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二十八話

 イゼットの手がぴたりと止まり、シェナイを鋭い目つきで睨みつける。


「やだ、怖い顔」

「うるせえよ」

「いいじゃない。ずっと気になっていたのよ。それに、昔みたいに真面目に騎士をするようにもなったし、何か心境の変化があったのねって」

「……」


 シェナイは話をしながら、刻んだ野菜を鍋に入れ、調味料を手に取ったがすぐさまその腕を取られてしまう。


「味付けは止めろ」

「失礼ね」


 お世辞にも料理が上手いとは言えない従姉の行動を、イゼットは全力で制した。


 ぐつぐつと野菜を煮込む音だけが厨房に響き渡る。

 他の食材の下ごしらえも終え、後は野菜に味がしみ込むのを待つばかりだ。


 シェナイが野菜を切ったり、使った食器を洗ってくれたおかげで随分と作業は早く終わった。

 イゼットはお礼だとばかりに温めたミルクで作ったショコラを振る舞う。


 シェナイは差し出されたショコラを一口啜り、久々に飲んだと言った。


「あなた、騎士辞めて喫茶店でも開けばいいのに」

「無愛想な店主の居る店に誰が来るのか」

「店員に愛想のいい娘を雇えばいいのよ。それか明るい奥さんを迎えるとか」


 仕様もないことを言うとイゼットは切って捨てるような物言いをする。一方のシェナイは子供のころの思い出話を語り出した。


「ねえ、覚えている? あなたと二人でビスケットを作ったことを。あれ、美味しかったわ」


 お小遣いを使って古本屋でお菓子の作り方書かれた本を買い、パン屋の手伝いの隙を見つけては親に内緒で様々なものを作っていた。

 シェナイは毎回炭のようなものを作り、イゼットは従姉の大失敗を見ながらそこそこ美味しくて、見栄のいいものを仕上げるというのがお決まりだった。


「なんかね、妄想するのよ。隣の家が空き家でしょう? そこを買い取って、喫茶店を開いて、うちで作ったパンを使った食事を出すの。私もその頃になったら家を継いで、あなたが連れて来た可愛らしいお嫁さんと気があって仲良くなったりして、一緒に買い物に行ったりとか……」


 つまりは騎士を辞めてイゼットに喫茶店の店主になれ、という話であった。


「冗談よ」

「……」


 イゼットが騎士を辞めない事はシェナイも分かっていので、軽い調子で終始語っていた。


「あ、そうそう。お弁当を作っている相手とか遊びに行っていたのってうちのパンを買いに来ていた子でしょう?」

「……」


 沈黙は肯定も同じ。それはイゼットの子供のころからの癖である。

 シェナイは勝ったと確信した。


「最近来ないわね」

「忙しいからだろうよ」

「そうなの。なんか、不思議な雰囲気の子よね。ふわふわした見た目なのに、芯があるような感じもして」


 まさか貴族令嬢がパンを買いに来ているなどと思ってもないシェナイは、アイセルについて語り出す。

 ついでに年上だと言えば更に驚くだろうなとも考えていたが、女性の年齢についてあれこれ言うなと母親から躾けられていたので言わないでおいた。


「そういえば、一時期パンをたくさん買いに来ていた時期もあったけど、もしかして、あなたの弁当でも作っていたの?」

「……」


 従姉の鋭い推測にイゼットは顔を逸らす。相手の思うがままの状態になっているとは知りもせずに。


「それで、今度はお返しでお弁当作りを?」

「そうじゃねえよ」

「あ、これは外れか」


 結局、シェナイには弁当交換をしている事実までバレてしまった。


「ねえ、イゼット。次のお休みは空いている?」

「なんでだ?」

「付き合って欲しい所があるの」

「断る」

「またお出かけ?」

「違う」

「だったら、なんとなく私とのお出かけが嫌ってことね。……ああ、そうだ。叔母さんに言っちゃおうかな~、お店に来ている女の子と良い感じになっているってことを」

「!?」

「ねえ、どうする? 私と、次のお休みは一緒にお出かけする?」

「……このッ」


 シェナイの手の平の上で転がされるだけのイゼットであった。


 次の休みの予定もしっかり握られてしまったという。


 ◇◇◇


 休日。

 休みなのは午前中だけだと言うシェナイに起こされ、身支度を行ってから外に出る。

 こんな早い時間に店は空いていないと文句を言ったが、いいから着いて来いとぐいぐい腕を引かれる。


 連れて来られたのは若者が集まる街の中心街にある人気のパン屋。

 朝から長蛇の列が出来ていた。


「なんだ、これ?」

「パン屋の研究よ」

「……」


 シェナイは正体がバレるのを防ぐためか、深く帽子を被っている。

 人気店のパンを買って、敵情視察をするという訳であった。


 店員の手際がいいからか、そこまで待たずにパン屋の店頭に辿り着く事が出来た。シェナイはイゼットに一番人気のパンを注文するように指示を出す。


 若者の支持を集めているというパン屋は、商店が所狭しと並ぶ街の中心に位置する場所だけに、規模は下町の店の半分ほどだ。パンも十種類と多くない。

 だが、朝のうちに売り切れるというパンは、一日で何百も売れているという噂があった。


 展示ガラスに視線を落とせば、一番人気という札がついた『王都名物クリームパン』と書かれてある品を発見する。イゼットはそれを五つくれと陽気な雰囲気の店員に注文した。代金を請求されたので、シェナイに向って金を出せと手を出す。


