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三十八話

 昼食時になったので、イゼットとアイセルは広場の木陰に移動する。


「あの木は花が咲いていて綺麗だ」


 指さしながら先を歩くアイセル。


「花の蜜を吸う毛虫が落ちて来ることもあるけどいいのか?」

「!」


 嬉しくない情報を聞いてぴたりと動きを止めた。


「あっちの木でいいか?」

「……お任せする」


 アイセルはイゼットの後に続き、木の下に行けば地面に毛虫が落ちていないか確認作業に取り掛かる。


「これは虫が付かない木だ」

「そ、そうなのか?」

「木も葉も苦味があるから虫も鳥も寄り付かない」

「なるほど」

「この木は生薬としても利用されている。幹や枝の皮を剥いて数日乾かし、煎じたものは胃薬に」

「良く知っているな」

「小さい頃は胃が弱くて、よく取りに行かされていたからな」

「母君が作ってくれたのか?」

「ああ。忙しいって文句を言いながら」

「でも、本当に忙しかったら作る時間もない」

「それもそうだな」

「まさに、母の愛と言えよう」


 イゼットは懐かしい木や葉の匂いを感じながら、幼い日の記憶を蘇らせる。


「しかし、民間療法は不思議だな。苦い木が薬になるなんて、一体誰が気づくのか」

「これは薬だけではない」

「ほう?」


 幹を煮込めば殺虫剤にもなるので、虫が増える時季になれば公園によく枝を拾いに来ていたという思い出を話す。


「まあ、そんな訳だ」

「ふむ。この木は安心安全という訳だな」

「その通り」


 イゼットは手にしていた籠を地面に置き、その場にどっかりと座る。


「今日はしっかり敷物を持って来た」


 なので、直接草の上に座るなと注意をする。

 自宅から持ってきた敷物を広げ、二段に分かれる弁当箱の中身もお披露目となった。


「相変わらず手が込んでいる」

「そんなことはない」


 皿におにぎりとおかずを乗せてから、イゼットに手渡す。


「そう言えば、この前のセネル副官の作った弁当に入っていた、花の形に切った腸詰めが綺麗だった」

「それは良かった」

「あれはどのようにして作成をしているのか?」


 腸詰めを半分にしてから何か所も切り目を入れて焼いたら花が開いたように見える。中心に黄色い豆を挟めば花を模した腸詰めが完成する。


「実に見事だった」

「大した手間は掛っていないが」

「謙遜をするな。思えば、セネル副官の弁当は色合いなども綺麗だと……」


 アイセルは今日の弁当を見て残念な気持ちになる。


「どうした?」

「いや、茶色いおかずばかりだと思って」

「美味いから問題ないだろう?」

「だが、見た目は美しくない」


 肉団子に揚げ物、肉巻き野菜はほとんど緑色が見えない。

 唯一黄色みを帯びている豆が彩りの役目を果たしているのか。しかしながら、完全に茶色いおかず勢に負けていた。


「卵を、せめて、茹でた卵だけでも入れておけば良かった」

「見た目とか全く気にしていないから」

「私が気にする」


 主婦の会話かとイゼットが突っ込めば、アイセルも我に返って弁当談義を止める。


「つい夢中になってしまった」

「別に構わないが。楽しそうだったし」

「やっぱり、そうなのか?」

「?」

「今日、母からも似たような事を指摘されたから」


 言われてみれば、料理が趣味と呼べるものになっているのかもしれないと気付くアイセル。


「今まで趣味とか、自分の為に時間を使うというのを考えた事も無かったな」

「自身も楽しめて、誰かにも喜んで貰えるいい趣味だ」

「そう言って貰えるとありがたい」


 二人はああではない、こうではないと弁当について話し合う。


「家族を誘って自宅の庭で弁当を広げるのもいいかもしれない」

「手持無沙汰になった使用人達は肝を砕きそうだが」

「それはありそうだな。まあ、使用人は近づかせないようにして、そうだ。その時はセネル副官も誘って――」


 同じタイミングでハッとなるイゼットとアイセル。

 偶然にも、二人の頭の中にある人物な同じであった。


「あ、あの、母上が」

「!」

「どうかしたのか?」

「いや、別に」

「?」


