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五十六話

 試験終了後、向かったのはチチウとハハウが待つ王宮にあるいつもの部屋。

 面談が終わったら来るように言われていたのだ。


 扉を開けば、長椅子に仲良く並んで座る仮面夫婦と目が合った。


「おかえりなさい。疲れたでしょう?」

「最後まで、よくぞ頑張った!」


 ハハウ手ずから、お茶とお菓子が振る舞われる。


 面談の手ごたえについては聞かれなかった。

 関係のない話ばかり盛り上がってしまう。


「ハハウよ、そろそろ」

「え、ええ。そうね」


 イゼットも疲れているだろうから、家に帰さなければならないとチチウは言った。


「最後に、一つだけ、いいかしら?」

「?」


 ハハウは言いにくい話題だからか、歯切れの悪い物言いをする。


「あなたは、ある女性の為に、出世をしたいと、言っていたわね?」


 問われた質問に深く頷くイゼット。


「それで、その、その娘のことは、生涯、大切に、してくれるのかしら?」

「そのつもりだ」


 今度ははっきりと言葉にする。


「だ、だったら、あの、わたくしが言うのもおかしな話だけれど」


 その子のことをよろしくお願いします、とハハウは頭を下げた。


「それから、後日、あなたに謝りたい人が居るんだけれど、会ってくれるかしら?」

「……予定が合えば、いつでも」


 今となっては謝罪など不要に思っていたが、相手の気がすまないのだろうと思ってやんわりと承諾する。


「良かった、ありがとう。――本当に、良かったわ」

「我からも、礼を……」


 なぜか、ハハウと一緒にチチウまでお礼を言う。

 二人して感極まった様子で居た。


 ◇◇◇


 親衛隊員決定の為に面接官をする国王に、仮面を被っただけで変装しているつもりの公爵夫婦。

 王族は変わっている人が多いと思いながら、イゼットは執務室に帰る。


 今日は休日なので中には誰も居ないと思っていた。だが、なぜか私服姿のアイセルが長椅子に座ってイゼットの帰りを待っていた。


「おかえりなさい」


 迎えの言葉には会釈を返す。

 どうしてここに居るのかと聞けば、暇だったからと言っていた。


「面談はどうだったか?」

「……さあ?」


 なげやりにも聞こえる一言に、アイセルは眉間に皺を寄せる。


「また、やる気がないとか思っただろ?」

「まあな」

「だが、今回ばかりは本気で分からなかったんだ」


 なんせ、面接官は国王陛下だったからと告げる。


「お、伯父上が、か?」

「ああ」

「一体、誰の親衛隊員の選別をしていたのか」

「それも分からない」


 結果は後日、とだけ言い渡されたので、真実は国王のみぞ知る。

 考えても仕方がないことだったので、次の話題に移した。


「それはそうと、空腹ではないか?」


 アイセルはお弁当を作って来たと言う。

 時刻はお昼前。ちょうどいい時間帯であった。


「今日は、父君よりセネル副官の好物を聞いて献立を考えた」


 三段になった弁当箱からは、色取り取りに詰まった料理の数々が見える。

 野菜と炙った肉が挟んであるパンに、白身魚の照り焼き、野菜に肉を巻いた香草焼きに、花の形に切った腸詰め、甘辛く煮込んだ根菜、ふんわりと巻いた卵焼き。


「どうだ?」

「全部好きなものだな」

「それは良かった。帰ったら父君に感謝せねばな」


 イゼットの父は長年机の下を中心に張り付いて様々なものを観察していたので、家族の情報は何でも知っていた。


「これだけの料理、大変だっただろう?」

「大したことではない」


 アイセルの労いの気持ちが籠った食事を戴く。


 ふと、イゼットの母親が言っていたことを思い出した。

 料理には、作った人の思いが込められていると。

 毎日焼いているパンだって、客に喜んで貰う為に作っている。

 家族のための料理も同様。

 料理は面倒で、時間が掛かる。

 けれど、食べてくれる人が笑顔になってくれたら、苦労も吹き飛ぶものだと。


「美味かった」


 感想を述べれば、アイセルはにっこりと笑う。


「この後どこかに行くか?」

「いや、ここでゆっくり過ごしたい」


 アイセルはイゼットの近くに寄って、隣に座った。


「すまない。家に親父が居るせいで、落ち着かなくて」

「いや、そういう意味ではない。やっぱり居候の身としては、こういうことも許されないような気がして」


 そんな風に言いながら、アイセルはイゼットに身を寄せる。


「ここは職場だがな」

「休日だ。勤務中にくっ付いている訳ではないだろう」


 本当に釣れない奴だとアイセルは不満を漏らした。


「だったら――」


