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魔法使いの妻  作者: M38
第1章
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第5話

「ごくっ……」


 わたしは最大限に緊張しながら口を開いた。誰よ、最前列なんかに座らせたのは。


「わたしにとって魔法とは……その……たいへん恐いモノです。未知の……自分では扱うことができない学問の一種であり……」

「君のコンプレックスの1つなんだろう?」


――ドキーンッ!


マッキントッシュ教授の一言が、わたしの心に突き刺さった。図星過ぎて辛い。


「魔法は絶対だ。言い訳ができないからな。ねえ? シェリーメイ?」

「……マッキントッシュ教授……たしかに、化学で証明できない行為です。不思議な……とても不思議な現象です。まったくの無から有を生み出します」

「アレックスのフィアンセ殿、それはちがうぞ。魔法を、化学で証明できるのじゃ。今からこの金の鍵を、ただの鉄の鍵に変えてみせよう」

「バーナビー教授! 話がちがいます! その鍵だけは、手を加えないでください。チェーンは構いませんよ。我が家に伝わる純金製の代物ですが、金の鍵とは比べ物にならない!」

「アレックスったら……金の色をしてるけど、金で出来ているかどうかはわからないわ」

「シェリー……金の純度なんてどうでもいいんだ。この鍵が君からもたらされたってことが、重要なんだから!」

「うおぅほんっ! アレックスがフィアンセと愛し合っておることは十分わかったから、講義を続けさせてくれ。わしがこれから行う魔法は、ただの目の錯覚だ。それをマッキントッシュ教授が化学で証明してくれる。さあ、みんなこの鍵を見て!」


――トンットンッ!


 バーナビー教授が教壇を杖で叩くと、講義室にいる学生たちの目が金の鍵に釘付けになった。教授はネックレスチェーンを持った手を教壇の上に高く掲げ、金の鍵をユラユラと揺らしはじめた。それは集会室の天井から吊り下げられているランプの灯りを反射してキラキラと美しくきらめいた。幻想的な時間にわたしたちは浸っていく。すると――。


――ああーっ!

――わああーっ!


 金の鍵が徐々に光を失い、最終的にただの鉄の塊になった。学生たちが騒ぎはじめた。


「静かに! このていどの魔法で動揺するでない。いまからマッキントッシュ教授に、魔法を解いてもらうとしよう」


――今のは魔法じゃなくてトリックだっていうんですか? ただの手品だと?


 思わず誰かが叫んだ。その言葉は、この部屋にいる学生全員の頭の中に浮かんだ疑問そのものだった。

 マッキントッシュ教授が前に進み出て口を開いた。


「わたしは化学を研究しているが、だったら化学とはなんだ? 原始時代の人間からしたら、魔法そのものじゃないか。皆は魔法を誇大視している。魔法は人間が進化していく過程だ。一種の超能力に過ぎない」

「だとしたら……魔法より、発達した化学のほうが上だとでも言われるのですか?」


 ルイがマッキントッシュ教授に食いついた。


「何事にも程度がある。低級な魔法よりも発展させた化学のほうが上だが、偉大な魔法使いが行うマジックは、神の奇跡に等しい偉大さがある。現代化学で証明や再現ができない魔法こそが、真の魔法だ。それ以外は化学で解答が得られる。そう考えたことはないのか? シェリーメイ!」


――ガタンッ!


 いきなりマッキントッシュ教授に話しかけられたわたしは、驚きのあまりイスから転げ落ちそうになった。


――ザワザワ……ッ!


 再び講義室がどよめき出す。


「シェリー! 大丈夫かい? ぼくがついてる!」

「アレックス……」


 アレックスがとなりで手を握ってくれた。それだけで、わたしは落ち着いてマッキントッシュ教授の質問の意味を考えることができた。


「マッキントッシュ教授……では……わたしがミスした問題は、魔法ではなく化学で解けたと……そう、おっしゃられるのですか?」

「さすが、我が校はじまって以来の秀才だ。だが、君はあの問題を解こうともしなかった。そこが君の問題点だ!」

「…………」

「どうしてわかるかって? 君は化学の解答用紙を、どの教科よりも早く提出したからだ。なのに、化学だけは満点を取れなかった。最後の1点は、解答マスを見ようともしなかったんじゃないのかな?」


 マッキントッシュ教授は、どうしてそのことを知っているのだろう。彼はまさか、人の心や行動が透視できる能力でもあるのか。

 たしかにわたしは、最後の魔法問題を華麗にスルーした。絶対に解けない問題にかかずり合っているヒマがあるなら、他の試験の勉強をしたかったからだ。もしくは、いそいで下宿に帰って料理の仕込みをはじめたかった。それはつまり、化学に対する侮辱、ひいては問題を考えたマッキントッシュ教授に対して失礼な態度に映ってしまったのか。


「でも、マッキントッシュ教授……魔法の問題が化学で解けるのですか?」


――トンットンッ!


