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五十二話

 アイセルから得た魔力のお陰で日々元気を取り戻しつつあるイゼットの父であったが、母親が台所へやって来るとどうしてか大人しくなってしまうのである。


「なんで俺にはべらべら話し掛けて来るのに、母さんが来たら黙り込むんだよ」


 ――息子よ。お前は異性に対する羞恥心など知らぬのだろうな。


「……」


 子供まで作っておいて何を言っているんだこの淫魔はと思ったが、そのまま無視して出勤した。


 騎士隊の駐屯地に辿り着けばチチウと訓練をこなし、剣術についておにぎりを食べながら語らい合う。


 始業開始の鐘が鳴る前に執務室に行き、アイセルから一日の予定についての話を聞いた。


「少し話がある」

「ん?」


 イゼットからの申し出にアイセルは顔を顰めた。職場でこういう話をする時は、決まって悪いことの方が多い。


 書類に視線を落したままの状態で、話してみろと言った。


「隊の移動を考えている」

「なんだと!?」


 イゼットはずっと考えていた事をアイセルに話して聞かせた。


「配属希望は遠征部隊に……」


 遠征部隊とは王都より離れた地域に赴き、魔物の討伐を行う部隊とされている。

 討伐対象は中型から大型の魔物。

 騎士団の中で給料も高い上に功績が認められやすく、野心のある騎士は配属を希望する者が多い。


「どうしてそのようなことを?」

「騎士隊で出世したいから」

「必要ない」


 アイセルの言葉に対し、イゼットは反対するのなら止めると言った。


「これも無駄になるが」


 机の上に出されたのは人事部に提出する紹介状。

 アイセルは封筒の中に入ったそれを手に取り、裏の署名を見て瞠目する。


「兄上が、書いたのか?」

「ああ。脅して無理矢理書かせた」

「……」


 遠征部隊は長期任務が多く、辺境の村に飛ばされる場合もあったが、色んな意味での待遇は一番良い。その為毎年志願者が殺到して、入隊は難しいとも言われている。


 だが、貴族からの紹介状があった場合は別だった。


「この部隊に居ろと言うのであれば、これは処分する」

「……」


 そんな風に言われたら、反対など出来なくなってしまう。

 アイセルの我儘で出世も望めない部隊に閉じ込めておくのは勿体ない事だと分かっていた。


「……帰りまでには、答えを出そう」

「分かった」


 イゼットに傍に居て欲しいという気持ちが大半を占めていた。

 だが、それを素直に口にする事は許されない。


 だらだらと答えを先伸ばすような事でもないので、判断は早期に出さなければと自らに言い聞かせた。


 終業後には魔剣と聖剣が魔術研究局より届けられる。


「こちらは世界の端から端まで離れていても魔力の転送及び受信を可能とします」


 アイディンの代わりにやって来た局員は使用上の説明をしてくれた。


「魔剣の力はご存知ですよね?」

「いや、実はあまり知らない。昔兄が何か説明をしていた気がしたが、忘れた」

「左様でございましたか。セネル様は聖剣については?」

「聞いていない」

「では、説明をさせて頂きますね」


 魔剣・ディラン。

 王国の地下の奥深くに封じられた邪悪なる魔力を秘めた剣。

 一振りすれば使用者の魔力を吸い尽くし、偉大なる悪の力を発揮する。

 『邪悪なる者』が使用すれば自身の能力が全体的に急上昇。

 『暗黒竜』の無条件使役召喚を可能。

 『暗黒騎兵軍団』の指揮時に、悪意に満ちた感情を巡らせる『暗雲』を展開出来る。


「という感じです」

「なるほど」

「一方の聖剣ですが」


 聖剣・アイタジュ

 公爵家の家宝として祭られていた祝福の力を秘めた剣。

 一振りすれば使用者に聖なる力をもたらして、周囲に加護の力を発揮する。

 『聖なる者』が使用すれば周囲の能力が急上昇。

 『大聖霊・バハグギュール』と契約を結ぶことを可能。

 『聖王国騎兵団』の指揮時に、全体の士気を上昇させる『聖天』を展開出来る。


「以上が各々の剣の能力です」


 王族は必ず『聖なる者』の属性を持って生まれる。故に、アイセルは魔剣の力を最大発揮出来ない。魔剣も不適合者が所有をすれば、大量の魔力を貪る。


「局長がこの魔剣をお使いになるという決定を下したのは大英断でした」


 前例がないのでどういう風に作用するかも分からない。

 当然周囲は反対をしたが、アイディンは妹の為に意見を押し切って計画を進めた。結果、魔剣の制御に成功させ、アイセルの負担も軽減された。


「本当に、素晴らしいお方です」


 局員の話を聞いて、いつも雑な扱いをして申し訳ないと思うイゼットとアイセル。

 今度会った時は優しくしようと心に決める。


「あとセネル様の聖剣ですが、残念ながらほとんどの能力は使えません」

「だろうな」


 悪魔であるイゼットの属性は『邪悪なる者』。

 聖剣は基本的に使用者に害をもたらす事は無いが、代わりに不適合者が使用すればなまくらな剣となる。


 持った感じは普通の剣と変わらない。

 しかしながら、柄を握っただけで実感する。体に魔力が満ち溢れて行く様子が。


