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六十三話

 アイバクとは途中で別れた。

 イゼットは第四王女の親衛隊長の執務室へと向かう。


 扉を叩けばすぐに返事があった。イゼットは中へと入る。


「ああ、君か」


 第四親衛隊の隊長は立ち上がって出迎えてくれた。

 年頃は四十過ぎといったところか。細い目は垂れていて、人の良さそうな顔つきをしていた。


「面接でも一度あったとは思うけど、はじめまして」


 親衛隊の隊長はクレイシュ・ジャンダンと名乗り、イゼットに握手を求めてきた。


「イゼット・イェシルメンです」


 差し出された手を握りながら自己紹介をする。


「そうだったね。結婚のことは今日の朝、殿下から伺って」


 書類上ではセネル姓で届いていたという。イゼットは何日か前に書類などの名前を変えるための申請を出したが、間に合わなかったようだ。


 簡単に部隊の説明をしてから、王女の元へ挨拶をしに行くという。


 執務室から少しだけ離れた場所に王族が生活をする空間があった。

 廊下の壁紙や調度品など、騎士達が使う部屋や廊下とは雰囲気ががらりと変わる。


 一言で表現するならば、豪華絢爛。

 落ち着かない場所だとイゼットは思う。


「ここが殿下の私室だよ」


 扉の前には騎士が二人待機していた。

 クレイシュが片手を掲げれば、左右対称に並んでいた騎士は同時に敬礼を返す。

 まるで鏡のようだとイゼットは思ったが、良く見たら双子の騎士だった。

 任務遂行中だからか、イゼットを一瞥もしない。


 双子の騎士に気を取られているうちにクレイシュは戸を叩き、王女に挨拶をしていた。

 部屋の中から「入ってもよろしくってよ」という返事が聞こえて来る。


「ああ、ありがとう」


 中に居た侍女が扉を開いてくれる。クレイシュとイゼットに向って一礼をして出迎えた。


 アイシェ王女は一人掛けの椅子に座っていた。

 背後にはずらりと召使いの女性たちを侍らせている。


 早速近くに寄れと言うので、王女の傍で片膝をついて頭を下げる。


「お久しぶりね、イゼット。元気だったかしら?」

「おかげさまで」


 イゼットはなんとも言えない居心地の悪さを覚える。

 王女と対面しているから、というよりは、それより後ろに位置する女性陣からの値踏みするような視線を受けているからだ。


「結婚おめでとう。本当にびっくりしたわ、まさかアイセルと結婚をするなんて」


 女性たちの視線が更に厳しいものとなった。

 イゼットは早くこの時間が終わればいいと、ひたすらに願っていた。


「親戚だから、一番の傍つきになって貰おうかしら?」

「なりません!」


 ぴしゃりと、王女の言葉を遮ったのは教育係だった。年かさの女性で、年齢はイゼットの母親と同じ位。先ほどからひと際鋭い視線を送っていたのは彼女だったとイゼットは気付く。


「だって、アスリもジェレンもネルミンも、いつもギラギラピリピリしているのだもの! 心が休まらないわ!」


 王女の背後に佇む女性の何名かは侍女ではなく傍つきの騎士だと背後に居たクレイシュが教えてくれる。言われてみれば、確かにガタイの良い女性が混ざっているとイゼットは思った。


 王女の主張は即座に教育係に正された。


「騎士とはそういう存在ですよ」

「イゼットは違うわ。なんだか、空気みたいなのよ」

「空気ですって!?」

「お父様が言っていたの。私もそうだって思ったわ」

「まさか、陛下にこの者を配属するようにお願いしたのですか!?」

「違うわ。お父様には、クレイシュみたいなのんびり屋の騎士を入れてってお願いしたのよ」


 女性陣の視線がイゼットからクレイシュに移った。


 クレイシュ・ジャンダン。

 自身は伯爵家の二男で、爵位は兄が継いでいた。既婚で三人の子供がいる。

 一見して頼りなさそうな外見をしているが、ひとたび剣を握れば勇猛果敢な戦いを見せるという。実力は騎士団の中でも五本の指に入るとも噂されていた。


「クレイシュはいつでも、余裕があるように見えるでしょう?」

「殿下、そのようなことは」


 王女に黙るようにと訴えるような視線を受けたクレイシュは、瞼を伏せて押し黙る。


「胸飾りが無くなった時も、クレイシュだけは必ずここにあるからって、はっきり言ってくれたの」


 言い終えてから、ハッとなって嬉しそうにイゼットを見る。


「そう、胸飾りを探してくれたのもイゼットなのよ!」

「左様でございましたか」

「すごいでしょう?」

「それは、まあ、たしかに」


 正確に言えばアイシェ王女の胸飾りを探して来たのはイゼットの馬だったが、口を挟めば睨まれてしまうので大人しくしていた。


「それでね、新しい騎士は落ち着いていて、物静かな人がいいって思ったのよ。私の親衛隊に足りないのは余裕だわ」


 王女の言葉に教育係は同意するようなところがあったからか、黙りこんでしまった。

 イゼットもこの時になって面接で聞かれた「夕食になにを食べたか?」という質問の意味を理解することになる。あそこで動揺して、口ごもっていればイゼットも不合格だったのだ。


