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四十七話

 イゼットは魔術研究局から帰宅をした。


 家族は朝早いので既に眠っている。いつもの事なので気にしていない。

 二階に上がり、夕食を食べる為に台所に行った。

 帰りが遅いと外で何か食べて来たかと思って何も食事が残っていない日もある。今日はどうかと考えながら、欠伸を噛み殺しつつ家の中で唯一灯りが点っている部屋の扉を開いた。


「あ、おかえりなさい」


 食堂も兼ねている台所ではアイセルが待っていた。

 イゼットの姿を確認してから、立ち上がって傍に寄って来る。


「食事は?」

「まだだ」

「そうか」


 食事について聞けば、アイセルは竈の方へ行って魔術を展開させた火の魔石を焚き口へと放り込む。


 鍋の中にはスープがあった。料理用の匙でかき混ぜる。


「悪い」

「いや、私も食事は今からだから」

「帰りが遅かったのか?」

「いや、そういう訳では。兄上の所に行くと言っていたから、きっと食べてこないだろうと思って」


 イゼットの帰りを健気に待っていたのである。

 その話を聞いて、アイディンの食事の誘いを無下に断って来て良かったと思った。


 近づけば普段とは違う種類の良い香りがした。

 服装も騎士服ではなく、薄いワンピースを着ていた。先に風呂に入ったのだろうと聞けば、そうだと答える。


「そういえば、聖剣はどうした?」

「預けて来た」

「!」


 咄嗟に表情を暗くするアイセル。

 朝、お揃いの剣が持てたと喜んでいるのに気付いていたイゼットはそうじゃないと言った。


「どういうことだ?」

「今日、剣の使い方を聞こうと思って兄貴を訪ねたら、聖剣と魔剣が魔力を転送させる魔術の媒介になるって言い出して」

「!」

「それで、術式を掛けて貰う為に預けて来た」

「そ、そうだったのか」


 剣をつき返しに行った訳ではないと分かったので、アイセルは安堵すると同時にある事に気が付いた。


「と、言う事は、私の魔剣も兄上に預けなければならないという訳か」

「まあ、そうだな」


 その点について、アイディンに書かせた手紙があったので、アイセルへと差し出した。

 手紙と言っても不要書類の裏に雑に綴っただけの物である。四角く折りたたんでいたそれを、鍋をかき混ぜながらアイセルは読む。


「……」


 紙面に目を落としたまま動きを止めるアイセル。

 鍋の中がぐらぐらと煮立っていることをイゼットは指摘した。


「あ、わっ!」


 急いで火鋏で魔石を取り出し、水の張った桶の中に入れた。


「大丈夫か?」

「なんとか」


 竈の余熱でパンを温め、夕食の準備は完了となった。

 皿に具沢山のスープを注ぎ、チーズとパンというささやかな夕食を囲む。


「手紙は読んだか?」

「ざっと、目を通した程度だが……」


 思わずイゼットから視線を逸らしてしまうアイセル。

 魔力量調整の為に過剰な接触をしろといきなり言われても困る気持ちは互いによく分かっていた。


 イゼットはアイディンから預かっていた助言を提案する。


「そういう事が嫌なら、他に案がある」

「?」


 イゼットの言う「そういう事」とは口付けをして口腔内の体液から魔力を得るというものだった。


 ちなみに血もその他の分泌物も体から少しでも離れたら魔力は大気中に解けて無くなってしまう。

 

 イゼットの飲んでいた、人の血液から作った薬は他国の特別な技術で作られていた。

 輸入して取り寄せている物なので庶民には手が出せない代物である。


「それで、案とは?」

「まずは……いや、やっぱり馬鹿らしい事だから聞かなかったことにしろ」

「ん?」


 アイディンがニヤけ顔で考えた代替え案は、アイセルがイゼットを抱き枕にして眠るという実にシンプルなものであった。

 口にしようとすれば仕様もない着想だと思って話すのを止めた。それに家族にバレたら大変なので、この案は無いと決める。


「とりあえず、明日は多めに魔剣を使ってから兄上に預けようか」

「無理はするな」

「分かっている」


 魔剣の使用は魔力だけでなく、体力も消耗する。

 魔剣を使用することによって体に疲労を感じていても、過剰に使えば普段よりも多めに魔力が供給されて夜に眠れないという事態が生じてしまうので、使い方には気をつけなければならなかった。