 一度言葉を切ってアイセルを見下ろす。

 青い目を見開きながらイゼットの言葉を待った。

 その表情は期待というよりは、絶望に近い。

 なにが頭の中によぎっているのか気になったが、先に言おうとしていたことを伝える。


「家でも買うか」

「え!?」


 まだなにも成し遂げていなかったが、アイセルを不安にさせたまま放っておくのも可哀想だと思って提案する。


 イゼットの野望も遠征部隊に入隊出来なかったことによって頓挫してしまった。

 それに、貴族だとか平民だとか、色々気にするのも馬鹿らしいと考える所もあった。 


 幸いなことに一番の問題であったヒュリムの態度も軟化している。

 アイディンの協力でもあったらどうにかなるのではないかと、そんな風に思っていた。


「あの、家って、私は?」

「一緒に住むに決まっているだろう」


 今までのイゼットの家に下宿こととは違い、二人で暮らすとなったら関係性もはっきりとしなければならない。


 イゼットは、心の中に秘めていたことを口にする。


「結婚しよう」

「!」


 信じられないと、アイセルは呟いた。

 イゼットは立ち上がり、鍵の掛った引き出しから一枚の紙を持ってくる。


「――これは?」

「契約書だ」


 契約の記録を紙面に取って残しておくことが好きなのだろうと言って、婚姻届を差し出した。


「いつ、用意した?」

「試験を受ける前。合格したら渡そうと思っていた」

「何故、合否を聞く前に、言った?」

「それは――」


 イゼットは告白する。

 アイセルのことは毎日弁当を交換している間に好きになったと。

 そして、今日、作ってくれた弁当を食べながら、改めて結婚したいと思ったと。


「だ、だが、公爵家の料理人の考えた品目や選りすぐった食材が美味しかっただけなのでは?」

「それは違う」


 胃袋を掴まれた訳では無いとはっきり否定する。

 アイセルの、毎日イゼットを思って弁当を作って来る健気な様子に心が惹かれたのだと、分かりやすいように伝えた。


「本当に?」

「嘘は言わない」

「……だったら、嬉しい」


 アイセルはイゼットの腕に手を絡めていたが、頬も寄せてさら密着する状態になる。


「とりあえず、兄貴に報告をしないとな」

「確かに。兄上の助けがあれば心強い」


 執務室の窓の外に居たアイディンの使い魔の鳥を捕まえて、暇な日があったら話をしたいという手紙を届けるようにお願いした。


 アイディンからの返事はすぐに帰って来る。


「今日は暇だからいつでもいいと」

「兄上は休みだったみたいだな。だったらここに呼び出すか?」

「いや、それは気の毒なような」


 場所を街の喫茶店に指定して、会うことになった。


 ◇◇◇


「あ、そうだったの?」


 紅茶を啜った後に、イゼットとアイセルの結婚報告について軽く流すアイディン。驚いた様子は欠片も無かった。


 即座に、アイセルは疑う。


「兄上」

「はい?」

「もしや、使い魔を通じて見て、聞いていたのではないな?」

「い、いや~、どうだったかな?」

「兄上!」

「……すみません、覗いていました」


 アイセルは覗きをしないと約束していたのに破ってしまった兄をジロリと睨んだ。


「だって、今日暇だったし、地味に試験がどうだったか気になってたし、まさかアイセルさんまで部屋に居るとは思っていなくて。それに、今回の出世祭りは、私だけ仲間外れ状態で寂しくて……」

「お前は人事部に出す紹介状の改ざんとかで暗躍していただろう」

「あ、そうだったね。すっかり忘れていた」


 その件について、アイセルはどうして親衛隊に希望を変えたのか聞き出した。


「アイセルさん。遠征部隊の騎士が一年にどれだけ亡くなっているか、知っている?」

「え?」


 アイディンはイゼットの方を見て、知っているかと問い掛けた。


「平均して十から二十といった所か」

「そうだね」


 中型から大型の魔物と戦う時は命の危機に晒される確率も大きく跳ね上がる。

 故に、遠征部隊の騎士達は危険手当も付与されるので、どの部隊の者達よりも待遇がいいのだ。


「私はアイセルさんを悲しませたくなかった。だから、希望を親衛隊に書き換えた」

「そう、だったのか」


 遠征部隊の実態をよく知らずに、アイセルは移動を許可したことになる。

 なんて恐ろしいことをしたのだと、肩を震わせていた。


「兄上」

「ん?」

「感謝します。イゼットさんを、守ってくれて」

「妹の幸せを願うことは、兄として当然だから」


 アイセルは、今この瞬間に、結婚報告が出来ることを奇跡のように思っていた。

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