道に迷って…。
こんな日に忘年会だなんて、優子が幹事だと言うから嫌な予感がしてたんだ…。
「りったん、どうせ一人なんだからみんなで盛り上がれてよかったね」
「・・・・・・・」
「あら、これでもまだ不満なの?じゃあ、二次会はカラオケだね!」
そう言って、優子は二次会に参加するメンバーを募り始めた。美人の優子に声をかけられて下心が見え見えのスケベジジイたちが鼻の下を伸ばしている。イケメンの若い社員たちは頃合いを見計らって次々に中座していく。ええい、こうなったらヤケクソだわ。
ハゲやデブのオヤジどもを引き連れて颯爽と歩く優子。はたから見れば同伴のホステスにしか見えない。服装からして、いかにもそんな感じ。この団体と一緒だと思われるのは嫌だなあ…。そう思って、少し距離を置いて歩いていたのだけれど…。
「りったん、早くおいでよ」
思わず知らんふりをしたけれど、優子は私のそばに駆け寄って来ると腕を引っ張ってぐいぐい歩いていく。周りの人たちがくすくす笑っている。なんて恥ずかしいんだろう。やっぱり帰ればよかった。このオヤジたち、家でパーティーをするなんてことはないんだろうな…。
「ねえ、優子…。私、やっぱり帰ろうかな…」
「なによ、今更。どうせ帰っても寂しく一人でパソコンをいじっているだけでしょう?」
「うーん…。私、カラオケって好きじゃないし…」
「そう?じゃあ、キャバクラでもいいよ」
「それって、女の子が行く所じゃ…」
「あら、若い子たちと話をするのはけっこう楽しいのよ」
「やっぱり、いいよ…」
「みなさ~ん、行き先変更!これからキャバクラに向かいま~す」
まったく…。優子ったら。人の話を全然聞かない子なんだから。
「おー!それはいいね。キャバクラ、一度、行ってみたかったんだ。こういう機会でもなければ、なかなか行けないからなぁ」
ハゲ部長が興奮して言う。腰巾着のデブ課長も手をすりすりしながらご機嫌をとる。
「たまには若い子のエキスを吸収するのもいいもんですなあ」
エキスってなんだ。あんたたちはキャバクラで何をするつもりだ。ああ、逃げたい。早く家に帰りたい。けれど、優子にしっかりと腕を取られてしまっている。こうなったら奥の手だ。
「あっ!ブタが空を飛んでいる」
「えっ!どこ?」
優子は顔を空に向けてキョロキョロしている。一瞬、私の腕に絡まった優子の腕がゆるむ。今だ!私は一気に腕を引き抜くとダッシュでその場を離れた。後方から優子の叫び声が聞こえる。
「ねえ!りったんったらぁ、空飛ぶブタはどこに居るのよおぉー」
そんなもの、居るわけがないだろう。と、言うか、そんなものを信じるバカが居たとは驚いた。さすが優子だ。期待は裏切らない。いい意味でも、悪い意味でもだ。
ようやく化け物たちに解放された安心感ですっかり油断していた。街を歩いているのはカップルばかりじゃない。チェッ!どいつもこいつも浮かれた顔をしやがって。私は一目散に駅へ向かうと、発車寸前の電車に飛び乗った。そこはお酒や香水やケーキの臭いなどがごちゃ混ぜになって、とても居心地の悪い空間だった。しかも、めちゃくちゃ混んでいる。
「あー!ごめん。ねえちゃん悪い!」
酔っ払いが私の足を踏みつけた。すごく酒臭い。謝らなくてもいいから、早く私のそばから離れてくれ!
「痛っ!」
「ごめんなさ~い。今日の電車は揺れがハンパ無いから」
今度は若い娘にヒールで踏まれた。これはたまらん。なにが今日の電車はだ。お前ら、電車に乗る時にはズックに履き替えろ。
電車を降りると、急に冷たい空気が体中にまとわりついて来た。
「寒っ!今日は家までタクシーで帰ろっと」
タクシー乗り場に向かうと、もの凄い行列。これに並んでいたら、何時になるかわからない。時計を見る。最終のバスはもう出た後だ。仕方がない。歩いて帰るか…。
「律子さん!」
誰かに声を掛けられた。辺りをキョロキョロ見回してみるけれど人影は無い。そう言えば、この辺りは出るって聞いたことがある。交通事故で亡くなった老婆の霊が。こりゃヤバイ!自然と歩様が早くなる。ん?待てよ…。今の声は老婆の声には聞こえなかったなあ。すると、クラクションが短くなった。
「律子さん!」
後ろから車が1台近付いてくる。私の横を通り過ぎたところで停車した。男の人が降りてきて手を振った。
「ちょうど良かった!」
「鉄人?どうして…」
「ちょっと道に迷って、たまたま通りかかったんだ」
道に迷ったって…。鉄人は東京でしょう。どう迷ったらこんな群馬の田舎までたどり着くというのかしら。
「乗ってく?ついでだから送るよ」
「い、いいんですか?」
ついでにしては、きっと、すごく遠回りなのだと思うけれど。
車の中は暖房が効いていて温かい。寒い夜道を老婆の霊に怯えながら歩かなくてもすんだ。安心したら急にお腹が減って来た。忘年会の席ではまともに食べることが出来なかったから。すると、お腹の虫が騒ぎだした。ぐーーー。イヤだ!
「ゴメン、腹へっちゃって」
お腹の虫は鉄人のだった。
「この先に美味しい水沢うどんのお店があるよ」
「いいね!ちょっと寄り道してもいい?」
「いいですよ。私もちょっと小腹がすいたので」
すっかりご馳走になっちゃった。鉄人は私を家まで送り届けてくれると、後部座席に置いてあった大きな袋を手に取った。キレイなリボンでラッピングされている。
「これ…」
「えっ?」
「メリークリスマス!」
「もしかして、このためにわざわざ?」
「今日、会えてうれしかったよ」
それだけ言うと、鉄人はゆっくりと車を出した。
部屋に戻って袋の中身を覗いてみた。シャンパンとそれを抱きかかえるようにくまのプーさんのぬいぐるみが入っていた。
「鉄人ありがとう!気を付けて帰ってね」