忠告
王女の乗っていない馬車を守っていた騎士たちは幅5メートル、両側を30メートル程の高さもある谷の中程まで来ていた。
嘘か誠かわからないが、一足の間合いでローゼンマイヤーの喉元に剣先を突きつけた黒髪の少女とその従者であろう深紅のローブを身につけた魔法使いを連れてくるという、彼らは谷の中程、ここで合流する手はずである。
ベルン第二騎士団参謀アーストは手元に残った200の兵力を要所へ配置しながら、腕組みをして、東西にのびた谷の彼らのやってきた後方、西側を見ながら思案していた。
魔物の襲撃の事前察知可能であったか、王女をこのまま東方へお連れするか、国元へ戻るか、しばらく思案したところで、西側から爆音が聞こえてきた。
谷全体に共鳴する程のもので崖から降ってくる小石を盾で受け流している。
グォーーーーゥ!
アーストは上空からやってくる蒼いワイバーンを見てとる。
!!
「弓兵! 魔法部隊は西方天井方向のワイバーンを視認次第、撃ち方始め! 一番隊、二番隊、三番隊、東側へ後退、急げ!」
下降してくる蒼いワイバーンに騎乗している人物が居るのに気がついた。深紅のローブでも黒髪の少女でもなく、金髪で全身黒い鎧に身を包んだ男のようだ。
「退避よし、トライデント、撃ち方始め!出し惜しみするな!」
だが、それも遅かったワイバーンの魔法壁は弓でも魔法でも崩す事が出来ず、トライデントは致命傷どころか満足に当たりもしていない。
「おそい! 展開遅いつってるだろ」
黒鎧の人物と蒼いワイバーンはアーストたちから高さ10メートルほどまで下降したところで滞空し、対峙した。
「くっ、殿下をお守りしろ!」
ワイバーンの上の黒鎧の戦士が背中の大剣を抜き両手に持つと
「遅いつってるだろうが〜っ!」
と言いながら、剣を振り下ろした。
剣から衝撃波が谷底をえぐる。十重に重ねた重装歩兵の盾が歩兵共々飛んでいく。
「こっちは王女の命さえ獲れれば依頼達成だ。さっさと終わらせて帰んぞ。」
依頼……? この言葉に引っかかり、アーストはワイバーンの上でよく見えないが、黒鎧の男を観察する。
金髪で漆黒の鎧、声からするとまだ若いようだ、そして、一番の特徴は耳だ、長くヒレのように先に行くに従って薄く広がり軟骨が鋭角に出ている。
龍人族であった。龍族はめったに南方には出てこない、北方に主に生存する種族でドラゴンから人型へ進化し、上位の竜族よりも短慮とされている。
「ここには王女殿下はおらん! 逃がしたわ、馬鹿め!」
「チッ、人族のくせに! まぁ、良いさ。ゴブリンやオークどもは契約召還してる奴らだからな、くる途中で見つけた奴ら共々森ごと焼き払うよう念波で伝えるだけだぜ。教えてくれてゴクロウサン。ハッハッハ……。 って、な、なんだこの波動は……」
龍人は嫌な汗が一瞬で吹き出してくるのを感じ、後ろを振り返る。
アーストはその波動に気がつきながら、ギリギリの時間で間に合ってくれたことに神に感謝する。そしてそのアーストの真横へ深紅のローブを身につけた和維が着地した。アーストも黒髪の女戦士がくるものと思っていたが、来たのが深紅のローブだったことに若干違和感を覚えている。ただ、今は背に腹など変えられない。アーストは深紅のローブの人物へ言った。
「すまん、すぐにあの龍人を討ち取ってくれ、王女が危ない!」
和維はアーストをみてこくりと頷くとヒヒイロカネの杖を龍人に向ける。
その時、龍人族の男はニヤリと左の口角をあげる、そして両手を掲げ、振り下ろす。和維は龍人に向かって赤い火の玉を放ったのは同時だった。
放った剣の衝撃波は馬車にたどり着く前に何かの壁にぶつかり掻き消え、赤い火の玉も龍人に当たる前にこちらも壁に阻まれる。どちらもぶつかった空間が少し揺らいでいる。ワイバーンも龍人もその空間の中に閉じ込められてしまっているようだ、逃げようにも、動けないでいる。そして、左目にまた勝手に文字が表示され始める。
−主様、この結界は貸しとくよ〜。それとその龍人もあんたが造った人には違いない。それでも殺すかねぇ−
−それは、どういうことだ。それにお前はさっきから誰なんだ。天使じゃないだろう−
−そう、わたしは天使じゃない。三次元最高神が一人クロス。 まぁ、それはどうでも良い今度話すさ、それよりもだよ。今の主様は人族だねぇ。で、龍人も人に違いないって言ってんだねぇ。主様の居た世界には人族しかいなかったろう、ここにはエルフ族、ドワーフ族、龍人族、ホビット族、ノーム族、そして、人族だよ。で、龍人族も人族だっていってんだよねぇ。それでも殺すの?−
−しかし、こいつは……−
−こいつは? そう悪い事してるんだよねぇ。ちなみにこれはゲームじゃないんだねぇ。PKしたらPKKされる。でもPKKはこの世界では英雄って訳じゃない。だって現実だもんねぇ。単なる人殺し、いや龍人殺し。この龍人にも家族があって、歴史があるってのさ。だからといって殺すなって事でもないけど、そこのところは頭にいれといてほしいんだなぁ。−
−いまいちわからないけど、とりあえず、よく考えろってことはわかった−
−まぁ、それでも良いんだねぇ。どっちにしても、今回の判断失敗してた、と思ったら、次にはその失敗をしなけりゃいいだけなんだねぇ−
−わ、わかったよ−
−がんばってねぇ。主様。結界解くねぇ−
和維が龍人に目を向けると、ちょうど、龍人とワイバーンが枷をとかれ落下を始めていた。が、ワイバーンは一瞬とまどったものの大気をつかみ揚力を得ると一気に上昇に転じる。
慌てた龍人たちに隙が出来たのを見てとると、すかさずアーストは隣の兵からトライデントをもぎ取り、魔力をのせてまっすぐ龍人の心臓へと投擲する。龍人の心臓を貫いたトライデントはその勢いのまま貫通して飛んでいく、龍人は心臓をうがたれた身体の前後の穴から勢い良く赤い血を噴き出しワイバーンを血に濡らす。血は地表にいたベルンの兵士立ちにも降り掛かった。
龍人は力なくワイバーンの背から落下し、ワイバーンが顎門で銜え持とうとするが、すでに遅く地面に落ちていく。10メートルほどの場所から叩き付けられ、骨折のときの鈍い音と黒い鎧の金属音、そしてワイバーンの羽音が響く。
グォーーーー……
ワイバーンは力がなく嘶くと、翼をはためかせ夜陰にまぎれていった。
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