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五十三話

 移動願を提出してから数日後。人事部より呼び出しが掛かる。


 話の内容として、書類は問題なく受理されたこと、入隊試験の日程、合否発表日についてなどが言い渡される。


「親衛隊への入隊は騎士団において最大の難関とされていますが、まあ、イェシルメン公爵家の支援があれば問題ないと思いますよ」

「……親衛隊?」

「ええ。紹介状に配属は親衛隊にして欲しいと書かれていました。セネル隊員の提出した書類には遠征部隊と書かれていましたが、紹介状の希望を優先しています」

「……」


 アイディンはとんでもない書き間違いをしてくれた。

 否。

 絶対にわざとだとイゼットは即座に思う。


 入隊試験は一ヶ月後。

 嵌められたと恨みがましく思いながら、自らの部隊の騎士舎へ戻る事となった。


「どうだった?」

「書類は問題なかった。ただ、配属希望が親衛隊に変更されていた」

「なんだと!? ま、まさか、兄上が勝手に!?」

「……」


 王城を守護する王国近衛師団ならまだしも、王族に直接仕える親衛隊への入隊は最難関とされている。

 親衛隊だけは他の部隊と異なり、家柄を重視する。当然ながら実力もなければならない。

 他にも容姿や礼儀、筆記試験に面談と入隊が認められるまで様々な要素や課題を通過しなければならない。


「まあ、無理だろ」

「だが、公爵家の後押しがあるから分からない。それにしても、兄はどうしてこんなことを……」


 単純に考えて、全てはアイセルの為だということはイゼットにも分かっていた。

 遠征部隊は王都に居ない日の方が多い。休みも少ないので会える日も限られてしまう。

 だが、親衛隊ならば夜勤はあれど遠くへ出張する事は稀である。使える王族が若かったら尚更のこと王都での勤務が多い。


「しかし、まだ諦めるのは早い」

「……」


 アイセルは棚の中から兵站書を取り出し、イゼットの机の上にドン! と置いた。


「親衛隊の入隊試験は私も経験している。対策などを教えてやろう」

「それは、ありがたい、お話で」


 それから一か月、イゼットは座学と剣術の訓練に励む事となった。


 ◇◇◇


 試験当日。

 待合室に行けば、三十人程の騎士達が集まっていた。

 周囲を見渡せば、遠征部隊所属の隊章をつけている者が大半であった。

 他にも精鋭部隊から集まった者達が待機している。

 騎士隊でも数の多い警備隊から来ている者はざっと見ただけではあったがイゼットしか居なかった。


 最初の試験は戦闘技能を調べる。実力主義の騎士団に相応しい課題と言える。


 一次試験、戦闘技能適合調査で剣を交える相手は現役の親衛隊員だと発表された。

 前方に貼り出された紙にはイゼットは十番目に受ける旨が書かれている。

 一番目の者は既に呼ばれて出て行った。


 待機をする間、少しでも筋肉を解そうと体を軽く動かす。


「あの、ちょっといいですか?」

「なんだ?」


 膝の曲げ伸ばしをしていたイゼットに、十代半ばと思わしき若い騎士が声を掛けて来る。


「なんか、イェシルメン公爵家の後ろ盾を持つ騎士が居るって聞いたのですが、ご存じでしょうか?」

「……」


 人事部は一体どういう情報の管理をしているのかとイゼットは思う。

 本当のことを答える程正直者ではなかったので、知らないと言った。


「そうでしたか。あ、すみません、呼ばれたので行きますね」

「……」


 色々と発言や振る舞いに気をつけないと大変な事になりそうだ。そんな事を、周囲を見ながら考える。


 皆、親衛隊に入隊する為にギラギラと目を輝かせていた。


 適当に時間を潰しているうちに順番がやって来た。

 チチウから贈られた聖剣と使い慣れた片手剣を腰のベルトに挿し、試験会場となる闘技広場へと移動した。


「十番、第八騎兵・王都警護小隊所属、イゼット・セネル」

「……」


 広場への出入り口に居た騎士がイゼットの所属と名前を仰々しく読み上げた。

 大袈裟な扱いだと思いながらも、先へと進む。