「これは、凄い」

「本当に。兄上は素晴らしい物を作り出してくれた」

「ええ。局長の、長年の研究が実を結んだ結果です」


 加えてイゼットには聖剣を別の剣に見えるように擬態させる能力のある指輪が贈られた。


「これを効き手では無い手の中指に装着させて下さい」

「分かった」


 魔道具についての説明も軽く行ってから、魔術研究局の局員は帰る。


 魔剣と聖剣は両人に劇的な変化を与えた。


 アイセルは自身を苦しめる頭痛や倦怠感などが消え、イゼットは多大な活力を得る。


「セネル副官には、何とお礼を言っていいものか」

「これはこちらの台詞だろう?」


 離れているのに相手の力で体が楽になり、一方は満たされる。


 アイセルは瞼を閉じてから、魔剣の柄に触れた。

 じんわりと、体中が癒されるような気がして、何かが込み上げて来る。


 目を開き、目の前に居たイゼットの顔を見上げた。

 そして、今し方、固めた決心を口にする。


「もう、私は大丈夫だ」

「?」

「だから、セネル副官よ。私はあなたの門出を祝福するとしよう」


 アイセルは手を差し出た。

 イゼットは目を瞬かせながら、目の前に出された手を見下ろす。


「……これは、握手をした方がいいのか?」

「どうして黙って握り返さないんだ!」


 首を傾げてしらばっくれるイゼットの手を掴み、ぶんぶんと振ってからアイセルは「話は以上、解散!」と言って執務室から出て行く。


 イゼットはその後ろ姿を笑いながら追う事になった。


 ◇◇◇


 ずんずんと大股で夜道を進むアイセル。

 イゼットは少し離れて位置でのんびり歩いている。


 一緒に帰ろうと並べば威嚇をする猫のような様子を見せるので、イゼットは付かず離れずの距離で続く事になった。


「アイセル、どっかで何か食べてから帰るか?」

「騎士服だったら店で目立つだろう?」

「別に、目立ってもいい」

「それは、困る!」

「どうして?」

「セネル副官は、隊員達にからかわれるのが、嫌なのだろう?」

「もう、いいんじゃないか? バレても」

「部隊を、移動するからか?」


 歩みを止めて背後を振り返った瞬間に、イゼットはアイセルの手首を掴んで薄暗い路地に連れ込んだ。


「――なっ、何をする!」

「だって、家に帰っても親父が聞いているだろう?」

「……」


 基本的に食卓の裏に居るイゼットの父だったが、寂しさを覚えたら息子の部屋に行ってお喋りをしていた。どこでも移動が可能で、神出鬼没な存在となっていたのだ。


 父親の事が発覚して以来、イゼットは家でアイセルに特別な態度で接したり、触れたりといった恋人らしい行動を控えていた。


 なので、誰も居ない路地裏で話し合うしかなかった。


「どうすれば機嫌が直る?」

「……」


 家と家が並ぶ狭い通路の中、密着する形で向かい合いながらイゼットは訊ねる。


 上司としてのアイセルは、素直にイゼットの新しい挑戦を応援したかった。

 一方で、アイセル個人としてはイゼットに傍に居て欲しいという気持ちもある。だが、それは職場に持ち込んではいけない感情であった。


「別に、機嫌は悪く、ない。私は普段から、こういう態度だ」

「いつもはこうやって近づけば大人しくなるのに?」

「それは!」


 イゼットの腕は腰に回っており、見下ろす顔も近かった。

 アイセルは従順な態度を取らずに顔を逸らして抗議ばかり言っている。


「だって、突然移動なんか言い出すから」

「ずっと言えなかった」

「どうして!?」


 イゼットはアイセルの体を抱き寄せる。

 言葉はなくても、それがどういう意味である事はアイセルにも分かった。


「別の部隊に移動して、イゼットさんを好きになる人が居るかもしれないとか考えたら、辛い」

「誰が好きになるんだよ」

「アイシェは、イゼットさんを気に入っている」

「偶然、周囲の騎士と違う態度を取ったから面白がっているだけだろ」

「違う。夜会の時、二度目の口付けをする時に女の顔をしていた!」

「子供のする事だ」

「イゼットさんは分かっていない!」


 話は平行線だった。

 仕方がないとイゼットは他の女性にうつつを抜かさない事をアイセルに誓う。


「書類を、契約書を用意しろ!」

「またそれか」

「口約束は信用ならない!」


 威勢のいい言葉を吐いた後で、ぎゅっと口を結んだアイセルを見たイゼットは噴き出してしまう。


「また笑った!」

「いや、まあ、すまない」


 この前と同じ契約方法でいいかとアイセルに聞く。


 何のことか分からなかったので、アイセルは首を傾げたが、不意を突くように口付けされた。


「契約完了」

「!?」


 呆気に取られている内に、路地裏から元居た道に戻される。


「なんてことを!」

「まだ契約を重ねる必要があるのか?」


 アイセルはぶんぶんと首を横に振る。


 すっかりおとなしくなったアイセルの手を、イゼットは握る。


 二人は誰も居ない道のりを、黙って歩く事となった。


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