「それを今から我々がやってみせるのじゃ! さあっ! 皆よいか……この鍵をよく見るのじゃ!」


 再びバーナビー教授が、鍵を教壇の上に掲げた。さっきまで金だったその鍵は、今はただのグレーの鉄の色に変化していた。


――カチッ!


 マッキントッシュ教授が傍らの机に置いてあった幻灯機を手にして、スイッチを入れた。白い光が教壇の上を照らし出す。


すると――。


――ワアアアーッ!

――なんだっ、なんだー?


 バーナビー教授の手に持つ鍵が、元のようにキラキラと光り輝く金の鍵にもどっていたのだ。これはいったい、どういうことだろう。


「フォッフォッフォッフォッ……これが化学の証明じゃよ。わかるかな……?」

「さっぱり、わからないわ。どういうことなの?」


 レイラが口を開いた。わたしにもまったくわからない。これが魔法を化学で証明した実験だというなら、ぜひ種明かしをして欲しい。

 そうだ、魔法の天才児アレックスならわかるはずだわ。となりでずっとわたしの手を握っているアレックスの方へ顔を向けた。


――ビクッ!


 アレックスの顔が超至近距離にあった。ビックリして飛びあがりそうになった。アレックスは実験を見ずに、ずっとわたしの顔を見ていたのだろうか。彼と間近で目が合う。眉間にシワを寄せ、とても心配そうな表情をしていた。


「あの……アレックス?」

「魔法の講義になどやはり、参加すべきじゃなかった。本当にくだらない」

「くだらない……? アレックスにはなんでもないことでも、凡人のわたしからすると、まったく理解できない不思議な現象だわ。これを化学で証明しようだなんて、土台無理だわ」

「それだ! シェリーメイ! それが君の欠点だ!」

「欠点、ですって!」


 マッキントッシュ教授の言葉に思わず声を荒げてしまった。


「それだよ、その自分の考えはすべて正しいんですっていう君のその思い込みだ! それが君を視野の狭い人間にしている。人間関係も浅薄にしているはずだ」

「…………!」

「君は魔法が使えない。だから魔法の問題は解けないとハナから決めつけて、解答用紙を詳しく見ようともしなかったはずだ」

「あの……では……あの問題は本当に、魔法を使わずとも解くことができるのですか? わたしにも?」

「君はなんでも出来る。だから反対に、できないことがすべて恐いんだ。結果、若いのに苦手なことはぜんぶ無視する。あの化学の問題もそうだ。たかが1点。されど1点。あの問題しか解けなかった者もいる。彼らは魔法が使える者ばかりではない。1点しか取れなかったから、化学が得意だとは考えられない。だが、わたしは1点しか取れなかった者でも望めば、物理化学部へ迎え入れることにしている。あの問題が解けた人間は特にね」

「どうして、わたしには解けなかったのかしら……?」

「それはね、シェリーメイ! 君が先入観にとらわれているからだよ。魔法が理解できないというすり込みを自分で自分にしている。苦手意識や恐怖と共に蓋をして、魔法から故意に意識を逸らしているせいだ」


――ガタンッ!


 わたしの手を握ったまま、突然アレックスが立ちあがった。


「シェリー……もう帰ろう。教授、失礼してぼくたちは先に帰らせていただきます。一緒の下宿なので!」

「アレックス! 失礼だわ。それと……同じ下宿に住んでいることは公言しないで……」

「教授、大切な鍵を返してください。こども騙しのマジックはもうやめにしませんか」

「アレックス!」

「ぼくが種明かしをするよ。魔法の大半は……実は目の錯覚だ。ただし、手品とも違う。物そのものを別の品と取り替えるとか、角度を変えて見えないようにするとか、そういうことでもない。魔法使いとはつまり、スーパー超能力者のことなんだ。当然、催眠術ができる。周りにいる人間に気がつかれないように、催眠をかけてしまう。みんな、黒板を見てみろ! そりゃっ!」


――バッシャアーンッ!


 アレックスの手が、わたしたちの前方、教授のうしろにある黒板に向けられた。その手の先から水が現れ、何も書かれていない黒板をピシャリと濡らした。


すると――。


――わああーっ!

――文字が浮かび上がってきたぞー!


