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二十二話

 ズキズキとした頭を抱えて職場へと向かうアイセル。

 昨日は飲み過ぎてしまったようで、体調は思わしくない。

 おまけに記憶もおぼろげだった。

 残っているものと言えば、泡だらけな麦酒に、苦味のある揚げた小魚、噛みきれない程硬い肉の串焼きに、自分で剥いて食べる豆と見事に食べ物のこと。それから、終始イゼットが笑っていたということだけ。


 一体何に対して笑っていたのか、一生懸命記憶を掘り起こしたが思い出せなかったという。


 無人の廊下の壁を伝い、ふらふらとした足取りで扉の前に辿り着くと、頬を打って気合いを入れ直してから執務部屋へと入った。


 まだ、イゼットは来ていなかったのでほっと安堵の息を吐く。

 なるべく二日酔いをしていることがバレないように努めようと決心を固める。幸い、酒臭さは残っていなかったので、なんとかなるだろうと考えていた。


 しばらく経ってからイゼットがやって来る。酒が残っている様子もなく、状態は至って普通だった。


「おはよう」


 アイセルがそんな言葉をかければ、イゼットは短く省略された挨拶の言葉を発して軽く会釈をしてから席に着く。


 一日の予定を伝え、王都周辺の見回り業務を副官に任せてから書類の整理をした。

 時計を確認してから、隊長会議に出かける。祭りの巡回を担当した部隊の報告会なので、アイセルにも声が掛った。


 大きな会議室に集められた者たちは凶相を持つ騎士ばかり。街の巡回任務を行うのは威圧感のある見た目の者たちばかりが選りすぐられるという噂があったが、ありがち間違いではないなとアイセルは周囲を見渡しながら考える。


 今回は大きな問題も起こらなかったようで、各隊に金一封が国王より贈られる事となった。金額は活躍した部隊に多く支給されるという。

 報告回数の多かった部隊から順に読み上げられたが、驚いたことにアイセルの部隊は全五十の部隊のうち四十位に読み上げられた。決して高い順位ではなかったが、もっと下だと思い込んでいたので嬉しくなってしまう。


