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十五話

 さらさらと優しい風が吹きぬける草原。

 ここは王室が管理をしている平原である。


 そこで行われるのは大捜索。

 先日、第四王女が大切にしている猫の胸飾りをここで落したというのだ。

 一日目から三日目までは王女の親衛隊が探し、四日目から六日目までは王族警護隊が駆り出され、七日目からは第八騎兵隊に捜索を任された。


「それ、買った方が早くないですか?」


 若い隊員が言った発言に、隊員の誰もが心の中で同意を示した。


「大切なのは品物ではなきこと。王女が陛下より賜ったという心持ちよ」


 重要なのは、失くした胸飾りが多忙な国王自ら娘の為に選んだ贈り物だということ。同じ品を買っても意味がないということをアイセルは隊員達に説き伏せた。


「以上。総員、検分を開始せよ!」


 各々やる気もなく、散り散りになる。

 イゼットも愛馬を自由に放してから、溜め息を吐きつつ捜索を開始する。


 這い蹲って探すこと数時間。胸飾りは見つかることもなく。


 忠誠心が高い国の精鋭部隊が必至に探して見つからないものを、自分たちが発見出来る訳がないと隊員達も諦めながら草むらを談笑しながら歩いて回るだけとなっていた。


 太陽の位置が真上となる時刻になればアイセルが馬に括り付けていた大きな鐘を鳴らし、部下に集合を掛ける。


 何か気付いた事があれば報告をと言ったが、発言をする者は居る訳もなく。


 この後は捜索続行ではなく、昼休憩となった。


 イゼットは指笛で馬を呼ぶ。


 自由に遊びまわっていた馬は嬉しそうに跳ねながら戻って来た。

 鞍に下げていた鞄を取り、昼食を出す。


「おい、お前、その辺に猫の胸飾りがあったら持って来てくれ」


 こうなったら馬頼みしかないと、イゼットは半ばやけくそな気分で相棒にお願いをする。

 腹を軽く叩いてまた遊んで来いと合図を出す。

 近くにあった湖で手を洗い、元居た場所に戻って座り込む。


「隣に座ってもよきか?」


 愛馬が走り去った後でイゼットの元へと現れたのはアイセル。別に断る理由もなかったので軽く頷く。


 すぐ隣に腰を下ろしたアイセルは、進退のない現状に嘆く。


「まったく、わびしことよ」

「わびし?」


 困ったことになったと言いたかったらしい。いつもは意味が分からないときは適当に流していたが、今日は気が抜けていたので聞き返してしまった。


「最近、使用人の若い娘にもよく聞き返される」

「……」


 アイセルは育った環境が普通ではなかった。なので、分りやすく喋れと意見出来るものではない。

 イゼットはこの話は終わりだとばかりに、無言でパンを袋から取り出して食べる。


 アイセルも綺麗な布に包まれた箱を取り出して、食前の祈りを捧げた後に手巾で手を拭ってから綺麗に敷きつけられたパンを掴む。


 正方形に整えられたパンにはイゼットの店で売っているジャムが挟んである。

 販売してあるのは、木の実のジャムと豆のジャムのみ。アイセルはその二つの味しか楽しめないということになる。


 だが、パンを頬張った彼女は目を細めながら食べていた。その表情を見れば美味しいと言っているのが分かる。


 無言でパンを食べ続ける二人。

 会話がないのはいつものことなので、気まずさはない。


 イゼットは最後に残った燻製肉と葉野菜を挟んだパンをアイセルに差し出した。


「ん?」

「交換」

「交換?」


 弁当に残った最後のジャムサンドを指す。


「ああ、そういうことか」


 アイセルは差し出されたパンを受け取り、自分のジャムサンドの入った弁当箱を差し出した。

 イゼットはそれを掴み一口で食べてしまう。


 アイセルは貰ったパンを見つめる。

 肉と野菜を口にするのは久しぶりであった。

 パン屋で貰ったリエットはすぐに無くなってしまったので、肉を食べるのはそれ以来になる。

 先日、兄から教えて貰った情報の中に、イゼットの家の食料は魔力が抜けているから食べても美味しいという話は聞いていた。なので、手にしてあるこれも普通に食べられるはずだと考える。