 そこにはこう書かれていた。


『杖で教壇を2回叩くと金が鉄になる』

『幻灯機の光を当てると鉄が金になる』


「まあっ!」

「一種の催眠術だ。ぼくたちはこの部屋に入ったときから、暗示にかけられていたんだ。黒板の文字は目には見えなくても、ぼくたちの脳は最初からそれを読み取っていた。ただしこの実験には、魔法もちゃんとかけられている。催眠術が利かない連中に対する予防線だ」

「それはわしから説明しよう。アレックス、鍵はちゃんと返すから、まずは座りたまえ」

「バーナビー教授、必ずですよ」


――ガタン。

 

 アレックスが不満そうに椅子に座りなおした。手はわたしと繋いだままだ。彼がこんなに激しい一面を持っているとは知らなかった。何かを必死に隠しているようで不思議な気がした。


「我々魔法使いは超能力者じゃ。スプーンぐらいなら簡単に曲げられる。手の平から特殊な光線が出とるからな。この光は、宇宙空間から自然に引いとるものだ。授業でそれらを分析していきながら、最終的に思い通りの力が引けるようになるようにする。そこまでいくと、魔法使いとして独り立ちできるんじゃ。わしは今、金の鍵の周りを光を通さなくする魔法のフィルターで取り囲んだ。光が入らない空間に置かれたこの鍵は、色が失われておまえたちの目には鉄のように見えただけじゃ。金の本質は変わっとらんよ」

「そこにわたしが幻灯機で光を当てたんだ。教授が仕掛けたフィルターは、幻灯機の光は通過できるように仕組まれていた。光を反射して鍵は色を取り戻し、金色に見えた。化学と魔法の素晴らしい一体化だ!」


――ワアアアーッ!

――パチパチパチパチーッ!

――ピーッピーッ!


 学生たちから拍手喝采が起きた。たしかに素晴らしい講義だった。でも、それとわたしの思い込みのどこに共通点があるというのか。

 それにしても、アレックスはどうして黒板の文字は水を掛けると浮かび上がると知っていたのか。魔法を使える者には常識なのだろうか。そうか、あの問題も――。


「マッキントッシュ教授! もしかして、あの問題の答えは……!」

「シェリーメイ! 君はあとから問題の答えを聴こうともしなかった。誰にもね。そこが君のおごりだ。先入観だよ。思い込みが激しい人間は、必ずのちのち失敗する。人の意見など絶対に聞こうとしないからね。自分の考えがいちばん正しいと思っているからだ。ミス・シェリーは勤労学生だ。ここにいる誰よりも、過去も現在も苦労してきたはずだ。それだけに、自分を信じる気持ちが人より強い。でも、君は勉強にあまりにも力を入れ過ぎたせいで、頭デッカチになっている。君はたぶん、本に書いてあることしか信じない。出来ることしかやらない。出来ないことに恐怖心を抱いているからね。それに、そんなくだらないことに時間を割かない合理性も持ち合わせている。これらはすべて間違っちゃいない。むしろ正しい。最短コースを行くのが人間の生きる道としては、いちばん賢い。エリートの歩む道だ。だがね、シェリー! それは大人がすることだ。君はまだギリギリ十代。忙しいかもしれないが、君は大学生という道を選択した。ここは学びの場だよ。単なる通過点にするには惜しい空間だ。生活に追われるその前に、よく周りを見渡すんだ。君の恋人はいま、何をした? それが答えだ!」

「水を……あの解答用紙に水を垂らせば答えが浮き上がってきたんですね……?」

「そうなの? わたしは普通に魔法で文字を浮き上がらせたわよ。答えは『魔法が使える化学バカ』でしたわよね? マッキントッシュ教授?」

「そうだよ、レイラ。魔法を使って解答したのは君ひとりだ。化学試験のトップが魔法の使い手とは……! 君は実に、現代を象徴している学生だ」

「でもマッキントッシュ教授、試験中にどうやって水を……?」

「シェリー! それこそが、君の頭が堅い証拠だよ! 魔法の使えない受験生たちは、解答用紙をためつすがめつして偶然、答えに行きつく者も多かった。つまるところ……問題用紙を舐めればいい!」

「舐める……? 問題用紙を……ですか? そんなあ……」

「でなければ、くやしさのあまり涙するとか? シェリー、井戸の水だけが水じゃないんだよ。学問というのは、考えるという行為そのものが大切なんだ。証明の結果より、その過程がいちばん重要だ。自分の頭と体を使って、斜め横から物事を見て、考える。その結果、偉大な発明が生まれるんだ。ちなみに……水を使って浮き上がる文字がこれだ」


――カッカッカッカッ!


