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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

キノコの恋愛

松茸×椎茸

作者: 二シー

松茸×椎茸。BL?

ぼやりと椎茸が自分の住む古木に腰を下ろしていると突然後ろから声がかけられた。


「舞茸のことは、残念だったな椎茸」

「え? あ、松茸さん?!」

「よう」


それは日本のキノコ界で知らぬものはいない松茸だった。粋に羽織はかまを着こなしている。まだ少し距離があるのに、彼の纏う香り椎茸の元にも届いた。

椎茸は立ち上がるとできるだけ朗らかな声で松茸に答えた。幅広い傘に隠れて表情は見えない。

すらりとした松茸の姿に、自分のキノコとしてはありふれた幅広い傘が妙に恥ずかしくなった。


「いやだな、松茸さんのところまで噂が?」

「なんつか、舞茸とは中がいいからな」


確かにそんな話は聞いたことがあった。舞茸本人からも仲がいいとは聞いていたので間違いはないだろう。ひらひらとした彼女の姿を思い出すとちくりと椎茸の胸が痛んだ。


「ああなるほど。けど、あなたみたいな人気者がこんなとこにいていいんですか?」

「茶化すな椎茸。それに人気で言えばお前も、けっこう人気だろ」


肩をすくめて細長く幅のない傘の下から苦笑する椎茸の顔が見えた。存外照れ屋らしい。目上の存在すぎて、椎茸はほとんど彼と話したことはなかった。出会えば二言三言言葉を交わすがその程度だ。

何とはなしに落ちた沈黙が少々気まずい。先に口を開いたのは松茸だった。


「……なぁ椎茸」

「なんです?」

「俺と、付き合わねぇか?」


ぽかんと、椎茸は松茸を見つめた。


「えっ、いや、え、なな、何いってるんですか松茸さん」


冗談だろうと首を傾げる。だが松茸の瞳にからかいの色はなかった。まっすぐに椎茸を見つめている。


「好きだ、椎茸」

「……」

「舞茸とのことでさ、今全然そんなこと考えられないことも分かってる」


椎茸をいたわる松茸の言葉。不思議と、彼の言葉は椎茸には素直に胸に届いた。


「あの……」

「返事はいつでもいい。ただ、待ってる」


自分の気持ちを落ち着けるように椎茸は一つ息を吐いて、苦笑しながら背を向けた。


「じゃあな」

「はい……」


その場に残った松茸の香りに椎茸はため息をついた。相変わらずのその様子に最早ため息しか出ない。羨ましいが、しかし、孤高のキノコという地位は恐ろしく思える。その松茸が隣にこいと言うのだ。嬉しい。だが椎茸は苦笑して呟いた。


「俺はあんたと並べるようなキノコじゃないですよ」


その声は風に浚われ消えた。



+++


椎茸はフラフラと森をさまよっていた。先日松茸からの告白に心乱され悲しみにくれることはなかったが、しかし同じほどに心が重い。広い傘を揺らしつつ空を見上げる。自分たちに心値良い曇り空と湿気。


「あ……」

「ん? ああ、椎茸」


少し気まずそうに、けれど優しげに微笑む松茸がそこにいた。珍しく赤松以外に腰を下ろす松茸。少し考えて椎茸は問いかけた。


「隣いいですか?」

「すわれよ」


少し緊張しながらも松茸の隣に腰を下ろした椎茸はそわそわと隣をみる。そんな椎茸の姿に松茸はくすくすと笑った。品よく着物をまとった松茸が笑う姿は少し珍しく、だが恥ずかしいことには代わりがなかった。


「笑わないでくださいよ」

「ああ、すまん。ただ可愛くてな」

「かわいい、って」


自分のような地味なキノコにそんな言葉は似合わないと椎茸は思った。そして同時に先日の言葉が再び頭をかすめる。

自分を優しく見つめる松茸の視線に胸がいたんだ。


「松茸さん」

「ん?」

「俺、こないだの話お受けできません」


森を吹き抜ける風が頭上の梢を揺らす。そろそろ雨が降りそうだ。あまり強すぎる雨は好きではない。雨が降る前に住処へ帰りたいなと、椎茸は思った。


「理由を聞いてもいいか?」

「……釣り合いませんよ、俺なんて」


自嘲気味の椎茸の言葉に、松茸は正面を向いたままポツリと言った。


「『Tricholoma nauseosumトリコローマ・ノーシオーサム』、意味わかるか?」

「靴下キノコ、ですか?」

「そうだ。そして俺の学術名でもある」


呆然と松茸を見つめる椎茸。松茸は表情も変えない。椎茸は松茸のその表情になぜか彼の苦悩を感じた。


「評価なんてものは国を出れば、文化が違えばまるっきり変わっちまう。お前が気にしてるものはその程度のものなんだ」

「あ、俺、その……」

「釣り合わない? それは俺のセリフだ」


硬い声に椎茸は先ほどとは違う胸の痛みが襲った。そして気がつけば口を開いて叫んでいた。


「違います! 松茸さんは俺の憧れで、松茸さんみたいになりたくて、あんな風に秋の味覚って言われたかった……」

「憧れるようなものじゃねえよ。俺なんて……」


少しうつむいた松茸。ふわりと香る彼の香りはやはり芳しく、けれど先ほどの話を聞いた後はひどく悲しい香りに思えた。椎茸はしばし悩み、そして自分の中の勇気を必死にかき集め、自分の幅広い傘の先をそっと松茸の傘に当てた。


「椎茸……?」

「俺は、松茸さんの匂いが好きです。それにこないだ、舞茸にふられた時」


目閉じてゆっくりと言った。


「誰も触れなかったことを聞いてきたけど、その聞き方がなんだか心地よくて」

「チャンスだと思ったからだ」

「それでも、俺にはその接し方がとても心地よかった」


松茸はゆっくりと椎茸を押しのけるようにして立ち上がった。それに釣られるようにして椎茸も立ち上がる。


「もう一度、言っていいか?」

「……はい」

「愛してる。俺と付き合ってくれ、椎茸」


梢を抜ける風が激しさをます。その音を聞きながら、椎茸は答えた。


「俺で、いいんですか?」


松茸は苦笑して頷く。


「お前がいいんだよ、椎茸」

「おれも、松茸さんのこと、好きです」


椎茸は少し震えながらもしっかりと言った。椎茸は気がついたのだ。周りからの評判ではなく、自分は松茸を愛することができ、また松茸も自分を愛してくれることを。



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