「殿下、そろそろよろしいでしょうか?」

「もうそんな時間なの?」


 クレイシュが朝礼に行ってイゼットを紹介しなければと言う。

 王女との対面は終了となった。


 廊下を歩きながら、向かった先は謁見の間。王宮を訪問した客人が王族に会う場である。


「新人さんが来た時は、いつもここで朝礼を行うんだ」


 それには意味がある。王女と騎士との間の誓いの儀式をするためであった。

 出入り口に配置された騎士は隊長であるクレイシュに敬礼をしてから、謁見の間の扉を開く。


 ずらりと並んで騎士たちの脇を通り、申し送りをしていた副官を労うようにクレイシュは片手を挙げた。


「おはよう」


 隊長が挨拶をすれば、部下は敬礼をして返す。


「待望の新人を連れて来た」


 クレイシュは背後で待機の姿勢を取るイゼットをちらりと見てから、微笑みかけた。


「彼が、イゼット・イェシルメン」


 名前を聞いて、騎士たちの目は驚きで見開かれた。

 何故、イェシルメン公爵家を名乗っているのかと、周囲は騒然とする。


「ぜひとも、仲良くして欲しい」


 クレイシュは空気を読まずに紹介を続けた。


「続いて、殿下との契約を」


 言いかけた時、偶然にも奥に合った扉が開かれた。

 大勢の侍女などを引き連れて現れたのはアイシェ王女。

 肩には儀式用の白い毛皮に縁取られた青く豪華なマントを纏っている。


「シイル、あれを」


 王女は傍に居た侍女に命じる。

 銀色の盆に載って来たのは白い剣、聖剣・アイタジュ。

 王女は手に取って、鞘から刃を抜く。


「イゼット・イェシルメン、騎士の誓いを」


 王族に仕える騎士との間で交わされる儀式が行われる。


 イゼットは王女の前で膝をつき、約束の言葉を口にした。


 ――主人たる王女へ捧げるは己の身。

 危機が訪れたら疾風の如く参上し、害するもの全てを屠る。

 裏切りや欺くことなど以ての外。

 王女を守る盾となり、剣となることを誓う。


 アイシェ王女は剣でイゼットの肩を叩く。


 これで確固たる契約は交わされた。


 ◇◇◇


 イゼットの身は副官補佐に任された。


「……」

「……」


 副官補佐の個人部屋に通され、互いに睨み合う。


「お前は、私の名を、覚えているか?」

「ジェラール・アイドアン」

「よ、呼び捨てにするな!!」


 そんなことを言いながらも、イゼットが名前を覚えていたのでホッとするジェラール。

 イゼットの第一審査である技能検査をした彼が、第四王女親衛隊の副官補佐を務めていた。

 親衛隊の副官は夜勤勤務を主とする。

 なので、日中は補佐が副官代わりを務めるのだ。


 ジェラールはこれからイゼットを教育していかなければならない。


「わかっているとは思うが、ここでは、私が上官でお前は部下だ。今までのような生意気な態度は許さない」


 高圧的な態度に出ながらも、ジェラールは悔しい気持ちを押し殺す。


 まずは、イゼットが尊敬してやまないアイバク・イェシルメンの義息になっていたこと。

 もう一つは、公爵家に伝わる聖剣を渡されたこと。


 それらの事実が、ジェラールの冷静さをみるみるうちに削いでいく。


 幸い、ジェラールが一目惚れをした女性が妻だという事実はまだ知らない。


 王族と騎士の間で交わされる儀式の中で剣が贈られることは慣例であったが、聖剣が贈られたというのは前代未聞であった。


 だが、彼が公爵家の娘と結婚をしたというのであれば不思議でもなんでもない。


 更に、イゼットが次代の公爵であることも周知されることにもなる。


 ジェラールは頭の中を整理した。


 イゼットを取り巻く環境などどうでもいいこと。

 ここでは王女に忠誠を捧げ、日々切磋琢磨をするだけ。


 いけ好かない男ではあるが、部下である以上平等な態度で接しなければならない。


「まあ、いい。なにかわからないことがあれば私に聞け」

「ありがとうございます」


 感情の籠っていないお礼を言われて、ジェラールは苛立ちを募らせる。


 ――なんか、腹が立つ!!


 ジェラールは己の感情を押し隠し、口の端を歪めながら下がるように命じた。


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