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五十五話

 三次の面接は一ヶ月後にある。

 付け焼刃の知識で合格なんかするわけないと思っていたが、アイセルの両親の申し出を無下にすることもできなかった。


「一つ、いいかしら?」


 ハハウはイゼットに質問をする。


 あなたは、どうして出世を望んでいるのかと?


「……ある、女性のために」


 その女性は婚約者かと聞かれる。

 イゼットはそういう約束はしていないが、いずれそうなればいいと答えた。


「話の、詳細を聞かせて頂けるかしら?」


 イゼットは、それは出来ないときっぱり断った。


 そもそも、既にイゼットの野望は達成出来ないものとなっていた。


 イゼットの分不相応に思い描いていた望みとは、貴族になること。

 そのために、遠征部隊への入隊はどうしても必要だった。


 遠征部隊ではごくまれに爵位を得る者がいる。


 ――竜騎爵。


 大型魔物を三体討伐した者に贈られるものである。


 イゼットは爵位を得てから、アイセルに結婚を申し込もうと思っていた。

 さらに、彼女の両親にも許しを乞いたいと望んでいた。


 可能ならば、アイセルとヒュリムの関係を修復させたいとも。


 竜騎爵は貴族の中でも下位の存在で、一代限りの爵位でもある。

 公爵家の娘であるアイセルとつり合いが取れる身分でもなかったが、イゼットが可能とする精一杯の成り上がりでもあった。


 しかしながら、頭の中にあった計画も、アイディンのお陰でついえてしまうことになった。


 基本的に騎士団での移動願は歓迎されていない。

 人員構成については全て人事部が握っており、戦力の均衡が崩れないような部隊編成がなされているからだ。

 よって、こういった試験を受ける機会は騎士一人につき一度まで。

 親衛隊への入隊希望が受理された時に、遠征部隊への希望入隊は叶わない状況となっていた。

 故に、結果を聞く時もどこかなげやりな態度になっていたというわけである。


 仮に不合格だった場合は、開き直ってすぐにアイセルに結婚を申し込み、小さな家でも買おうかと考えていた。

 いつまでも実家のパン屋に居る訳にもいかない。

 それに、何かきっかけがないと父親の決心がつかないとも思っていた。


 貴族になることが叶わないと分かった今、それを語ることは仕様もないことのようにイゼットは決めつけていた。


 ハハウはイゼットの反抗的な態度にムッとする。


「あなたね!」

「待たれよ! 待たれよ! ハハウよ、荒ぶるでない!」


 険悪な雰囲気になりそうだったので、焦ったチチウが間に割って入る。


「だって、この子、正直にお話をしないから!」

「彼は、我が認めた男! 口下手なだけよ!」

「そうかしら? ねえ、見て、あの他人を嘲り笑うような目付きを」

「否! あれは普段からあのような目をしておる!」


 今回、礼儀作法を教えたいと言いだしたのはヒュリムで、自らの勘違いによる罪悪心をなんとかしたいというので、このような形が取られた。


 行動を起こす動機となった理由は、数ヵ月前のアイセルの家でまで遡る。


 アイセルが家を出た後、心配したヒュリムはすぐに調査員を放った。


 翌日に判明したことは、彼女の娘はイゼット・セネルが預かり、下町の物置小屋のような狭い場所での生活を強いていた、ということ。


 ヒュリムは娘を人質にして、身代金でも要求して来るつもりなのだと決めつけていた。

 即座に救出を申し出たが、アイディンに妨害されてしまう。


 ヒュリムに出来ることは、イゼットからの連絡を待つだけ。

 だが、何日、何週間と経ってもその様子はない。


 日々、届けられる報告は、イゼットとアイセルが仲睦まじい様子を見せていたということだった。

 さらに、イゼットの母親や家族とも良好な関係を築き、庶民生活にも馴染む姿も目撃されていた。


 ヒュリムはもう二度とアイセルが公爵家に戻って来ないのではと絶望する。


 それから家で寝込む毎日を送っていたが、アイディンに叱咤されて悪いのは全て自分自身だと理解することになる。


 ――アイセルのことは諦めよう。娘は、イゼットが大切にしてくれている。


 そう言い聞かせながら元の生活へと戻っていたが、いつか手放すかもしれないと考えていた娘とは違い、イゼットへの罪悪感だけは拭えなかった。


 それを夫に相談すれば、イゼットが親衛隊の入隊試験を受けるという話があったので、礼儀作法を教えて罪滅ぼしをしようと考えていたのだ。


「昨晩行った穏便な指導をするという約束を、よもや忘れたと言うのではないな!?」

「……」


