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四話

 アイセル・イェシルメンは生まれた頃から大きな問題を抱えていた。

 それは、自身の体内に刻まれた魔力生成の力。


 魔力とは個人個人に決められた量があり、生涯その上限が増えることはない。しかし、例外として空間に漂っている何らかの力を己の魔力として取り込み、その上限を無限に増やすことが出来る者もごく僅か、奇跡のような割合で存在していた。


 アイセルは、人の善意の感情を自身の魔力とする力を持っていた。

 それは、いにしえの時代に聖女■■■■が持っていたとされる祝福の力と同じであったが、彼女にはその無限に生成される魔力を受ける器、神杯エリクシルが欠陥していたという。


 通常、魔力生成と神杯は一揃えで持って生まれる。

 魔力生成の力はなく、神杯のみ持って生まれたならば何も問題はなかったが、逆の場合はその者の人生に大いに影響を及ぼす事となった。


 人の体の中に蓄積できる魔力というのはあまり多くはない。

 生成の力によって魔力が増え続ければ、受け止めきれずにその者は発狂をしてしまうという。


 生まれながらに神杯を持ち合わせていなかったアイセルは、蓄積した魔力を使い続けることを定められ、消費の激しい魔技巧品の着用を課せられていた。


 そんな彼女の人生は、厳しいものであった。

 人の善意を感じれば体内の魔力が増え続け、消費させる為に剣を奮わなければならないという。

 全身に魔力が溢れているアイセルの体に触れることが出来るのは、魔術の心得がある家族だけだった。


 しかしながら、彼女の目の前で信じがたい光景が広がっている。


 アイセルに触れながら、その魔力に耐え続ける男が居るということに。


 イゼット・セネル。

 赤い、魔性の力を秘める眼を持つ男。


 第八騎兵隊でもこれといって目立たない男で、問題児の影に隠れているような人物だった。

 赤い目も普段はぼんやりと開かれるだけだったが、たまにぎらぎらとした輝きを見せている事があった。


 現在の、イゼットのような。


 アイセルは掴まれていた手を振り払おうとしたが、力では敵わなかった。


「御身、如何したというのか!?」


 もはや言葉は届かない。剣を抜いて抵抗をしようとすれば、掴んでいた魔剣は容易く弾かれて体を扉に縫い付けられてしまった。


 歯を食いしばってイゼットを見上げれば、その表情に人間らしい意志は感じ取れなかった。


 長く掴まれていた手は放されたが、力が入らずにぶらんと垂れている。

 手以外の部位も、硬直した状態で上手く動かす事が出来なくなっていた。


 何をするのかとイゼットを睨みつけたが、思いのほか頬を優しく撫でられてぞわりと肌が粟立つ。


「それは、魅了の魔眼か」


 嘲笑うかのように呟くアイセル。当然相手からの返事はない。


 幸いなことに、自らの意思や顔の神経などは自由だった。

 我を失った部下は、アイセルが魔術を使えるということを失念していたのだろう。


 イゼットはアイセルの金色の髪を弄んでいた。


 不思議と、髪を梳くような丁寧な触れ方をされるうちに、アイセルは落ち着きを取り戻す。

 ふう、と息を吸い込み、体の中の魔力を己の意志で活性化させた。


 囁くように、低く、小さな声で、言葉を紡ぐ。


 ――凍土いてつちから胚胎はいたいするは、空風からかぜと冬帝の北颪きたおろし。冷冷たる振りは、あまたのものをて尽くす。


 アイセルが紡ぐ言葉は、魔術を展開させる為の呪文。

 魔力と声が合わさって、術式が結ばれるたびに、部屋の温度は急激に冷えていく。


 魔術の使用には術の構成を助ける『詠唱』と体内の魔力を外に放出する『魔道具』が必要になるが、ほとんどの魔術師が持っている杖代わりの魔剣は床に落ちたままとなっていた。


