加減
クルトは自分に身体強化を施すといつもの雰囲気とは出力が桁違いであることに気がつく、その魔力の発生源は間違いなく、自分に与えられた新しい右腕であるが、いま、とやかくツッコミはするまいと、いつもの自己強化術式を解除して、初歩的な身体強化のみに切り替えた。そうでもしなければ魔法強化が上を行き過ぎて、自分の骨が砕け、筋繊維がちぎれるというアンマッチで動けなくなることもあるからだ。
『速度強化Level1、筋力強化Level1、自己治癒Level1』
右腕の魔力によって魔法影響度が格段に向上してしまっているため、クルトは筋肉の違和感があり、念のため自分自身へのヒールも発動しておく、戦闘中に持続起動させればすぐに魔力の枯渇をしそうだが、見えない右腕をみてその心配もなさそうだと刀をしっかりと握る。
「クルト、良いかな」
和維はまた無詠唱で身体強化をしていたようで、その身体には神々しいばかりの光を纏うまでに強化している。つくづく手加減する気がないんじゃないかと思う。クルトならこんな化け物は相手にせずに来た道を、後ろを振り向くことなく、一目散に逃げる自信すらあった。
そのように考えているクルトはかわいそうにと、地龍人たちを見てみる。若干戦意を欠いたのだろうか、ジリジリと一歩ずつではあるが、間合いを詰めてきている。
「南無三…。良いですよ。一番槍は頂きますよ!っと」
クルトは右腕に刀、左腕に小刀を持ち、先頭の地龍人と目を合わせた。まだ穏行していないので、地龍人たちは大きな盾を前に出し、槍の刃先をこちらに向けて、腕を後ろに引き絞る。
「いいねぇ。良い反応だ。俺が単なる人族だと思うなよッ」
地龍人たちの槍がクルトの進撃予定ポイントに突き刺さる、強力な槍の一撃で地面は抉れ、土埃が昇る。クルトはその槍の一撃をバックステップで避け、槍の柄を踏み台に盾を蹴上がり先頭集団の頭上を越えて向こうにフラリと中腰に着地する。
地龍人たちはこの時貴重な一瞬を失う。必殺の一撃が効かなかったばかりか、間合いに入られるという失態、抜剣も間に合わない。それどころか、蹴りを入れようとすれば、その足は斬り捨てられ、抜剣しようとした右腕は肘から下が消えていた。
『唸れ、竜巻』
反撃の猶予を与えることなく、クルトは風魔法を打ち込む、体力を削ぐ必要なはない、自分自身から障壁に後退させれば良いのだ。クルトの両手から突風が氷の障壁の方向へ押し出される。いかに地龍人とて、いきなりの突風には耐え切れず、氷壁に突っ込み、戻ろうとする姿勢のまま彫像となり、後から突風で飛ばされた別の地龍人がぶつけられ、粉々になっていく。
地龍人たちはクルトの周りを取り囲む、彼の一挙手一投足を注意深く見つめている、魔法兵が混じってきたのか、辺りに別の結界を貼り直しているようだ。
「そろそろかな」
和維はそう言うと、ヒヒイロカネの杖の飾り部を下にして剣のように両手で持ち、姿勢を低くして地龍人たちに向かって間合いを詰める。その時間は一瞬だった。
和維は目の前を塞ぐ地龍人の足元をなぎ払って、彼らの足を砕き斬る。その瞬く間のできごとに、周囲の速度が緩慢となり、足を砕かれた地龍人はゆっくりと地面に崩れていく。
ドサッ
その音にようやくとクルトを取り囲んでいた地龍人たちがこちらを向く。
「遅い。気がつくの遅いよ。あ、その剣借りるよ」
和維は杖を亜空間に戻すと、足元に転がった地龍人の佩刀をスルリと引き抜き、手元の感覚を確かめながら、二度、三度と素振りして剣自体の耐久度を計る。
「ちょっと切り結ぶって感じじゃないな」
クルトが周りをけん制しながら、自分の直刀を貸そうかとも思いつつボロボロになった自分の愛刀が返却される光景がよぎって、それを止めて返答だけする。
「日本刀じゃないんで、そういうふうには出来てませんよ。打ち据えるって調子で」
「了解。んじゃ、ちょっと行ってくるから、吹き飛ばされないように気をつけてね」
「…吹き飛ばされる?」
ちらっと和維をみると、剣を両手で持って刀身を敵に向けて後ろに思い切り振りかぶった。地龍人たちは和維の隙のできた格好を見て一気に間合いを詰め、槍衾を押し立ててくる。
一瞬のあと、一陣の突風とともに槍衾は微塵になり、クルトも組み伏せた地龍人をオモリにして風を凌ぐのでギリギリ、そのおかげで100メートル以内にはすでに地龍人の姿はない。視線の真ん中には、刀身がボロボロになった剣だったもの立って見つめる和維の姿があった。
「…脆い。一応強化したんだけどな」
「そしたら、さっきの杖でいいでしょうが」
「アレ使ってると倦怠感みたいな感じかな、ちょっと疲れるんだよね」
ドゴーーーーン
その時だ。空中でいきなり衝突音が聞こえ、その音の中心部と思わしき部分にヒビがはいった。
ドゴッ バリーーーン
再度、ヒビから音が聞こえたかと思うと、空間がガラスのように割れ、黄金の鎧を身にまとった黒髪の少女が白銀の剣片手で、そこから表れ出て、必死に五感すべてであるものを探すと、緋色のローブを纏った自分の主人の姿を見出す。
「主様っ!」
「ミカ、早かったじゃないか」
「早かったかじゃありません! トレースの途中でいきなり姿消しちゃうし、こちらは大慌てですっ、それを見ていたコンスタンツェさんやアーストさんでも思念追っかけられないし、こっちの様子見て何してんのこの子って感じで見られるし、ナディーンはオロオロしちゃうし。そのうちクロス様から消えたポイントに行けって怒られるし、消えたポイントに来てみたら、構成要素がわからない結界でここら辺一帯が覆われてるしで、もう大変です!」
ミカは一気に小言を言い終わると、空中から和維の足元にゆっくりと舞い落ちると同時に跪いた。
「ご無事でなによりです。主様」
和維もクルトも顔を少し引きつらせて呆然としてミカの跪いている様子を眺めている。
「……ヒクよね」
「…正直、どっちかにしてもらわんとヒクでしょうなぁ」
ミカはわざとギラッとする目のまま傅いていた顔をあげて和維を見た。よくみれば、その目には少し涙がたまっているようで赤い。和維はそれをみると、ミカの頬を触って伝う涙を拭った。
「ごめん。心配してくれていたんだよね。ごめんよ」
ミカはただされるがままに、昔、マスターにしてもらったのと同じようにただ、その手の感触を頬で感じている。温かくて優しい。
「まーだ、敵さんのど真ん中なんですがね。そういう、うっとりとした目は宿に帰ってからでもしてくださいや」
「あっはっは、ごめん、そうだね」
「『そうだね』なんて……。わたしは主様にお使えする身ですので、(わたしを)ご所望でしたら(
拒みませんが)…」
と、シナを作ってみせる。が、ミカは二人からのイタい視線を浴び続けてようやく居住まいを整えた。
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