第2話
――ウフフフ、フフフフ……。
――なーに、あのこうもり傘と黒い麦わら帽子! カンカン帽みたい! チャールストンでもはじまるの?
この帽子と傘は孤児院の院長の形見なの。誰がなんと言おうと死守するわ。人を見た目で判断する人間なんて最低よ。わたしは流行になんて流されない。絶対、人の意見になんて左右されたくないわ。
――アハハハ、ハハッ。それより見ろよ、あの喪服! 入学式じゃなくて葬式にでも行くのかよ!
――黒い服だと汚れが目立たないからじゃない?
それは当たってる。王立魔法大学校の生徒にしては賢いじゃないの。あんたたち成金とちがって、服はこれ1枚しか持ってないの。悪かったかしら。
――なにあの、時代遅れの大きな茶色いカバン! 世界旅行にでも行く気かしらね?
――それと……見て見て! 編み上げブーツにお下げ髪! 尼僧にでもなったつもり?
鞄も靴も、シスターがわたしに譲ってくれたものよ。シスターは布教であちこちの都市をまわって歩いた聖女なの。ああ、わたしたちのマザー、シスターを、今日この王立魔法大学校の入学式に呼びたかった。わたしのこの晴れの姿を――。
「新入生代表、シェリーメイ!」
「はい!」
「彼女は我が校はじまって以来の天才だ。皆も魔法ばかりに頼らず、シェリーメイの勤勉さを見習うように!」
――シーン。
水を打ったように静まり返った王立魔法大学校の講堂。わたしは堂々と皆の前に進み出て、奨学金の目録を手にした。これだ、このためにわたしは、血の滲むような努力をいままでしてきたのだ。
――もしかして……化学以外はオール満点だった女って、あの棒切れみたいなお下げかよ?
――ゲーッ! 勉強しすぎるとあんなにダサい丸メガネになるのかー!
メガネはダテよ。低い鼻とソバカスが隠せるから。
三つ網も仕方ないの。わたしの髪はハリネズミみたいに左右に大きく広がっているんだもん。
それと、化学だって99点だったんですからね。
――魔女みたいな恰好してるくせに、魔法は使えないんだろ? いくら頭がよくても、魔法が使えないんじゃ、おれたちのほうが格は上だな。
わたしも昔は魔法が使えたわ。それに、こどもの頃のわたしは、もうちょっとかわいかったんだけどなあ。
あれからだ。アレックスとキスしたあのクリスマスから、わたしは魔法の使えない、ただの醜いアヒルの子になってしまった。しかも、醜いアヒルのまま、大人になってしまったのだ。
わたしシェリーメイは今年で19歳。みんなより1歳遅れで大学生になった。王立魔法大学校はもともと、魔法使いのための大学だ。今年から、魔法が使えなくても学力が高い生徒を受け入れるようになった。
ここに至るまで苦労の連続だったわたしは、若干19歳にしてすべてをあきらめることを覚えた。アレックスとの結婚もそのひとつだ。
カーライル公爵の息子アレックスが、わたしの育った孤児院を初めて慰問した翌年、我がレイク王国で成金貴族たちよるクーデターが起きた。クーデターは成功し、アレックスたち王侯貴族は国外退去となった。
わたしたち庶民にとっても大打撃だった。孤児院や王立学校その他の公立事業はすべて撤廃された。住みなれた孤児院を撤去されたわたしたちは、泣く泣くみんなと別れ、地方の農場へ奉公に出された。
そこでは過酷な労働がわたしたちを待っていた。くる日もくる日も、朝の暗いうちから日が暮れるまで農場で働かされた。夜は夜で、寝る暇もないぐらい、家の中の雑用をやらされた。食事もろくに食べさせてもらえず、服は1年じゅう着たきりスズメ。風呂も滅多に入れなかった。そして、ちょっとでもミスをすれば木の棒で打たれた。親のないわたしたちは、農場の家畜以下の存在として扱われていた。
雪の朝も猛暑の真夏も、過酷な労働は続いた。わたしはそれに、必死で耐え抜いた。星明かりで本を読み、辛い水汲みの途中で計算式を覚えた。そこから脱却するために、寝る間も惜しんで勉強した。
その甲斐あって、わたしは王立魔法大学校に主席で合格した。奨学金のお陰で学費は全額免除。町にもどって下宿で住み込みの雑用係をしながら生計を立てている。
自分を信じてここまでやってきた。他人の意見なんて1つもあてにならないんだってことも学んだ。だからこのさきも、この考えを捨てるつもりはない。よって、1つ年下のガキ共の嘲笑なんて、まったく気にならないんだから。
――タタタタ、タタタタッ!
「おーい! 待ってくれー!」
これからわたしは、うんと勉強して卒業後は銀行に就職し、うんと働いてうんとたくさんお金を貯めるの。
「シェリー! シェリーメイ!」
貯めたお金で孤児院を建てるのよ。シスターや仲間を呼び戻して、困っているこどもたちと一緒に住むの。
「シェリーってば!」
そう、わたしはシェリーメイ。いつか必ず――。
「シェリー……どんなに会いたかったか! アダブカタブラ……」
「えっ?」
――キャアアアアーッ!
――ワアアアアーッ!
わたしは校庭の真ん中で、金髪のイケメンにキスをされていた。