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公爵令嬢に迫られて困る騎士は、とりあえず逃げる  作者: emoto


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三十一話

 その日の仕事を終えたイゼットは、早足である場所へと向かう。


 たどり着いたのは、アイディンが局長を務める研究局の建物。

 中に入ってから地下へと続く階段を下りれば、壮年の魔術師が出迎える。


「お待ちしておりました、セネル様」

「……」


 様付けは止めろと何度か言ったが、魔術師は申し出を受け入れることはない。

 イゼットは不快感を表情に出すことなく、軽く会釈をして流した。


 案内された一室は数多くの本が収められた所。地下にある空間なので、埃臭いのは仕方がないことだった。


 ここで、イゼットはフズル・セキというアイディンよりも少し若い年齢の魔術師に、魔眼の運用についての指導を受けている。


 魔力切れを起こす前に発生する魔眼の暴走について、アイディンはどうにかどうにかしようと奔走していた。

 そして、やっとのことで魔眼研究の権威である男を招くことに成功したという。


 当然、無償というわけではない。

 イゼットから得た情報は今後の研究の材料とする、という条件もあった。

 魅了の魔眼を鬱陶しく思っていたイゼットは、名前を出さないのであればと言って同意を示す。


 フズル・セキの研究室に来るのは今回で三回目。

 前回、長々しい説明聞いている間に寝入ってしまったので、気まずいような気分となるイゼット。


「この前の眼球に刻まれた情報の解析の一部が終了致しました」


 魔眼の表面には様々な呪文が刻まれているらしい、という事実を聞いたイゼットであったが、鏡を覗き込んでも普通の目にしか見えなかったことを思い出す。


 机の上に置かれた紙には、精巧に描かれた眼球の絵とその中にびっしりと刻まれた呪文がある。これは、一回目に訪れた際にフズル・セキが書き記したものだ。

 目の粘膜が乾かないように薬を点眼してから特別な器具で瞼を開かれ、見知らぬ親父に二時間ほど眼球を覗かれるというのは苦行を強いられた。が、それらは全ては自分自身の為と何度も言い聞かせて耐えた。


「ここの辺りに刻まれているのは、魔眼使用の記録ですね」


 フズル・セキは紙面の一角を指先で該当する箇所を示した。


 魔眼使用の回数は二十回ほど。

 二十歳を過ぎたあたりから、大体の日にちなどを眼球に刻まれた文字から叩き出していた。


「それらの日々に、覚えは?」

「……ある」


 とは言っても、魔眼を使って女性を誑かしたという記憶は曖昧なものだった。

 はっきりと覚えているのは、翌日に知らない女性と寝ていたという所だけ。術が解けていなかったからか、女性側から責められたことは一度も無かったことを申告する。


 生命の活力の基礎である魔力の枯渇が、自らの意思に反して暴走してしまうのだという見解をアイディンが出していたことも合わせて話した。


「なるほど。生命の危機に瀕した時に魔眼が発動して、女性を惑わす術式を自動展開、淫魔の特性を生かし、性交を経て魔力を奪う。時間が経てば女性側も忘れるということですね」

「まあ、多分そういう、ことだと」


 魔眼の使用は半年前、アイセルと揉め事を起こした日でぱったりと止まっている事も分かった。無意識のうちに女性を襲っていない事が分かり、イゼットもホッと安堵の息を吐く。


