名前
(さて、どうしたものか。)
中身が人間の龍は悩んでいた。
(とりあえず、食べる気は無い。空と大地の恵みうんぬんもよくわからんから、話を聞こう。……ん、話?)
喋り方がわからない、ということに。
(吠えられたんだから、喋れるだろう。念の為に威厳は保ったまま喋るか。)
……。
グルルルルルァ……。
(あれっ。)
脳は人間の思考ができたとしても、叫び声すら制御できない龍に流暢に喋ることなどできるはずもない。
恐ろしげなうなり声がでただけだ。
「りゅ、龍神様……。どうか……。」
少女は声を震わせながら懇願を続ける。
(ちょっと待ってくれ。どうにかできないか?えっとこういう時はファンタジーでは……そうだ!念話!テレパシー!ぶっつけ本番だしできるかもわかんないけど……。)
魔力を全力で開放した時とは違い、自分の意識を相手に伝えるイメージ。
「ふむ……。そなた、何者だ?」
(お、なんか魔力に言葉が乗った感じがする。これを…ぶつけたら危ない気がするな。そーっと。)
軽く押し出すようにして少女へと魔力を届けるイメージ。
魔力はその軌跡通りに少女を包んだ。
「んっ……?い、今のは、龍神様?」
伝わったらしい。突然の言葉に戸惑いを隠せない少女。
(やったぜ。才能あるなぁ俺。……ボロが出ないように、常に威厳たっぷりにしておくか。)
「そうだ。再度問おう。そなたは何者だ?」
「あ、わ、私は……ここから半日ほど離れたところの村の者で……ございます。」
「ふむ。遠いところからよく参られた。して、我が怒りを鎮めろ、とはどういう意味だ?」
「は、はいっ。1年前、龍神様の怒りによってあらゆる恵みが失われてしまい、どうかお怒りを鎮め、恵みを戻して欲しい、と……。」
恐る恐る言葉を発する少女。
しかし、考えこむように龍の目は閉じられてしまった。
(一年前?……まさか、あの叫びから一年も経つのか?……ずっと気を失っていた?)
内心、龍は焦っていた。
一年経っていたことも、恵みが無くなったので戻して欲しいなどということも。
やろうと思ってやったことではないのだ。
寝耳に水が1リットルほど入っていた気分である。
(ひとまず、おいておこう。あとひとつ、聞かなければならない。)
「生贄とは?何故そなたが来た?」
この質問は、少女にとって非常に難しい質問である。
というよりも、答えられない。
「も、申し訳ありません。その……わかりません。私、ずっと一人で何もできなくて役立たずだから……。これが初めてのお仕事なんです。あ、でも生贄だから戻ってくるなって言われました。」
知らないのだ。『忌み子』とされた少女は自宅に軟禁状態だった。何も知らない、何もできない。
当然教育もされていない、世間知らず。
(ふむ。アルビノで虐げられていたといったところか。そして生贄として厄介払い。……無駄に生贄の説明をして怯えさせることもないだろう。)
「そうか。構わん。ではもう一つ聞いておこう。」
「はい……なんでしょうか。」
「名はなんという?」
「名……ですか?」
「それもわからぬか?」
「いえ……『オイ』です。」
「は?」
と、思わず軽口を思念に乗せてしまった。
(『オイ』……まさかとは思うが……いや、ありえるな。)
「『オイ』がほとんどですね。たまに『イミゴ』って聞こえてきましたけど、これは直接呼ばれたことはありません。」
「それは……そうか。」
予想は的中した。
少女は名前を与えられていなかった。
そして恐らくアルビノは全て忌み子扱いなのだろう。
(せめて……。)
「生贄とは、我が身の世話をすることだ。何をすればいいかは知らぬだろうから教えてやろう。」
「そ、それでは、恵みは……!」
「知らぬ。」
「えぇっ!?」
そもそも咆哮が関係あるかどうかすら疑わしいことだ。
動物が逃げてしまったことは自分の責任かもしれないが、連れ戻すのは不可能だしどうしようもない。
天候はそんな偶然もあるだろう。今までに不作だったことの一度や二度あったに違いない。
「そもそも我は怒ってなどおらぬ。ゆえに、怒りを鎮めようも無いし、恵みには関係ない。」
「そんな……それではどうすれば……。」
「そなたにも関係なかろう。」
「え?」
いくら自分たちと姿が違っていても、名前も与えず物も教えない。
ゆるやかに殺そうとしていたのだ。
「そなたは我が生贄。我のことだけを気にかけていればいい。村のことは、忘れろ。」
「……。」
うつむき、黙りこむ少女。
(キツすぎるか…?)
と、自分の言葉を省みた時、少女は顔を上げた。
「わかりました!龍神様のお世話をさせていただきます!」
「村のことは、吹っ切れたか?」
「村?村ってなんですか?」
「ん?」
「村って……家、とかが、いっぱい、ある、ところ?」
「わ、忘れた……のか?」
1,2のポカンもびっくりな忘れっぷりである。
忘れろとは言ったが、記憶から消すとは凄まじい。
(まぁ、この方が幸せかもしれんな。ただ……。)
もしかしたら持っていたかもしれない大切な思い出も、忘れてしまったかと思うと。
「そなたに、新たに名を与えよう。」
「名前ですか!『ソナタ』ですか!?」
「音楽は関係ない……『真白』だ。」
「『真白』……。」
思わずツッコミで前世の知識がポロっと出てきてしまった。
それをごまかすために、早く決めなければと焦って出てきたあまりにも安直な名前。
しかし、
「何故、泣く。」
「え?えっと……あれ……ズッ、なんか、ヒッ、わかりません……ふっ……。」
龍神と真白の始まり。
もうブックマークついた…こんなに早いもんなんですね。
感想もありがとうございます。