 未だ、夫や娘に内緒で騎士隊を見学しに来ているヒュリムの事を思い出すイゼット。しかも、偽名を名乗って本当の名前を明かさないままに。


 いつ言おうかと、時機を見極めることが出来ずにいるのが現状である。


「話を戻す。母上が、セネル副官を家に連れて来るようにと言っていて」

「……」

「可能ならば、夜会の当日に来て貰って、少しだけ母に会って貰えたらなと」


 アイセルは公爵家に来れば身支度を整える者も居るから、と付け加えた。


「重たく考えなくてもいい。今まで交流関係の無かった私の、初めての親しい人間だから気になっているだけだ。母は、生粋の貴族だが、話せば分かる種類の人だと思っている。だから、気を楽にして来て欲しい」


 イゼットの気持ちが重たく沈んでいるのは別の箇所であったが、だからと言ってアイセルに話せるわけもない。

 ヒュリムを案内する事は、絶対に口外しない事という契約を結んでいたからだ。


「セネル副官」

「分かった」

「!?」


 あと二週間ほど、約三回の訪問の内にヒュリムに正体を明かし、なんとか許して貰うまでの問題を片付ける予定をイゼットは組み立てた。


 とりあえず、何か取り返しのつかない事態になればアイディンに丸投げすればいいと思いながら、イゼットは決意を固めることになった。


 食事が済んで一休みをすれば、アイセルは街の雑貨屋へ行きたいと言った。


「何か欲しいものでもあるのか?」

「いや、いつも若い娘たちが集まっているので、何を見ているのかと気になって」


 そもそも、アイセルは店で何かを買った経験がない。イゼットの家でパンを買ったのが初めてだと言える。


「たいてい商人が持って来て、それを見たり、侍女が見繕って買って来たり、だな」

「へえ」

「今まで、欲しいと思う品が無かったという事もあるだろうが」


 公爵家のお嬢様だから日々大量の贈り物が届いているのかとイゼットは思っていたが、そうではないとアイセルは言う。


「私はほとんど社交界の催しに出ていなかったので、特別誰かと親しくなる機会も無かった。出ても父上や伯父上の陰に隠れていたし」

「それは、確かに誰も近づけないな」

「だろうな。それに、私に贈り物をしてくれたのは、あなたが初めてで」

「……」


 アイセルはもじもじとしながら、手首に着けた腕輪に触れつつ照れた様子を見せている。


「――数ヵ月前に貰った、木の実のパン」

「……そっちか」

「あのように、直接誰かに何かを貰ったのは、初めてで、その上セネル副官は私を心配してくれて、しかも、パンは素晴らしく美味しくて――ん? 何か言ったか」

「いや、なんでもない」


 そんな会話をしているうちに雑貨屋へと到着した。

 店内は女性客がちらほらと居る。


 アイセルは普段の事務仕事に使えるような可愛らしい模様の文房具や、ハンカチなどを数点買う事に決めた。


 そんな彼女が一番に食いついたのは、ぬいぐるみ売り場だった。


「こ、これは!!」


 手に取ったのは目付きの悪い黒犬のぬいぐるみ。


「可愛い」

「可愛くないだろう」

「可愛い」

「不細工な犬だ。毛並みも良くないし」


 アイセルが持ち上げていた黒犬を掴んで売り場に戻す。


「何をする!」

「もう二十八だからぬいぐるみは我慢しろよ」

「なっ、年齢の話はするな!」


 イゼットはぬいぐるみを手に取るために一時的に渡されていたアイセルの文房具一式の支払を済ませる。


「あ、ちょっと、待て。支払いは私が」


 横から割って入ろうとしたが、いいからと言って取り合うことはしなかった。


「ほら」

「……感謝する」


 雑貨屋から出れば、公爵家の馬車が止まっていた。


「仕事が早いな」

「う、嘘だろう? まだ、日も暮れていないのに」


 夕食も一緒に食べようと思っていたアイセルは、がっくりと肩を落とす。


「また明日も朝から顔を合わせるのに、どうしてそういう反応をする」

「だって、職場のセネル副官は素っ気ないから」

「当たり前だろう。バレたら面倒な事になる」

「面倒って……」


 早く帰るようにとアイセルの背中を押して見送るイゼットだった。


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