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三十七話

 本日は休日。

 イゼットと公園に出かけるアイセルは、自身専用の厨房へと向かう。

 待ち合わせの時間はお昼前なので、仕事の日とは違いゆっくりと作る事が出来る。


 イゼットはその辺の店で食事をすると言ったが、他の人に邪魔をされたくなかったので、弁当を作ると申し出た。これ以上食事を奢って貰う事に抵抗があったことも理由の一つと言える。


 作った弁当の中身は、刻んで炒めた腸詰めを混ぜたおにぎりに、香辛料を利かせた肉団子、間にチーズを挟んだ肉の揚げ物に、野菜に肉を巻いて焼いたもの、大粒の豆は塩を振って焼いてから串焼きにする。それらのものを詰めてから完成となった。


「終わったの?」

「!」


 布で包んだ弁当箱を満足気に眺めていたらアイセルの母親・ヒュリムが台所へと顔を覗かせる。


「今日は出掛けるのよね?」

「え、ええ、まあ」


 母親にはイゼットの事は言っていない。夜会前には言おうと思っているが、上手い時機を掴めずにいた。

 兄・アイディンに相談をしたかったが、最近は研究で忙しいようですれ違う日々も多い。

 誰にでも気安い態度を見せる父・アイバクとは違い、ヒュリムは生粋の貴族。好いている男が貴族では無いと知ったら、反対をするのではと心配だった。

 一瞬、誰と出掛けるのかと説明するついでに言ってしまおうかと思ったが、母親を言い包めるのは兄が得意としているので、今は言うべきでは無いとすぐに判断した。


「この前のように遅くならないでね。心配をするから」

「それは大丈夫」

「人通りの少なくて、薄暗い所へは行ったら駄目」

「分かっている」

「それから――」


 まだ続くのかと、時計を気につつ話を聞いていたが、次に出てきた言葉は意外なものであった。


「ここ、借りてもいいかしら?」

「え?」


 ヒュリムはここで料理をしたいと言いだした。

 よくよく確認をすれば、背後に連れているのは侍女ではなく、屋敷の菓子職人だった。


「母上、一体なにをお作りに?」

「そうね、クッキーでも作ろうかしら」


 母が、クッキー!?


 聞けば、アイセルが楽しそうに料理をしているという話を聞いて、興味を持ったと言う。


「楽しそうに、していた?」

「ええ。この前、遠乗りに行った日の話だったかしら? 侍女がここを覗いた時、にこにこしながら作っていたって」

「……」


 きっと楽しみなのが表情に出ていたのだろうと、羞恥心を隠すために手の平で顔を覆う。


「それに、買ったお菓子を渡すよりも、作ったお菓子を渡す方が感謝の気持ちが伝わると思って」

「それはよく分か――」

「どうしたの?」

「いや、誰に渡すのかなと思って」

「……」


 急に押し黙るヒュリム。

 その態度を見て、家族に渡すものでないことが分かってしまった。


 だが、アイセルも探られたくない事があったので、そろそろ時間だと言って別れようとしたが、少し待つようにと引きとめられてしまった。


「まだ、なにか?」

「え、ええ、そうね」

「?」

「あなたの、今日出掛ける、お友達?」

「!」


 母親の言葉にドキリと胸の鼓動が高くなる。

 一体何を聞くつもりなのかと、早鐘を打つ部位を押さえながら次なる言葉を待っていた。


「良かったら、今度お家に遊びに誘ったらどうかしら?」

「――え?」

「あなたがお世話になっているでしょう? お礼を言いたいし、少し、どんな方が気になっているの」

「ほ、本当に?」

「ええ」

「……」


 母親からのまさかの申し出に驚いてしまう。


「あの、あの、そのお方は、き、貴族の方、ではなくて」

「そうなの」

「ええ、それで――」

「いいから一度、お家に連れてきなさいな」

「!」

「わたくしは、いつでも構わないから」

「あ、ありがとう、ございます」


 あの貴族の見本のような母親が、あっさりと平民との付き合いを許してくれることをアイセルは意外に思う。


「あなた、時間は大丈夫なの?」

「あ!」


 時計をちらりと見てから、母親と別れる事となった。


 早足で廊下を進むアイセル。

 うっかり母親と話し込んでしまい、時間が迫っていたので焦ってしまう。

 料理をすれば食材の匂いが体に染み付いているので、侍女の手を借りながら入浴を済ませ、身支度も素早く整えた。


 用意された衣服は街の娘たちが好んで来ているという、膝下丈のワンピース。アイディンからの贈り物だ。裾が短いのではと言ったが、皆こういう服を着て歩いていると聞けば、着て行くしかない。

