが手伝ってくれてるし、わたしもお金が貯まってうれしいわ。新しい参考書も買いたいし……」

「シェリー……ぼくと結婚したら、こんな苦労はさせないよ。絶対にだ!」

「アレックス……」


 アレックスはことあるごとにわたしとの結婚をほのめかし、幸せにすると言ってくれた。女として本当にうれしい限りだった。でも、アレックスは美しい若者だ。才能も将来性もある。加えて家柄がとてもいい。


 とてもじゃないがわたしとはまるで吊り合わない。今はわたしに夢中でも、のちのちどうなるかわからない。自分の容姿に自信がない分、わたしはとても不安だった。アレックスと正式に付き合わないのは、そんなコンプレックスもあってのことだった。





「ふーっ……こんな奥まで来ないとキノコは見つからないのか。シェリー、森は危険だから、絶対に1人で来たらダメだぞ」

「わかってるわ。森に1人で来たことないわ。今日はアレックスが一緒だから、こんな奥まで来たけれど……。それにしても、どうしましょう。キノコが、こんなにたくさんの種類があるなんて知らなかったわ……」


 目の前にキノコ畑がひろがっていた。赤や青、ドット柄や蛍光カラーなどさまざまな種類のキノコが生えていた。でも、キノコの知識がないわたしには、どれが食用なのかまったくわからなかった。


「仕方ないわ……ハジから取っていって、町で専門家に見てもらうわ。毒キノコだったら恐いから……」

「待って、シェリー! ぼくが魔法で調べるよ。そのほうが早い!」

「でも……以前の停学で、アレックスは簡単な魔法ですら禁じられているんでしょ?」

「これぐらいの魔法は大丈夫さ。人助けのためだ。魔法協会も見逃してくれるだろう。さあ、見てて……!」


 アレックスがキノコ畑に向かって片手を上げ、指揮するみたいに人差し指を華麗に振った。すると――あら不思議、ところどころのキノコから光が発せられた。


「シェリー、光の出ているキノコが食用だよ。かごに入れて持ち帰ろう」

「まあ、アレックス……どうもありがとう。助かったわ!」


 素直によろこび、アレックスとキノコを摘んだ。それはたいへんな量で、アレックスの両手のかごがいっぱいになった。


「雲行きが怪しいな……早く帰ろう」

「そうね。いそぎましょう!」





――タッタッタッタッ……!

――タタタタ、タタッ……!

――ポツッ、ポツッ、ポツン、ポツン……!


 急ぎ足で町へ向かったが、途中で雨に降られてしまった。


「やはり、降ってきたか……」


――バサッ!


「こういうときのために、わたしは常に傘を用意しているの。だってこの服、いっちょうらなんですもの」

「シェリー……ありがとう」


 背のびをしながら、アレックスの頭にこうもり傘をさし掛けた。

今日の彼は白のブラウスに黒の上着とズボン、中にグレーのセーターを着ていた。決して華美ではないが、アレックスはいつも上質な服を着ている。濡らしてはたいへんだ。

 わたしたちは先をいそいだ。





――ポツンッ、ポツンッ……ザアアアーッ!


 雨が本格的に降りはじめた。わたしたちは歩みを止めた。


「アレックス、かごを1つ持つわ。このぬかるみじゃ、転ぶと危ないわよ」


「シェリー……だったら! ぼくに傘を持たせてくれ。シェリーも背が高いけど、ぼくはもっと高いから……」

「わかったわ。じゃあ、傘をお願いね」


――カタッ!


 アレックスからかごを受け取ろうと、傘を少し傾けた。美しい金髪から、一筋の雨のしずくが滴り落ちる。思わず上を向いた。


「シェリー……」

「アレックス……」


――ザアアアーッ! ザアアアーッ!


 日暮れの土砂降りの雨の中、アレックスのブルーの瞳が輝き揺れていた。潤んだその目があまりにも奇麗で、わたしはしばし見惚れた。


「シェリー……ぼくの気持ちが迷惑かい? でも……1パーセントの可能性があるなら、君と添いとげたい。こどもの頃の約束に縛られているわけじゃない。シェリー……君が好きなんだ。一生そばにいたい。今も昔も、そして未来永劫に……アダブカダブラ……君を愛してる!」

「アレックス……!」


――ゴトッ!

――ゴトンッ!

――ザアアアーッ! ザアアアーッ!


 降りしきる雨と暗い夕暮れの森へ続く小道。キノコのかごを足元に転がし、こうもり傘の中でアレックスがわたしにキスをした。それを受け入れるわたしの手元からもかごが落下して、たくさんの色とりどりのキノコが小道に散らばっていく。





――ザアアアーッ! ザアアアーッ!


 その日、雨は夜中過ぎまで降り続いた。

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