「な、あなた、パン代位奢ってくれてもいいでしょう!? ケチな子――あ」


 顔を上げた途端に店員と目が合うシェナイ。イゼットと同じ年位の、若い青年だった。

 ハッとなったのは彼女だけではなかった。店員は初対面であるはずのシェナイを指差す。


「お、お前、下町のパン屋の娘じゃないか!?」

「だ、だったらなによ、早くパンを詰めなさい」

「もしや、うちのパンのネタを盗みに来たのか」

「そんなこと、するわけないでしょう、馬鹿ね!?」

「馬鹿だと!?」


 店頭で喧嘩を始めたシェナイをイゼットは持ち上げる。

 迷惑料としてパン代を置き、商品を受け取らずにその場から去って行った。


「ちょっと!!」


 噴水広場までシェナイを運んだイゼットは、木製長椅子に下ろす。


「なんでお金だけ置いてパンは貰って来なかったの!?」

「営業妨害だ」

「あっちから喧嘩を吹っ掛けて来たのに!! それに、パン代も勿体ない!!」

「ケチなのはどっちだよ」


 イゼットは鼻息の荒いシェナイを大人しくさせる為に近くの出店から揚げたパンを買って来る。


「ほら」

「……」


 朝食を食べていなかったので、シェナイは黙って買って来たものを受け取っていた。


「これ何?」

「揚げパン」

「見ればわかるわよ。パンの中身を聞いているの」

「知らん」

「よく確認もしないで買ったの!?」


 イゼットは立ったままあつあつのパンに齧りつき、シェナイに中身を見せる。


「ふうん。挽肉と野菜を捏ねたものね」

「……」


 舌先を火傷しそうな程に熱かったので、一応食べる時に注意をするように言う。シェナイが食べ始めるのを確認してから、イゼットも隣に座った。


「あら。これ、意外と美味しいわ」


 外には細かく刻んだパンが付いており、サクサクとした軽い食感を演出している。内側の生地はしっとりとしていて驚くほどに柔らかい。焼かずに揚げているからこその成果だと、シェナイは分析をする。

 中身のパンはピリっとする刺激的な香辛料が効いていて、肉汁の旨みも溢れてくる。根菜を中心とした野菜は歯応えも楽しめた。


「やっぱり、中に具の入っているパンは人気なのね」


 下町のパン屋でも肉の挟んだパンは人気だが、手間がかかってあまり多くは作れない。


「夜のうちから具を仕込んで、朝になって後は包むだけにしたら楽よね」


 先ほど調査に行ったパン屋で売っていた、一番人気の中にクリームの入ったパンはどんなものなのかとシェナイは呟く。


「ま、うちはうち、余所は余所、よね」


 店の将来についての思考を停止させたシェナイは揚げパンの入っていた紙袋を小さく折りたたみ、近くのごみ箱に向って投げる。綺麗に収まったのを見て、どうだとイゼットの顔を見た。


「あなたもやってみなさいよ」

「……」


 イゼットは従妹の言葉を無視して、歩いてごみ箱まで行って紙を捨てていた。


「もうそろそろ開店をしている時間ね」

「まだどっかに行くのか?」

「当たり前じゃない。これが本当の目的なのに」


 再び腕を引かれての移動となる。連れて来られたのは、宝飾店だった。


「おい」

「なあに?」

「何を買うつもりだ」

「何って、あなたの恋人への贈り物よ」

「はあ!?」


 背中を押されて入店すれば、ぱりっとした正装に身を包んだ店員に迎えられた。


「いらっしゃいませ」

「こんにちは。少し見させて頂くわ」

「ごゆっくりどうぞ」


 一礼して店員は下がっていく。


「……」


 上品な内装で揃えられた店内では騒がないイゼットであったが、シェナイを恨むような視線と向けていた。

 一方の連れてきた本人は、展示ガラスの宝飾品に目を輝かせているので、全く気づいていない。


「ねえ、今街の女の子の間で腕輪が流行っているのですって」


 シェナイは並べられた品を指さしながら言う。

 環状の金属が連なったものに、花や動物の小さな細工を付けた品だ。値段もお手頃である。


「ねえ、いつまで拗ねているのよ」

「……」

「あの子に、お弁当のお礼をしなきゃでしょう? これ位の値段のものだったら気も使わないはずだわ」

「……」


 言われたとおり、何らかの礼はしなくてはと一応は考えていたイゼットだが、果たして貴族の令嬢が安物の腕輪を貰って喜ぶものかと首を捻る。


 そんな様子を見せていたイゼットに、シェナイは一言物申す。


「あのね、イゼット。恋人からの……」

「恋人じゃないって言っただろうが」

「良いから聞きなさい。――恋人からの贈り物だったら花で作った指輪でも嬉しいものよ」

「そりゃお前はそれで満足するだろうさ」

「いいえ、これは女の子全員に言えるものだから」

「二十歳を過ぎていて、自分を女の子の輪に入れるなよ」

「なんですって!?」


 うっかり静かな店内で口喧嘩をしてしまったイゼットは、気まずく思って腕輪を買ってしまう。


 綺麗に包装された箱を見下ろしながら、これをアイセルに渡している自らの姿が全く想像出来ないと、そんな風に思っていた。


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