 侍女に衣装部屋から持ってくるように指示を出し、帰って来た時の顔は一言物申したいような表情となっていた。


 貴族の令嬢の露出は最低限とされている。

 胸元を露出するのは夜会の時だけ。

 足元はいかなる時も絶対に晒さないというのはお決まりだ。


「お嬢様、こちらでよろしいのでしょうか?」

「ああ、頼む」


 ごわごわとした肌触りをしている詰襟のブラウスを身につけ、その上から袖の無いワンピースを着る。首元は黒いリボンを巻いてきゅっと締めた。

 腰回りをリボンで絞る形の薄い青のスカートは清涼感があり、今の時季は飛ぶように売れていると聞いていた。

 スカートの生地が思いのほか薄いので、大丈夫かと鏡の前で確認をする。


 身支度が整えば、化粧をする時間となった。

 派手な色は避けて、淡い色合いの紅を差すようにと指示を出す。


「お嬢様、お飾りは如何なさいますか」

「……これを」


 アイセルが宝石箱から取り出したのは、環状の金属が連なった腕輪。装飾は小さな花のみという、地味なものであった。


 侍女は言いつけ通りに腕に巻いて、金具で留めた。

 帽子を被り、ハンカチやちょっとした化粧道具を入れた鞄を持つ。

 弁当の入った籠は、すでに馬車の中にあるという。


「では、出かけて来る」

「いってらっしゃいませ」


 集合場所に決めていた公園の入り口には、既にイゼットが来ていた。

 かなりの人通りで会ったが、馬車の窓から覗き込んですぐに見つけ出す事が出来た。


 向こうも公爵家の馬車に気づいたようで、近づいて来る。


 御者が扉を開けば、斜め前に立っていたイゼットと目が合った。


「よく目立つ馬車だ」

「そうだろう?」


 そんな、色気も何もない会話をしながら、先へと進む。


 弁当の入った籠はイゼットが持つ。

 アイセルはそこから少しだけ後ろを歩いた。


「どうした?」

「え?」

「歩くのが早かったか?」

「――あ。いや、そのようなことは、ない」


 無意識のうちに貴族的な習性が出ていたと言う。


「なんだ、それは?」

「あ、その、親密な仲の男女が、並んで歩く事は余りなくて」


 公の場では、女性は男性の後に続いて歩くという習慣がある事を語って聞かせた。

 彼女の両親もそれを当り前としていたので、自然とそういう振る舞いをしてしまったことを白状する。


「ここは周民が集まる憩いの場だ。微妙な距離で歩いている男女は喧嘩でもしているのかと思われてしまう」

「そうなのか!」


 指摘をされて確認をすれば、皆並んで歩いていることに気が付いた。


「手を貸せ」

「?」


 意図は分からなかったが、鞄を持っていない方の手を素直に差し出すアイセル。


 イゼットはその手を掴んで歩き始めた。


 恥ずかしくなって俯いていたら、前を見て歩けと怒られてしまった。

 周囲を見てみれば、他の恋人たちも仲良く手を繋いで歩いている。これは普通の事だと言い聞かせていたが、恥ずかしいものは恥ずかしいと、頬を染めながら羞恥に耐えていた。


 途中に木製の長椅子があったので、座って話をすることにした。


 腰を下ろした瞬間にパッと手を離されてしまったので、アイセルは握られていた手を素早く自分の胸の前に持って行く。


 その一連の動きを見ながら、イゼットは笑った。


「まるで何も知らない娘を誑かしているようだ」

「……事実、何も知らないのだから、間違ってはいない」


 穏やかな午後は、ゆるやかに過ぎて行く。


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