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三十九話

 珍しくイゼット側からの呼び出しにアイディンは意外に思いながら指定された店に向かう。

 場所はいつもの下町の酒場。

 ここに来るのは久しぶりだと思いながら、店内で待つイゼットの元に行った。


「やあ、お久しぶりだね」

「どうも」

「アイセルとのお出掛けは楽しかったかい?」


 イゼットはつい数時間前にアイセルと出掛けて別れたばかりであった。

 アイディンにデートの様子を語って聞かせる程親切ではなかったので、黙秘をして話題を流す。


 騒がしい店内で声を張り上げて店員を呼び、適当な酒を頼んだ。

 注文された品が届けられたら、本題に移る。


「なんだか、大変なことになっているみたいだけれど」

「……」


 事態アイディンにとっては面白い方向へと傾きかけていたが、本業の魔術研究が忙しかった為に介入出来ていなかった。


「父上はともかくとして、母上まで係り合いになっていたなんて、驚きだよ」

「気づいていたなら止めて欲しかった」

「いやいや、止めるなんて勿体ない。折角良い感じなのに!」


 アイセルの変化は周囲も巻き込んでしまい、家の中は大変愉快なことになっているとアイディンは話す。イゼットは渋い表情のままでその話を聞いていた。


「あ、そうそう。聞きたいことがあったんだけどね」

「なんだ?」

「君たちってもう性交したの?」

「は?」

「う~ん。なんて言ったらいいのかな? その、ヤッたの? お楽しみになった?」

「何を言っている!?」

「いやあ、最近お仕事が忙しくて覗きが出来ていなくて。使い魔も緊急事態のみ連絡をするようにしているから、細かな状況は把握していなくて」

「……」


 ここ最近のアイセルの魔力量が軽減しており、かつ、イゼットの耳飾りの色が濃くなっているのを見て、質問をしたとアイディンは言う。


「で?」

「やってない」

「え、嘘?」

「本当だ」


 手は握ったが口付けすらしていないという事を他人に申告する羽目になったイゼットは、どうしてこんなことを言わなければならないのかと舌打ちをする。


「原因はなにかな~。触れただけで魔力を吸収しちゃったかとか? う~ん」

「……」

「ちょっと手を握ってもいい?」

「断る」

「魔力が吸収されているか調べるだけだって」

「止めろと言っている」


 差し出された手を叩き落とすイゼット。大袈裟な様子でアイディンの申し出を断った。


 結局、魔力の流動可能性については後日、魔術研究局で調べることに決めた。


「他に何か思い当たる点は?」

「……おにぎりを食べたから、とか?」

「おにぎりって、父上が綺麗かどうかも分からない素手で握った粘り気のある穀物のこと?」

「まあ、それだな」

「そうか。朝から張りきって作っているのは、君への差し入れだったんだね」


 アイディンは憐憫の視線をイゼットに向ける。


「話は戻るけど、そのおにぎりに原因があると?」

「多分だが」


 昼にもアイセルが作った物を食べているので、それに何か含まれているのではないかと推測していた。

 イゼット自身も最近調子がいいと話す。


「ああ、なるほど。魔力付加か!」

「魔力付加?」

「そう。直接物体に触れることによって起こる魔術現象の一つかな?」


 ほとんどの魔術師は触れるだけで魔力転移など起こらないが、稀にそういう体質を持つ者も居るという。


「これも詳しく調べてみないと分からないけれど」


 アイディンはどちらにせよ良かったと喜ぶ。


「前に行った魔力の吸引・吸収を行う魔技巧品は完成までに十何年と掛かりそうだから、とりあえずはどうにかなりそうだね」


 予算を確保してしまったので、最後まで作らなければならないと苦労を語る。


「まあ、それに君達がこの先何十年も一緒に居るとも限らないし、それでなくとも年老いたら性交をする体力は無くなるからね!」

「……」


 明け透けな物言いをするアイディンをなるべく視界に入れないようにしながら、イゼットはすっかり温くなった酒を飲み干した。


 ◇◇◇


 翌日。

 一日の仕事を終え、帰宅をしようとしている所に手紙と贈り物が届けられる。