 中心では二十代半ば位に見える騎士が立っていた。親衛隊員らしく、大変見目麗しい男だった。

 ただ、軽薄な雰囲気が唯一の残念な所と言うべきか。


 親衛隊の騎士に手招きされたので、近づく。


「どうもはじめまして。緊張をしていると思うが――あれ、君ってあの時の!?」

「?」


 相手はイゼットに見覚えがあるようだったが、一方のイゼットには見覚えがない。


「どこかで会ったか?」

「この私を、覚えていないだと!?」

「全く」

「お、お前は、なんて奴なんだ!」

「は?」

「普通、親衛隊を見掛ければ、尊敬の意を持って記憶に刻んでおくものだろう!」


 訳の分からない事をいう男だと思いながら、騎士を見るイゼット。


「その、反抗的な目はなんだ!」

「いや、元からこういう眼付きだし」

「この……!!」


 育ちがいいからか罵声の類もすぐには出てこないのだろうなと、気の毒に思った。


「あの、お嬢さん……、可憐な少女も、騙していたのではないな!?」

「可憐な少女?」

「そうだ。あの時私から連れ去るように奪っただろう!!」

「……」


 ちらりと男の隊章を見て思い出す。

 以前アイセルと草原に出かける前に、声を掛けていた騎士の存在があったことを。


「ああ、そういえば」

「やっと思い出したか!」

「それはそうと、騎士サマはお幾つで?」

「なんだ? 私は二十五だが」


 騎士自身も可憐な少女ことアイセルより年下だったので、イゼットは思わず笑ってしまった。


「何故、笑った!?」

「別に」

「理由を言え!」


 その言葉を最後に、説明時間終わりという指示が掛った。

 説明時間ってなんだったのかとイゼットは思ったが、目の前の騎士に聞くのも癪だったので、そのまま挑む。



 親衛隊の騎士はすらりと剣を引き抜き、切先をイゼットに向けた。


「ジェラール・アイドアンだ」

「どうも」

「どうもではない! お前も名乗れ!」

「いや、さっき名前呼ばれてたし」

「これは礼儀だ!」


 渋々名前を名乗るイゼット。

 声が小さいと怒られてしまった。


 ◇◇◇


 そんな会話をしているうちに戦闘開始を知らせる鐘が鳴った。


 イゼットは柄に手を添えたまま、地面を蹴って前進する。


「お前は、剣も抜かずになんてことを!」


 ジェラールはイゼットの戦闘姿勢を笑いながら剣を横に振り、脇腹に狙いを付けた。


 剣が相手の脇腹に届く寸前で、素早く抜刀させたイゼットの剣が攻撃を阻み、一撃を与える。


 ジェラールは剣を引き、勘で攻撃を受け止めた。


 剣と剣が触れ合ったのは一瞬のうち。

 ジェラールは力任せに振った二撃目で剣を弾け飛ばす。


「――なんだ、今の剣術は!?」


 イゼットが手にしていたのは細身の片手剣。

 それは今、宙をくるくると舞っている。


 腰に二本剣を佩いていたので双剣士かと思っていたが、そうではなかった。

 あのように剣を素早く抜くと同時に斬りつける技を見た事が無かったジェラールは疑問を口にするが、当然ながら答えは返ってこない。


 飛ばされた片手剣など気にも留めずに、イゼットは二本目の剣を抜く。


 片手剣での一撃は軽いものだったが、両手剣で振り下ろされる攻撃の数々は重たいものだった。


 ジェラールの額に汗が伝う。


「――そんな訳は、ない!」


 脳内に浮かんだ可能性を、大声で否定した。


「!」


 先ほど剣を受け流したばかりだったのに、イゼットの剣は眼前に迫っていた。

 今更剣を振り上げても遅い。


 最後は黒髪の騎士を睨み付けることしか出来なかった。

 鋭い剣撃が来る事を覚悟していたが、その瞬間に試験終了の鐘が鳴り響く。


「両者、そこまで!」


 イゼットの振り下ろした剣はジェラールに届く寸前で止められている。

 ぴたりと微動だにしない剣は、すぐに鞘に収められていた。


「おい、お前は」

「ありがとうございました」


 イゼットは深く頭を下げてから、出入り口へと向かって歩く。


 府に落ちないジェラールは、悔しい気持ちを押さえながら試験会場を後にした。

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