 マッキントッシュ教授が黒板に文字を綴った。そこにはこうあった。


『先入観が強すぎるとこの問題は解けない』


「ミス・シェリー! そして、この集会室にいる学生全員に言いたい。頭を柔軟にしろ。自由で突飛な発想をのびのびとしてみろ。脳の錯覚に騙されるな。こどもの頃のように、自分を開放するんだ。思ってもみない力が発揮できるはずだ。わたしが言いたいことはそれだけだ。シェリー、魔法という言葉に惑わされるな。君だって不思議な力の持ち主かもしれないんだぞ」


――ガターンッ!

 

 再びアレックスが立ちあがった。


「バーナビー教授! 終わったようなので失礼いたします! それと……マッキントッシュ教授、個人攻撃はやめていただきたい。特にわたしのフィアンセには!」

「フィアンセだと? シェリーは認めていないようだが……?」

「なんだと?」


 マッキントッシュ教授の一言にアレックスが食いついた。教授をすごい目でにらみつけている。

 

「アレックス! やめてよ! マッキントッシュ教授がおっしゃったことは、最もなことだわ。魔法にコンプレックスがあるからって、問題を解こうともしなかったわたしは、たしかに化学に対する冒とくをした。間違った行いだったわ」

「シェリー! 君はなんて……聡明なんだ! こんな素直で優秀な生徒をいじめるなんて!」

「アレックス! 教授に向かってそれ以上は……!」

「シェリー……すまない……」


 アレックスはこちらに向き直り、わたしの両手を握りしめた。いかにも悪かったという表情を浮かべながら、背中を丸めわたしのグリーンの瞳を覗き込んだ。そのブルーの瞳は潤み、後悔に揺れていた。

 集会室にいる人間全員の視線がわたしたちに釘付けになった。いますぐ消えてなくなりたい。


「フホォッ、フホォッ、フホォッ、フホォッ……! 君たち、続きは下宿でやりたまえ! そうそう、大切な金の鍵を返さなくては! アレックス、どうもありがとう! これのお陰で……おやっ?」

「……バーナビー教授、何か?」

「この鍵は……何か封印されとるな。すぐには解けないぐらい、強力な魔法じゃ……!」

「教授! いますぐ速やかに鍵をこちらに!」

「おやっ?」

「教授? まだ何か……?」


 アレックスがイライラしながらバーナビー教授に手を差し出した。


「魔女だ! 北のウィッチがこの集会室の中にいる。金の鍵が教えてくれている!」


 バーナビー教授が突然、とりつかれたように叫びはじめた。顔の前に掲げた金の鍵を凝視して目を丸くしている。金の鍵は教授が手に持つチェーンの先でクルクルと狂ったように回りながら、キラキラと太陽のように光り輝いていた。


「なんですって? バーナビー教授、それは本当ですか? みんな! この部屋から出るんじゃないぞ! そのまま座っていろ!」


 マッキントッシュ教授が叫んだ。


――ザワッ……!

――北の魔女、ウィッチだって?

――なぜここに? 恐いわ!


 集会室が騒然となった。マッキントッシュ教授に言われるまでもなく、みな脅えて動けないようだ。


「アレックス……北のウィッチって何?」

「シェリー、いいからここを出よう。バーナビー教授! いい加減、金の鍵を返してくださいよ!」

「あっ……アレックス!」


――ツカツカ、ツカツカッ!


 アレックスはわたしの手を取ったまま、教壇へと近づいていく。


「しかし、アレックス……ウィッチがこの中に……!」

「バーナビー教授、とりあえず鍵をこちらに……えっ?」

「きゃっ!」


――パッシャーアアアアーンッ!


 一瞬、何が起きたかわからなかった。


――ザアアアアーパアアアーンッ!

――水だー! どこからか水が押し寄せてきたぞーっ!

――きゃあああーっ!


 集会室に水が溢れてきた。それはみるみるうちに満ち溢れ、アッという間にわたしたちの顔の高さまでやってきた。


「シェリー! つかまって!」

「アレックス!」


 アレックスに水の中から引き上げられた。ランプの火が消え、地下にある集会室の中は真っ暗闇になった。


――キャアアアーッ!

――助けてー! わたし泳げないのよ!

――ワアアアーッ! 溺れるー!