「……そういえば」

「なんでしょうか?」

「魅了の術が解けていないとか、そういうのは分かるものか?」

「ええ。その方の目を見れば分かります」

「術の解除は?」

「解魔術の研究者でもあるイェシルメン局長にお願いすれば可能でしょう」


 そうだと分かれば、イゼットはずっと気になっていた事を口にする。


「実は、最後に魔眼の力を使った――」

「ああ、局長の妹御、アイセル・イェシルメン様、でずね。彼女がどうかしましたか?」


 少しだけ躊躇うような様子を見せた後に、アイセルに魅了の魔術が掛かったままであると、イゼットは報告をした。


「では、あなたは半年もの間、激しく彼女に言い寄られていたと?」

「いや、激しく言い寄ることはしない」


 意味もなく弁当を作ってきたり、休日に出かけたいと誘ってきたり、朝、顔を合わせた途端に笑顔になったり、なんてことのない贈り物を大袈裟に喜んだり。

 アイセルのここ数ヵ月の態度は、好意を持っている者に対するそれに該当するのではと、イゼットはフズル・セキに話した。


「どうして、そのような現象を局長に相談しなかったのですか?」

「……」


 イゼットも最近になっておかしいものだと気付いたという。


 その行動の一つ一つがあまりにも自然で、魔力の力に起因するものだとは思いもしなかったと話した。


「セネル様は、そういった行為を受けて、どう思いましたか?」

「どうって」


 そういうことをされて喜ばない男は居ないだろう、というのが本心である。

 元々そういうことに慣れていない娘が一生懸命になってしてくるものだから、余計に感情に訴えるものがあると。


「では、ご自身もアイセル様に好意を抱いていると?」


 それだけは分からないことだと答えた。


 胸の中にあるのは知らない感情。

 家族に対する思いとは、また違うものだった。

 そこにある思いの名を、彼は知らない。


 それに、魔眼で思い通りにした女性をどうこうしようということは恥ずべきことだと言う意識があった。

 このままではいけないと思っていたものの、なかなかそれを口にすることが出来なかった。

 これまでの日々を振り返り、術が解けて他人行儀となったアイセルと過ごす日々はつまらないものになるのだろうな、という考えが心の奥底にあったからだと気付いてしまう。


「すみません、もう結構です」

「?」


 それはどういう意味かと問い掛ける。


「ごめんなさい。あなたを試すような事をしました」

「は?」

「結果を言わせて貰えば、アイセル様に魔眼は効きません。正確に言えば、半分しか効果がないと」

「!?」


 フズル・セキは半年前に起こったイゼットとアイセルの事件の報告書に目を通していたことを白状する。


「そこには、体の自由は奪ったけれど、思考や感情などの自由を奪うことは出来なかったという記述がありました」


 アイセルは元より洗脳系の術が効きにくい特性があると言った。


「何故、それを早く言わない」

「すみません。あなたが悪魔とのあいの子だと聞いていたものですから、どういう考えを持っているのかと、興味があって」


 悪魔によく見られる、人に対する興味の無さや、淡白さがイゼットにはあった。

 フズル・セキは悪魔について詳しくなかったが、彼がどちら側であるのかという事には興味があったのだ。


「話を聞いて、あなたはごく普通の、悩める青年であることが分かりました」


 無表情で言う魔術師に、イゼットは悪態の限りを尽くす。

 そんな様子も、一連の言動を知っていればただの照れ隠しにしか見えなかった。


 ◇◇◇


 帰宅をして、台所に準備されていた夕食を食べる。

 用意されていたのは売れ残りのパンにチーズの塊、豆と鶏肉のクリーム煮込みに骨付き肉の香草焼きと、真っ赤に熟れた果実が机の上にぽつりと一個だけ置かれている。


 家族の気配は居間や廊下にはなかった。明日の朝も早いので、彼らの一日の終わりは驚くほどに早い。

 温めた食事を台所にある食卓に置いてから、遅めの夕食を摂ることにする。


 棚の中にあった辛口の葡萄酒をちびちびと飲みながら、重たくなっている瞼に抗おうとする。


 食事が終われば風呂に入った。

 体がさっぱりすれば、明日の弁当の下ごしらえをする。


 保冷庫の中にあった大きな魚は近所からの貰ったものなのか。捌いてなかったので、取り出してから三枚に下ろす。


 白身魚の半身は下味をつけて後は焼くだけの状態にしてから、保冷庫の中へと入れた。弁当用と明日の家族に作る朝食用として。

 二品目の野菜と余っていた鶏肉の欠片を入れて甘辛の味付けにして炒めたものも、弁当箱の中に詰めるだけにしておく。


 作業が終わったのは日付も変わるような時間帯。

 台所に置いてある休憩用の椅子にでも座ってしまえばそのまま寝入ってしまいそうだったので、使った道具を手早く洗い、火の始末をしてから私室に戻った。


 何だか大変な事実が発覚したが、深く考えるほどの気力も残っていなかったので、そのまま倒れるようにして布団の中に沈む。


 こうして、イゼットの一日は終わった。

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