恵みの水場
真白が目覚める。
龍は真白を包んでいた魔力でそれを察知して念話で声をかけた。
「目覚めたか。」
「眠いです……。」
「我の後ろに続く道を行くとすぐに水場がある。顔を洗って来い。」
「ふぁぃ……。」
ふらふらと真白が水場へ向けて歩き出す。
龍神はすぐさま今日真白に何をさせるかを整理する。
(魚を獲らせるのは良いが、一年後も同じことをやり続けるわけにはいかん。最終的に真白をどうすべきか……。)
面倒を見るにしても、あまりにも何も無いと生きる意味を見失いかねない。
それは龍自身も同じことだった。
自身がこの世界で覚醒して過ごした時間は一週間にも満たない。
今は魔力のことなどやることがあるが、一年、十年、何もせずに過ごすのは人間の精神では耐え難いものがある。
(そもそも寿命があるのかどうかも怪しい。人間を定命の者だと呼ぶ世界観もあった。普通の龍なら寝て過ごすなんてこともありそうだが我には……ん?)
と、そこまで考えた時、真白が走ってこちらに向かってくるのを魔力で感知した。
ダダダダッ
「どうした真白。何かあったのか?」
「はぁっはぁっ……龍神様……。」
「何だ。すまんが今は体をそちらに向けられん。そのまま話せ。」
「うぅ……か……。」
「か?」
「か、厠ってありますか!?」
「……あ、有るわけなかろう!その辺でしてこい!」
「見ないでくださいね!?」
「見える範囲でするつもりか!?」
「うぅ~も、もう……!」
「ええい、あっちだ!」
咄嗟に魔力で真白の体を運び、壁の影まで移動させる。
水分を感じた瞬間に魔力はカットされた。
(何でわざわざ戻ってきたんだ……そんな趣味は無い。無いったら無いっ!)
自分に言い聞かせるかのように強く思う龍だった。
――
「そなたが持ち込んだ食料が尽きる前に、他の食料を確保するぞ。」
「わかりました!恵みを取り戻す手段ができたのですか?」
「いや、違う。だが、恵みが消えないところがある。」
「そんなところが?」
とても驚き、そして輝いた笑顔を見せる真白。
「さっき顔を洗いに行った水場だ。」
「え?」
それが一瞬にして目が点になっている。
「魚がいる。取ってこい。」
「で、でもどうやって……。」
「水は少しずつ流れているが魚が抜けられるほどの隙間では無い。その気になれば手でも取れるだろう。釣りでも網で取っても良い。」
「ツリ……ってなんですか?」
「釣りがわからぬか?そうだな……。釣り針が無いと説明しづらいものだな。」
――
「……というのが釣りだ。まぁ道具が無いからできぬが……。魚は我が魔力を使って獲ってもいいのだが、真白一人でもいずれ取れるようになっておく必要がある。」
「何故でしょう?私はずっと龍神様のお世話をしますよ?」
「……世話をする相手に食料を獲らせるつもりか?どちらが世話をしているのだ。」
「あ、そっか。」
というのは建前である。
本音は、自分が今後どうなるか全く予想が付かないからである。
爬虫類のように変温動物なら、冬眠のようなことをするかもしれない。
一年間気絶していたということは、一年間食事をしなくても問題なかったということ。
もしかしたら一度眠ると普通に数ヶ月目覚めないかもしれない。
龍という生態が自分自身不明。
そんな状況で、真白が自分で食料確保ができるというのは必要事項なのである。
「今日はまだ食料があるからな。釣り道具を作るも良し、手づかみでやるも良し、好きにせよ。」
「うーん、では、とりあえず残りの荷物を運んでしまいます。」
「あぁ、それは良い。我がやっておこう。」
「それは、申し訳ないのですが……。」
「そなたがやるより早い。我は今細かい作業はできぬ故、なるべくそういう作業を優先せよ。」
「わかりました。じゃあちょっと水場に行ってきます!」
――
―えいっ! ――っ! ―やぁっ!
掛け声が聞こえる。
どうやら手づかみでいこうとしているらしい。
言ったは良いが、魚を手づかみで捕らえるのは至難の業だ。せめて掬う道具が欲しいところ。
(あと、魚はそこそこ音に敏感だったか……?あんなにうるさくしては魚も逃げてしまっているか。)
台車の荷物を魔力で移動させながら、真白に念話を行う。
「真白、静かにしろ。魚はうるさくすると逃げるぞ。」
「え…!そ……ん……か!…りませ………た!」
こちらの声は魔力に乗せているので、魔力の届く範囲ならどこまででも届けられるが、真白の声は近場とはいえやや聞こえづらい。
とはいえ出処がわかっていれば手間はかかるが魔力で拾うことは可能だ。
「水場に直接入って歩いたり、手を水に差し入れる音にも反応する。できるかぎり静かにやれ。」
「わかりました。それっ!」
「わかってないではないか……。」
「う……あはは……。わっ!」
どうやら足を滑らせたらしいことがわかる。
魔力を広範囲に薄く広げ、範囲内の事象を全て把握することができるようになっていた。
ちなみに現在は、半径にして約五キロ圏内まで広げていた。
五キロ圏内の全ての事象の情報が入ってくるのは鬱陶しいので、魔力で範囲内の空気の動きを固定し、他の外的要因がない限りは無視できるようにした。
そのため、今は真白と魚と水の流れしか感知していない。
……龍自身は気づいていないが、一種の結界が完成していた。
――
外の荷物を運び終えた。
現在は魔力で動かせるのが人間の腕力程度のため、台車ごと運ぶことができず、水瓶もかなりの重量だったために運び終えるのに少し時間がかかった。
その間も真白は魚獲りを続けていたが、成果は見られない。
(ま、すぐには無理か……。)
と、真白も疲れが出たのか先ほどから座り込んだままあまり動く様子は無い。
元々ほとんど出歩いたことすら無いので体力があるはずもない。
仕方がないな、と思った時、真白が震えているのを感じ取った。
龍はあることに気付く。
(……さっきコケていたが、真白の荷物に着替えなんて無いぞ……あたりまえだ。生贄に着替えなんか普通要らないからな。)
そして、自身の魔力感知の欠陥にも。
(水温!)
「真白!戻れるか!?」
「う……龍神……様……。お魚……と、獲れていません……。」
「まだ食料はあると言ったはずだ!戻ってこれるか!?」
「……さ……むい……です。」
「眠るな!起きていろ!我が魔力で運びだしてやる!」
すぐさま魔力で真白の体を運び寄せる。
その体は冷えきり、消耗しきっていた。
ブックマークありがとうございます。
最初に考えていたのと比べてだいぶ展開がいい感じに変わりました。