 素晴らしく美味しい魔法のパンではないことに若干がっかりしたが、はっきりと理由が分かってすっきりとした気分にもなっていた。


 食事を終えたイゼットは立ち上がり、離れた場所でパン屑を落としている。


 緊張の面持ちでパンを口にした。

 燻製肉は香辛料で味付けがされており、しっかりと噛めば旨味が出て来る。

 瑞々しい葉野菜はシャキシャキとした食感で、甘みがあった。


「……美味しい」


 ぽつりと呟いた一言は風が撫でる草の音がかき消してくれる。


 アイセルは食べることへの喜びを、一人で噛みしめていた。


 太陽の日が傾くような時間になれば、昼間に鳴り響いた鐘の音が草原に響き渡る。集合の合図だ。


 夕方まで大捜索は続いていたが、最後まで胸飾りは見つからなかった。

 明日も同様の調査をするとアイセルが言えば、隊員達より不満の声が上がる。


「隊長~、正規軍の猛者が発見出来ないのに俺たちが見つけることなんて出来る訳ないですよ~」

「何を申しておるとか! 我らも正規軍よ!」

「あ、そうでした」


 アイセルの言葉に隊員達がいちいち割り込んで冷やかすような事を言うので、話が終わる頃には辺りも薄暗い状態となってしまった。


 イゼットは愛馬を呼ぶ。

 一日中遊んで大満足の馬は尻尾を振りながらやって来た。

 その鼻先を撫でていれば、口元で何かがキラリと光っていることに気づく。


「お前、何銜えてんだ?」


 手を出せば、馬はその上に置いてくれる。

 ひやりとした触感。それが金属であることが分かる。

 角灯に火を点し、手の平の物体を確認すれば、猫の装飾品があった。


「隊長!」

「なにぞ」


 手元を照らしながら、猫の装飾品を示した。


「これは!」


 王女の胸飾りだとアイセルは言った。


「これは、いずこにて見つけた?」

「馬が持ってきた」

「馬? お主のか?」


 信じられないと言いながら、アイセルは馬を見る。

 イゼットは角砂糖を取り出してから、手柄を立てた馬に与える。


 アイセルが胸飾りの発見を他の隊員達に伝えれば、お祭りのような騒ぎとなる。


 翌日、王女より感謝の手紙が届けられた。

 その手紙を朝礼で読み上げれば、隊員達の顔もにやついていく。


「馬に負ける正規軍……」


 しばらく大人しくしていたが、我慢できなくなった誰かが噴き出せば隊員達は笑い出してしまう。


「なっ、真面目に聞かぬか!」


 もうこうなってしまえば止まらない。イゼットはアイセルの後ろで諦めの表情で居る。


 就業後、イゼットはアイセルに引きとめられた。


「なんすか?」

「王女が直接礼を申したいと」

「馬に?」

「お主にだ」


 正装は部隊の物置に置いているかと聞かれたイゼットは、そういったものは支給されていないと首を振る。

 普段来ている服とは別の、特別な式典などで着用する騎士服は一部の者達にしか配られていないのだ。


「左様であったか」


 会いたいというのは今日の話。突然のことでイゼットも顔を顰める。

 だが、断ることなど出来ないので、イゼットは渋々身なりを整えてから、アイセルと共に王宮へと向かう。


 厳重な警備を掻い潜り、姫君の元へと向かう。


 国の第四王女、アイシェ・トゥリン・メネメンジオウル。御年、八歳となる。

 謁見の間の椅子に座る姿は幼い少女であるにも関わらず、堂々としたものであった。


「あなたの馬が、胸飾りを探し出してくれたのね」

「はい」


 片膝をつき、こうべを垂れた状態で返事をする。

 頭を上げろと言われ、視線を上に向ければ王女と目があってしまう。


「お礼をしても?」

「?」


 アイシェ姫はぴょんと椅子から飛び降り、イゼットの元へやって来る。

 一体何をするつもりだと眉間に皺を寄せるイゼット。


 そんな愛想のない騎士に幼い姫は笑いかけてから、無防備な頬に口づけをする。


「!」

「お父様は、私がほっぺにキスをするととっても喜ぶのよ。あなたも、嬉しいでしょう?」

「……」


 周囲の視線が刺さるイゼット。

 言うべき言葉は一つしかないことを示していた。


「とても、嬉しいです」

「ふふ、良かったわ」


 これにて王女との謁見は終了となる。


 別れ際、ずっと黙っていたアイセルが、イゼットに質問をした。


「少し、よいか?」

「?」

「殿方は、女子おなごに口づけをされるのが重畳たるうれしい事なのか?」

「それは、まあ」

「……」


 アイセルは「なるほど」と呟き、イゼットには帰宅をするように命じる。


 その質問の意図を謎に思いながらも、家路に着くことにした。


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