 自分の犯した罪を思い出したヒュリムは、口を閉ざす。

 先に相手を勘違いで拒絶したのは自分だ。イゼットの反応も不思議ではない。


 ヒュリムは気持ちを入れ替えて、生徒と向き合う。


「……まあ、いいわ。とにかく、あなたの一挙一動について、指摘させて頂きます」


 この日から、試験日前日まで毎晩の如く礼儀作法を習う日々がやって来る。

 イゼットは、厳しい指導にもなんとか耐えて当日を迎えることになった。


 ◇◇◇


 第三審査・面接日。

 朝からアイセルはイゼットの身支度を整える作業を手伝った。

 纏う制服は以前作った正装である。


「整髪剤はどこだ!?」

「三番目の引き出しの中だが……」


 取り出して蓋を開けようとしていたので、手が汚れるからと止めるイゼット。

 その言葉を無視したアイセルは、イゼットの前髪を後ろに撫でつけた。


 ――なんだか今日は男前だな。息子よ。


「……うるせえよ」


 洗面所での騒ぎに父親も参加していた。

 桶の中に魔法陣を移し、くるくると回りながら様子を眺めている。


 アイセルは仕上げに制服にブラシを掛けて、前後左右とホコリが付着していないかを確認する。


 ――塵一つないぞ!


 満足気に頷くアイセルと桶。


 イゼットは時計を確認してから、無言で洗面所から出て行く。


 試験会場となるのは王城の一角にある部屋。

 休憩所には三人の騎士が待機していた。


 皆、表情は真剣そのもので、慣れ合うつもりはないからか、イゼットが部屋に入っても誰一人としてちらりと一瞥することすらしなかった。


 しばらく待機をしていれば、人事担当が面接の説明をしに来る。


「通常、面接官は配属となる親衛隊の隊長と副官が同席していましたが、今回はそれ以外に王族の方が直々にいらっしゃっています。粗相のないように、気を引き締めて下さい」


 王族が来ていると聞いた瞬間に部屋の中の雰囲気はぴりっとしたような、緊張感で溢れるものとなっていた。


 一人、成るようにしかならないと思っていたイゼットは平常心のまま、面接を迎えることになる。


 発表された順番は最後だった。

 イゼットはヒュリムから習った模範的な解答を頭の中で繰り返しながら、時間を過ごす。

 面接を終えた騎士達は、続々と待機部屋に帰って来た。


 皆、揃って顔面蒼白となり、頭を抱えていた。

 一体どのような厳しい面接を受けたのかと、イゼットは疑問に思う。


 数分と経たずに名前を呼ばれた。

 その頃になれば、待機部屋はすっかり暗い空気が満ち溢れている状態になっていた。


 一体どういう内容の質問が飛び交っていたのか。首を捻りながら指定された部屋に行く。


 まずは部屋の扉を軽く二回叩いた。


「――入られよ」

「……」


 どこかで聞き覚えのある声だと思ったが、微妙に違うような感じがしたので、気のせいだと首を横に振る。


 部屋の中へと入り、所属名と氏名を述べた。


「第八騎兵・王都警備隊所属、イゼット・セネル」

「座られよ」

「……」


 一礼をしてから着席。


 この時になって初めて面接官と向かい合う形となった。


「我を、存じておるか?」


 コクリを頷く。


 ――国王陛下・アイヴェール・ユフス・メネメンジオウル。


 国王のかんばせは、騎士なら誰もが知っている。


 騎士たちが具合を悪そうにして帰って来たわけをイゼットは知ることになった。

 面接を受けた騎士だけでなく、試験官である親衛隊の隊長も白目を剥いているように見えた。少しだけ気の毒に思う。


 さすがは国王と言うべきか。

 溢れんばかりの威厳と、高貴な雰囲気。意志の強い眼差しは身を焼かれるような熱を思わせる。


 チチウやアイディン同様に、体付きもがっしりしていた。

 王族はそういう血筋なのだろうと考える。


「――質問は、皆の衆に同じものを一つだけ行った。イゼット・セネルにも、同様のものをぶつける」


 国王の口から発せられた言葉は、至極単純なものであった。


 ――昨日、夕食に何を食べた? と。


 突然砕けた言葉遣いになったので、眉を潜めてしまったが、面接で何も言えなくなるのが一番良くないとヒュリムに言われたことを思い出し、昨晩の品目を言った。


「パンと、燻製肉のスープ、チーズに果物を少々」

「なるほど。左様であったか」

「……」


 面接は以上だと言われ、イゼットは頭を軽く下げてから部屋を辞した。


 待機をする部屋に戻れば、結果発表は後日だということだけ告げられる。


 よく分からないまま、試験は終了となった。


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