初陣
和維は膝をおると、ミカに小声で「主様、人間などに……」と小声で咎められつつ、その兵士たちに向かって声を上げた。
「第三王女殿下の御一行とお見受けいたします。大天使ミカエル様からのご要請により、ご助力に推参致した次第、末席にお加え下さいますようお願い致します」
軽装鎧の兵士たちは「は?」といって顔を見合わせると、そこから逆に走り始める。ミカもこんなところで素性ばらしやがったというような顔を向けている。
兵士たちは、こんなところで待ち構え、それに加えて背後から助力に来たなど怪しい事を言う連中が立っていたのだ。撤退という選択は当然の反応ではある。ただ、それにしてもその撤退速度が早い。谷への斥候より逃げる方がとても早かった。
あっという間に、馬車の一団のもとへ着くと、兜の下からでもわかる髭をたくわえ、少々青く輝く鎧を来た壮年の兵士に何事かを話した。和維の左目球体ディスプレイにはその壮年の兵士の頭上に騎士団副団長の称号が見える。
その副団長はこちらに少し歩みより、よく通る、が、渋い声で和維たちへ話しかけてきた。
「いかにもベルン王国第三王女殿下が隊列である。今は窮地なれど、大天使様は永き事この世からお離れになられたと伝わっておる。もし、真に大天使様が御使いであるならば、証明を頂きたい」
副団長は腰から剣を引き抜き、すでに抜刀している他の騎士たちとともに、こちらへ剣先を向けた
「なくば、まかり通る!」
和維はその口上と揃った団体行動にちょっと拍手しかけたが、それもまた、ミカに見咎められ、すんでのところでその手を止める。
(ちなみにその手の動きに騎士たちが若干後退したのは魔法使いが魔法を放つかと感じたのだろう。)そして和維は、杖を大地へ突き刺すと、両手を上げて、抵抗しない旨を示した。
「ミカ、ちょっと、副団長さんのところにご挨拶いってあげて」
ミカはその言葉に軽くうなずき、次の瞬間、馬車の横にいる副団長の喉元に、金色の剣を突きつけた。黒髪は少しも揺れなどはない。
−あ、自分が大天使ってばらしちゃダメだからね。−
−わかっておりますよ。おおっぴらに動けませんし。−
「これで証明になりませんでしょうが、少なくとも我々が魔族であれば、問答無用に切って捨てることも出来たとお考えください。それをしなかったのが唯一の証明ということで」
と言ったところで、馬車の近くに直径1メートル程度の岩が落ちてきた。上を見れば、大小続けて降ってきている。
「よろしいですね?」
副団長がコクリと頷くとミカは剣を戻した。
それを見た和維がすかさず、言葉をつないだ。
「ここは食い止めますので、皆様は谷へお入り下さい」
そう促されると騎士たちに(ローブを来た者たち合わせて)200名程度は馬車先頭にして、谷へと入ってゆく、ただ、副団長以下、10名程度はここに残っていた。
「早く行って下さい」
「魔物の数は1000に下らん、二人では無茶だ。我らもここで食い止める!」
−かえって邪魔なのかもしれないけど、大丈夫かな?−
−わたくしが魔法を使用して構わなければ。彼らに剣を交えさせる事なく、終わらせますが−
−あぁ、それは僕にも出番なくなりそうだから、却下で。魔法の練習をしたい。引きつけるだけ引きつけて、彼らも少し剣を交えてもらおうよ−
ミカが盾や魔法で飛んでくる岩石を粉々に砕きつつ、和維は谷を背に、前方の赤い表示がジワジワと迫ってくるのを読み込んでいた。
「ちょっと練習」
和維は杖で50メートルほど先の大きな木を指し示し、炎で燃え上がるのをイメージした。最初は空気の揺らめきがあり、夜になりかけた一帯にその木が大きな松明のように燃え上がる。ちょっとイメージしたよりも大きい炎だ。そして、木自体もそこまで小さくなかったが、すぐに燃えかすとなって、木塵となって消えてしまった。
「主様、力が強すぎます。もっと力を押さえて下さい。もっと小さな火をイメージしないと、原型止めませんよ」
「わかった、次は大丈夫、でも、照準は合ってたから良しとするよ。よし、次は本番行くよ。複数を標的にできるかな」
和維は左手でこめかみに手をやる。
返答があったところで、魔物の第一陣がこちらを見つけた。どうやら、先ほどの燃えた大木が目印になったようだ。迫り来る慎重2メートル程の豚面の魔物が4体、人間より小さく耳が少し長い魔物が10体現れた、鎧をつけず毛皮で身体を覆っただけの姿、そしてどれも涎を垂らし、目は赤く血走っていた。それが近づいてくるにつれ、和維はゲームとはやはり違う感覚に襲われ足がすくんでしまう。
「おい、しっかりしろ! 初陣か貴様」
そばに居た副団長が、和維の頬を殴りつける、突然の事と力の加減がされていないせいか、和維は1メートル程ぶっ飛んでしまった。ミカがこちらに来ようとするのを和維は目で制すると、痛いふりをしながら起き上がる。
「すみません。ありがとうございます。」
「出来る! お前は出来る! 大天使様の使いで来たくらいだ、お前は出来るのだ! やるのだ!」
副団長は軍事教練か何かのノリで和維の目を見て鼓舞をした。
和維は杖を振り上げ、頭を振り自分を取り戻してから魔物たちを睨みつける。
−入力、この左目って俯瞰視可能?−
−光の屈折を利用頂ければ上空の画像を左目に展開可能です−
和維はふむふむと右目を閉じて左目をゆっくりと上からの画像になるようにイメージする。50メートル範囲がクリアになるような高さで止めると、当たりの複数の魔物に目をやる。魔物の目線も感じなくてこちらの方が今は恐怖心もなくていい。
−あとは、複数の目標へのターゲット固定支援もこの左目で可能?−
−主様オッケーですよ〜−
心に気の抜けた天使の文字列が飛んできた、だ、誰かに交代したのだろうか。なにやらチャットの雰囲気すらしてきた。まぁ、そのおかげで和維の肩からも力が抜けていったのだが。
和維は杖を指し示し、襲ってくるオークとゴブリン全てにターゲットした。
一体のオークがミカに真っ正面から「オンナ〜〜〜っ」と襲いかかる手前で、和維は魔法を発現させる。
ヒヒイロカネの杖は赤い炎、青い炎、稲妻をまとった火の玉を10個次々に打ち出す。
赤い火の玉は一番近くのミカを襲ってきたオークに当たり、オークが後ろにはじきとばされて、黒く焦げていた。
青い火の玉は後ろに続いていた、オークやゴブリンの密集してきたところに数個、それぞれプログラムされたターゲットに正確に当たり、周りの魔物を飲み込み消し炭にしていった。
さらに、稲妻をまとった火の玉は、初弾(赤い火の玉)がオークに当たった時点で逃げ出そうとしていたゴブリンを追尾していった。ゴブリンはひたすら逃げ、この道の始発点だろうところへようやくと戻ってきた。この夜道、和維の俯瞰の視界からも外れた所で、稲妻の轟音とともに炎があがり、一面低く覆っていた白い煙が赤く照らされる程の巨大な炎の柱が出現した。
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