 集会室の中はすっかりパニックだ。地下なので逃げ場がない。水はどんどんカサを増し、とうとう天井近くまで到達してしまった。このままでは、全員が溺れ時ぬ。


「バーナビー教授! 魔法でドアを破壊してください!」

「しかし……器物破損は重罪じゃから……」

「そんなこと言ってる場合ですか! このままでは、シェリーが……!」

「それに……ここは魔法では壊せない造りになっとるんじゃ。マッキントッシュ教授、何か兵器は持っとらんですか?」

「ハアハア……教授! そんなもん、持ち込んでいるわけないでしょうがっ! ハアハア……あなたたち魔法使いは平気でも、われわれ人間はもう体力の限界です! どうにかしないと……!」

「どうしたら……あれ? 明るくなってきた……。ああっ! 金の鍵があんなところに……!」

「ハアハアッ……本当だわ」


 金の鍵が、水底でキラキラと太陽のように強烈な光を発している。集会室の中が次第に明るくなってきた。


「鍵を取ってくる。シェリーはそこの柱につかまってて!」


――チャポーンッ!


「あっ! アレックス! ハアハア……鍵なんて、あとで拾えばいいじゃないの! あっ!」


 レイラだ。レイラが水底にいる。


「ハアハア……たいへん! 溺れているんだわ!」


――ジャブーンッ!


 いそいで潜った。不思議と、水の中のほうが苦しくなかった。


――ジャブッ、ジャブッ……!


 アレックスのあとを追い、潜っていく。おかしい。集会室とは思えないほど底が深いのだ。まるで、深い湖の中を泳いでいるみたいだ。


「アレックスー!」

「シェリー! どうしてついてきたんだ? 危ないよ! あれ……? シェリー……苦しくないのかい?」

「アレックス……どうしてかしら? あなたと水の中で会話が出来ているわよね……」

「よかった……この水は魔法で出来ているらしい。だから、息ができるんだ。シェリー……どうしたの? ぼくが心配だった?」

「いいえ! レイラが溺れていたから、急いで潜ってきたのよ。でも……どこにもいないみたい……?」

「見間違いだろう。誰もいなかったよ。それに、この水の中で溺れるはずがないよ」

「そうよね……あら? 水の底に扉があるわ!」

「本当だ……今までなかったのに、おかしいな……。あっ! 金の鍵が……!」

「まあっ!」


 握りしめたままだったわたしのこうもり傘の柄の先に、金の鍵が引っかかっていた。わたしはカバンもしっかり抱え込んでいた。われながら、大したもんだわ。


「カバンはぼくが持とう。シェリー、ぼくの手を握って。水底の扉が金色に輝きはじめた……行ってみよう」

「怖いわ……大丈夫かしら?」

「この水の魔法を解くキーになるかもしれない。そうっと近づいてみようよ。大丈夫。ぼくが一緒だよ」


 マッキントッシュ教授の言葉が思い出された。先入観や思い込みで戸惑っていたら、問題は何ひとつ解決しない。


「わかったわ、アレックス。扉のそばまで、行ってみましょう!」


――ジャブ、ジャブッ、ジャブ、ジャブッ……!


 わたしとアレックスはしっかりと手を取り合い、下へ下へと潜っていった。下に向かうに連れ暗くなり、青一色の世界が広がっていく。まるで本物の湖の底を泳いでいるような気がした。

 上を見れば水面は遥か遠く、まわりは広い空間で水以外は何もない。この世に、アレックスとわたしの2人だけしかいないような錯覚にとらわれる。救いは水底の金の光だけだ。金色の扉はわたしたちが近づくにつれ、その輝きを増していった。


――トンッ!

――トンッ!


 やっと水底に着いた。アレックスがひざまずき、扉を引っ張りはじめた。


――ギシーッ! ギッ! ギッ!


「押しても引いてもビクともしないよ……。鍵がかかっているみたいだ……」

「アレックス! 金の鍵で開かないかしら?」

「この鍵で? そうだな、やってみよう!」


 わたしのこうもり傘の柄からアレックスが金の鍵をはずし、それを金の扉に挿し込んだ。


――ガチャリッ!


 鍵が開いた。


――ギギーッ!


 アレックスが扉を開けた。すると――。


――キラキラキラキラーッ!


「わああーっ!」

「きゃああーっ!」


 中からとてつもない大きな光のカタマリが噴き出してきた。同時に、竜巻を伴う巨大な水嵐も。


――ゴオオオオーッ!


 たちまちわたしとアレックスは、その強大な水のウネリに巻き込まれていく。


「シェリー! ぼくに掴まるんだ! はやくー!」

「アレックスー! きゃあああーっ!」

「わあああーっ!」

 

 わたしたちは、たちまち扉の中へと吸い込まれていった。

 吸い込まれる瞬間、水底に誰かが見えた。

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