 会議が終わって上機嫌で執務室に帰って来たアイセルは、イゼットに今回の結果を教えることにした。


「すごいと思わないか?」

「ほとんどは隊長の手柄だと」

「そんなことはない」


 部隊の者たちが真面目にやった結果ではなく、アイセル一人の頑張りがほとんどであることは一日行動を共にしていたイゼットも分かっていた。


「私はこの隊の悪評をなんとかしたいと考えている」

「素晴らしい心意気で」

「今回のことは、隊員たちにもいい刺激となるだろう」


 与えられた金一封の額はささやかなものだった。


「ふむ。隊員達で分けてしまえば酒代にもならないな」


 まるで子供の小遣いだという言葉に、それだけの額を貰って嬉しいかと聞けばイゼットは否と答える。


 半端な額をどうするかと考える二人。


「なにかいい案でもあればいいが」

「……」


 飲み会でも開いて、不足分は自分で負担をしてもいいとアイセルは思ったが、果たして酔っぱらいの統率が出来るのかと首を傾げる。


 飲み会を開いたが最終的にイゼットに迷惑を掛ける事態しか想像出来なかったので却下することにした。


「争奪戦をする、とか?」


 イゼットはぽつりと呟く。


「ああ、なるほど。戦いや遊戯などをして勝者に賞金を贈るというわけか」


 剣術の競い合いなら勤務時間にも出来る。

 勿論、上層部には金を掛けた勝ち抜き式の試合だとバレたら始末書を書くような事態となってしまうが、アイセルは別に構わないと言った。


「まあ、それでもいいだろう」

「自分の立場を悪くしてまですることだろうか」

「なに、心配はいらない。始末書なら前の部隊で一週間に一枚は書いていた」

「一体、なにをしてかしていた」

「ちょっとしたお転婆を」

「……」


 思えばアイセルも落ち着いたものだと、我が事ながらしみじみ思ってしまう。

 前の部隊では問題ばかり起こしていた。

 毎日喧嘩を吹っ掛けて来る騎士が居たので全力でこらしめていたし、護衛をしていた姫との仲も険悪で言い合いをしない日はなかった。

 訓練で手合わせをすれば圧勝するが、魔術や魔剣を使うのは卑怯だと罵られ、毎日の努力を認めて貰うことも無い。


 だから、アイセルは心を入れ替えて第八騎兵隊へとやって来た。

 自分が上に立つ立場になれば、部下のいい所を探し、それが上達する様に指導して、実が結べば褒めて、更に伸ばそうと。


 部下の、こういった本気を出すかもしれない手合わせを見ることが出来る機会は貴重だ。

 なので、アイセルは賞金を賭けた試合を行う事を決めた。


「賞金に少し色を付けようと思っているが、あの者達は何を喜ぶと思う?」

「酒」

「だったら父の秘蔵の逸品でも持ってくるとしよう」

「国王親衛隊の騎士が知ったら口から泡を噴きそうだな」

「うちの部隊の者達は喜んで受け取るだろう。結構なことだ」


 アイセルの父親は国王の弟であり、騎士隊の隊長でもある。

 齢は六十となり、最近は酒を控えるように周囲から言われているので、ちょうどいいと思っていた。


「では、開催は三日後にすることにしよう。セネル副官、隊員達に周知を頼む」

「了解」


 こうして簡単に計画が練られ、開催されることになったが、当日、大変なことが起こるとはこの時の二人は思いもしなかったのである。


 ◇◇◇


 三日目。

 絵にかいたような晴天の下、極秘で賞金付きの勝ち抜き試合が行われる。

 隊員達はノリノリで全員参加だった。

 優勝をすれば普段気に食わない同僚にも大きな顔が出来るという下心を各々隠さずに、当日を迎えていた。


「――というわけで、私は審判を行う。質問があるものはいるか?」

「はい!」

「なんだ」

「あの~、誰かがもっと早い段階で突っ込むかと思ってたんすけど~」

「前置きはいいから早く言え」

「はい。え~っと、あのおっさん、誰ですか?」

「……」


 アイセルは今まで見ない振りをしていた方向を見た。


 背が高く、屈曲な体を持ち、ただ者ではない気配を放っている騎士が、どうしてか第八騎兵隊の列に紛れ込んでいたという。隊の中で一番体も大きく、謎の威圧感もあったが、隊員のほとんどは何者であるかという違和感を覚えていなければ、天と地ほどにもある実力の差にも勘付いていなかった。


 所属部隊は謎。腕にある所属部隊を示す隊章の刺繍はない。更に、どうしてか顔全体を覆う仮面を被っているので、誰かも分からないという状況。


「隊長、この親父さん、新人さんですか~?」

「……」


 隊章がないのは新人騎士の証。たまに所属部隊が決まっていない騎士が仮入隊して来ることもあった。それに加えて地方出身の若くない騎士が変な時期に入隊して来ることも珍しくなかったので、新人今回もそれなのかと若い隊員は質問をする。


「いや、あれは父う――」

「チチウ?」


 老年騎士の仮面の下の鋭い眼光にギラリと睨まれ、アイセルは押し黙る。


「……か、彼は、チチウ、という、新人、だ。今日一日だけであるが、仲良くしてくれると、嬉しい」


 隊員達はアイセルの紹介を聞くと、隊列を崩してチチウと呼ばれた騎士を取り囲み、背中をばんばんと叩いて先輩面で「分からない事があったら聞いてくれよな!」と言ったり、仮面について弄ったりとやりたい放題になっていた。


 その様子を眺めながら、アイセルは盛大な溜め息を吐く。


 唯一、突然現れた新人騎士の正体に勘付いていたイゼットは、愚かな同僚を視線に入れないようにして、明後日の方向を眺めていた。今日もいい天気だと、自分は関係ないとばかりに目を細めている。


 チチウと呼ばれている騎士の正体は言わずもがな、アイセルの父親だ。

 大切な酒を娘に持ち出され、取り返すためにやって来た、という訳である。


「以降、新人を弄ることは禁じる! それと、隊列を乱すな!」


 アイセルに怒鳴られた隊員達はのろのろとした動きで命令に従う。

 以前からは考えられないほどの従順さではあったが、他の部隊に比べたらだらしなく動いているだけに見えてしまう。少し前まではアイセルの言うことを全く聞かなかったのだ。


 隊員達の配分に任せていたら試合も一日では終わらないので、しっかりと段取りを組んで進めることをアイセルは決心していた。例え、想定外の父親そんざいが居ても。


 第一試合の組み合わせは紙に書かれた番号をくじのように引いて決める。


 全員にイゼットの持つ箱に入れた紙を引くように指示した。


 新人騎士チチウ(仮名)までくじを引いたので、最後に残った紙イゼットが取って終わりとなった。


「一の数字が書かれた者よ、前に出て来い」


 誰だ誰だと盛り上がる中で、すっと手を上げながら出て来たのはチチウ。


「もう一人は誰だ?」


 アイセルが叫べば、返事はすぐ近くで聞こえた。


「俺だ」


 アイセルは副官の顔を振り返る。


「お前か!」


 チチウの相手はイゼットだった。


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