 多くの呪文が刻まれた魔道具は、短時間で魔術を発現するのに絶対必要なものとなる。


 だが、アイセルの体には万が一のことを考えて様々な術式が刻まれていた。魔術発現の助けは体中の呪文が補填してくれる。


 詠唱が終われば、アイセルとイゼットの間に大きな魔方陣が現れ、発現者の元を除いた部屋の全てが凍ってしまう。


 体が自由になったアイセルは、白い息を吐きながらその場に座り込んだ。


 なんとか危機は脱出したようだと、安堵しながら。


 ◇◇◇


 薄らと、目を開けば見覚えのない天蓋に気が付く。

 ぼんやりとした頭の中で、どうして豪華な寝台に寝ているのかと疑問に思っていた。


「やあ、目が覚めたみたいだね」

「!?」


 声を掛けられて、今度こそはっきり覚醒をする。

 起き上がって声の主を見れば、髭面の男がにっこりと微笑んでいた。


「イゼット・セネル君、だったかな?」

「ここは――?」


 見上げた人物は金色の髭をたくわえ、銀縁の眼鏡を掛けた中年の男。

 身なりもいい男は、当然イゼットの知り合いではなかった。


「ああ、我が家へようこそ! と言った方がいいのか」

「?」


 男は恭しくこうべを垂れてから挨拶をする。


「イェシルメン公爵家によくぞ、いらっしゃいました」

「!?」


 イェシルメン公爵家。それは、イゼットの上司の実家だ。

 どうしてここに、と記憶を巡らせるが、娼館に行こうと思って着替えた所までしか記憶がなかった。


「どうして、ここに」

「氷漬けになった君を私が連れて来たんだよ」

「はあ!?」


 事情が上手く飲み込めずに、髭面の男を睨みつけてしまう。


「そういえば、まだ名乗っていなかったね」


 先ほどから気になっていた男の正体。どこかで見覚えがあったようなと疑問に思っていた。


 ところが、名乗りを聞いて驚く事となる。


「私はアイディン・イェシルメン。君の上司、アイセルの兄だよ」


 聞き覚えがある名前にイゼットは瞠目をした。それに、面差しがアイセルに似ていたので、見覚えがあると思ったのだと自覚する。


 更に、ここに運ばれるまでの経緯を聞いて、震えおののいてしまった。


「さて、なにから聞きだせばいいのかな」

「……」


 もう、こういう状況に追い詰められてしまえば、隠し事など無意味に思えた。

 相手は魔術師であり、王家と繋がる権力者でもある。逃げ道などあるわけがなかった。


 諦めの境地に陥ったイゼットは、知りうるすべてのことを白状する。


「なるほどね、淫魔、か」


 アイディンは淫魔という種類の悪魔についての知識を有していた。


「淫魔は、いにしえの時代に召喚された悪魔の一種で、人の精気から魔力を取りこむことを可能とする生き物だね」


 悪魔の中でも低位となる存在で、実力のある魔術師ならば比較的簡単に呼び出すことが出来たという。


「いにしえの時代では、魔力収集の役として重宝されていたそうだよ」


 かつて、世界に影響をも及ぼすとも言われた古代魔術は、多くの魔力を必要としていた。

 そんな中で、淫魔の多くは夜の街で暗躍をしていたとアイディンは語る。


「淫魔は、それはそれは美しい容姿をしていてね」


 淫魔は魔力を奪う代わりに、相手を夢見心地にさせていた。


「その伝承に比べて君は――ふふ」


 淫魔らしくない容姿を指摘されて、更に笑われてしまったので、イゼットは遺憾であると言わんばかりに眉間に皺を寄せる。


「現代では、古代魔術の一つである召喚術は禁じられている。なのに、どうして君の母親は淫魔と出会ってしまったのか。それに、何故、繁殖能力がないと言われている淫魔の子が生まれたのか、何もかもが、謎だ」


 アイディンは自身が把握している淫魔のことを全て話してくれた。

 しかしながら、知識があってもどうにもならない現状であるということには変わりない。


「まあ、分っている事と言えば、残念な容姿をしている君が、誰も得をしない淫魔である、という事実位か」


 それは確かに、とイゼットは同意してしまう。見目の良い男だったならば、女たちも喜んで体を差し出しただろうと。


「それはそうと、イゼット君の眼は、不思議な特性を持っている」


 魅了の魔眼。

 出会った女性を目線で陥落させて、性行為を行った後も記憶を奪う力があるとアイディンは話す。


「知っていたかな?」

「い、や、それは、そんな力は……」

「本当だよ。普段は、今みたいに何も魔力を発していないみたいだけどね」

「……」


 話は全て終わったようで、アイディンは寝台の傍に置いてあった椅子に腰掛け、用意されていた水を飲み干している。


「――それでね」


 話が終わったと思ったのは気のせいであった。

 アイディンは柔和な笑みを消してから、言葉を発する。


「我が家は、君を、利用したいと考えている」


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