「前に、草原に遠乗りに行って、草むらで眠ったのを覚えているか?」

「風が強かった日の話か?」

「そう。私は、あの日、とても心地よい睡眠が出来た。きっと、イゼットさんが傍に居て魔力を掬い取ってくれたからなのだろう」

「それは、どうだか」

「私がそうだと言っているのだから、間違いはない」


 アイディンのおふざけ案はそこまで悪いものではないのではと思い掛けたが、もしも実行をするとしたら両手足縛った状態で寝転がる事となる。


 イゼット側は安らかな安眠を得られそうにないので、心の中で却下した。


 ◇◇◇


 翌日、アイセルの魔剣は魔術研究局の局員が取りに来た。

 早くて十日程で術式は完成すると話す。


 イゼットはアイセルに気分が悪くなったら言えと念押しをした。


 その日は二人揃って事務作業をする日だった。

 イゼットはなるべく一時間に一度は手を握るようにしてみる。


「少しは楽になるか?」


 アイセルはコクンと頷く。

 本当に効果があるのか分からないが、イゼットは手の平を包むように両手で握る。


「明日の夜会は大丈夫か?」

「……」

「もしも辛いのなら、無理はしない方がいい」

「……」

「おい、アイセル」

「えっ!」


 急に名前を呼ばれたのでほんのりと染めていた頬を更に色付かせる。


 何かと聞き返せば、イゼットは明日の夜会の心配をしていた。


「そもそも、他人と接触をしたら危険なんじゃないか?」

「それは、そうだが、姫は私が来るのを楽しみにしていたから……」


 少しだけでも顔を出したいとアイセルは言う。


「それに、姫はセネル副官に会うのも楽しみにしていた」

「いや、俺はどうでもいい存在だろう」

「そんなことはない」


 早めに行けば人も少ないだろうから大丈夫だとアイセルは言った。


 午後。

 珍しくチチウが執務室にやって来る。


「父う……、カ、カルカヴァン隊員よ。何か用か?」

「うむ。宛名不明で荷物が届いた」

「宛名不明? 怪しいな」


 包みの布は花柄で、細長い箱に入っている。

 アイセルはチチウに開封するように命じた。


 思いの他丁寧な手付きで開封するチチウ。

 アイセルは固唾を呑んでその様子を眺めていた。

 イゼットは事態の大凡おおよその見当が付いていたので、自分の仕事に集中している。


「……ん?」


 木箱の中から出てきたのは、深紅のドレス。


「……もしや、この前採寸をしたドレスか!?」


 チチウの顔をアイセルは見上げたが、肩を微かに震わせて、何かを誤魔化すかのように「これにてご免!!」と大声で言ってから素早い動作で退室して行った。


「セネル副官、見てくれ。すごく派手なドレスだ」


 明日の夜会は騎士服の正装を着て行く予定だった。

 なのに、折角作ったものだからと、アイセルの父はドレスをわざわざ持って来てくれた。

 中にはドレスの他に宝飾品や付け毛に髪飾りなども入っている。


「ドレスの採寸をした覚えはあるが、意匠や布地の色は指定していなかった」


 いつものように何もかも侍女に任せっきりだったので、思いもよらない色を頼んでくれたものだと、困ったように笑う。


「注目してくれと言わんばかりの、自己主張が激しい色だ」

「普段よりも大人っぽく見えるんじゃないか?」

「……なんだか、少々可笑しな言葉が聞こえた気がしたが?」

「気のせいだろう」


 そんな風に軽口を聞きながら、一日は何事もなく終わった。


 翌日。

 アイセルとイゼットは午前中だけ任務に就き、午後からは身支度をする為に半休となっていた。

 夜会の招待客には王宮の部屋が貸し出されている。


「そういう訳で、私は着替えて来る」

「分かった」


 イゼットもどこに出ても恥ずかしくない格好で出て来るようにと指示を出した。


「と言われても、整髪剤で髪の毛を整える事位しか出来そうにないが」

「男性はそれだけで十分だ」


 待ち合わせの場所を指定してから、しばしの別れとなる。


 これから支度が間に合うのか。アイセルは不安になっていた。

 風呂で体を洗い、髪の毛を綺麗にして、化粧をして、と頭の中で身支度の手順を反芻させながら部屋の中へ入る。


「お嬢様!」

「お久しぶりです~」

「!?」


 部屋の中へ入れば、幼いころから傍に付いていた侍女と下町の案内役をしていた少女、フェルハが待ち構えていた。


「ど、どうして、ここに」

「……ここだけの話なのですが、その」

「奥様がこっそりお手伝いに行くようにって、私達にお願いをしに来たのです~」

「母上が?」


 縁を切るつもりで家を出て来たのに、両親は揃ってアイセルを甘やかしていた。


「このような事が、許されるのだろうか」

「ええ、勿論ですわ」

「お嬢様、準備をしましょう」


 侍女とフェルハは時間がないからと、準備を急かす。


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