「セネル副官様~! 例のお方、リムちゃんからですよ~」

「!?」


 イゼットは小さな箱と手紙を素早く受け取り、しつこく追及してくる部下の肩を拳で叩く。それから早く出て行けと、無理矢理部屋から追い出した。


「……」

「……」


 背中に鋭い視線が突き刺さっていた。

 このまままっすぐ家に帰りたかったが、そんなことをすれば明日が辛いので、意を決してから振り返る。


 執務椅子に座っていたアイセルは、目を吊り上げてイゼットを無言で睨みつけていた。


「そろそろ、帰っても?」


 アイセルはジロリと厳しい目つきで眺めるだけだったので、帰宅をしていいのかと問い掛けたが、座れと椅子の方を指し示されてしまった。


 イゼットが腰を下ろせば、尋問は始まる。


「して、リム・チャンとは誰か?」

「……」


 あなたのお母様ですとは言えない。


 アイセルの母・ヒュリムは正体がバレないように、家名などは書かず愛称であるリムという署名だけを書いて送っていた。


 そうとは知らないアイセルは、嫉妬の炎を爆発させないように燻らせた状態を維持しながら尋問を続ける。


「言いたくない、という訳か」

「いや、それは――」

「だったら、彼女の居場所だけでも教えてくれないろうか?」

「……知ってどうする」

「話し合いをする」

「?」


 一体何を話し合うのかと聞けば、想定外の答えが返って来る。


「二番目で納得してくれないかと、相談に行く」

「はあ?」

「一番目は私、リム・チャンは二番目で我慢をしてくれと、お願いをしたい」

「アイセル、お前、何言ってるんだ?」


 初めて名前を呼んで貰ったのでぱっと明るい表情で顔を上げたが、イゼットの手の中にある小さな箱と手紙を再確認して暗い顔になる。


「……何を言っているのかって、色々と、言うに決まっているだろう」


 ぶつぶつと、恨みがましく呟く。


「個人的に浮気などを許してはいないが、私は四つも年上で、古臭い女で、面倒な体質があるし、気も利かない。更に、他にも問題を抱えているから口煩く言える立場ではないと分かっているつもりだ。だから、他の女性の存在も寛容をするしかないと」


 イゼットはアイセルの言葉を聞いて、彼女の言った『二番目で我慢して貰う』の意味を理解する。


「だが、これから先にもこういう事をするのであれば、バレないようにして欲しい。嘘も上手くなってくれ。私は――」


 イゼットを公爵家と言う檻の中に束縛をするつもりはないとアイセルは言いたかったが、最後は震えて言葉にならなかった。


 そんなアイセルの物言いや様子を前にすれば、イゼットもお手上げとなる。

 誤解されている状態をこのまま引き摺るのも嫌だったので、手紙や贈り物の主について白状することになった。


「別に、他の女にうつつを抜かしてはいる訳ではない」

「言い訳は聞きたくない」

「違う。これは、お前の母親から届いたものだ」

「――え?」


 手紙を開いてみせる。


「親の筆跡は分かるか?」

「い、いや、母上の字は把握していない」


 手紙を折りたたんだイゼットは、布に包まれた小さな箱を開封した。

 箱の中身はクッキーだった。


 イゼットはこのお菓子に見覚えがないかと問いかけた。


「これは!」


 花型に抜かれたクッキーの表面には、細かく砕いたナッツが振ってある。これは、昨日母親から貰った手作りクッキーに酷似していた。


「昨日、母から貰ったクッキーに似ている。ほ、本当に、母上から?」

「そうだ」

「一体、どうして?」


 これまでの経緯を話せば、アイセルはがっくりと脱力した。


「なんていうことだ。私の眠れぬ夜を返して欲しい」

「すまなかった」


 アイセルは眦に浮かんでいて、後は流れるだけになっていたものをハンカチで拭い、晴れやかな表情を見せる。


「だが、分らない事もある。母は毎回案内してくれる人と、私の紹介したい人が同じ人物だと気付いているのか?」

「さあな。でも、分かっていたら一回位話題に上げてもよさそうだが、今までに一度もないし」

「……ふむ」


 揃って首を傾げていたが、いくら考えても分からないことだったので、その日は解散となった。


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