気鋭
和維は結界を解いた後、クルトを送り出してギルドカウンターからこちらを見つめていたナディーンに心配ない旨を話していた。
濃密な殺気を浴びていたせいか若干気疲れした雰囲気で顔は少し青く唇は紫になっている。
「カズイさん、あの人は……」ナディーンはあの男が出て行った出入り口の方をふっと見つめ、怖くなって視線を和維とミカへと戻した。クルトが居ないにもかかわらず先ほどの殺気が濃密に纏わり付いているようでまだ心の中から怖いと感じる。
「カズイさん、あの人誰なんですか?」
「あれは、クルトって言ってね、さっき殺しにきたんだけどね。仲間になってもらったんだ」
ナディーンはミカを見て、ホント? 聞くと、ミカは和維の方を見やってから頷いて返す。
「非常識ですよねぇ。うちの主様。本当にそう思います。私も」
「非常識というか、聞いた事が無いので非常識というか前代未聞? ですか」
ギルドで事務を担当して多くの冒険者を知り、自らもBランクの冒険者で、ある程度知名度や知人の多いナディーンですら、自分を殺しにきたという者、ましてや相当な手練を仲間にするなどとは聞いた事が無かった。せいぜい、盗人徒党を組むようなところどまりだった。
和維はにこやかに、その二人の会話を聞いている。だが、その会話には入って行かない。行けなかった。左手で左目が閉じているのを隠して、その左目の中では、大量のログとクルトのステータスがめまぐるしく変化を見せている。最初はクルトのすぐそばを俯瞰していたのだが、途中から追いかけられなくなってしまったので、現在はログだけでの表示となっている。
そのログは、ときに相手の精神を干渉する洗脳魔法実行メッセージだったり、迎撃用の風魔法だったり、今のところ、命を奪うというところまではいたって居ない。そこに少し安堵して、ミカとナディーンにお願いの目を向けた。
「ミカ、悪いんだけど、Eランクの討伐クエストで良いものを選んでくれないかな。僕は十分に見たから、高額で、依頼達成期限が迫っていたり、村や町からの緊急要請でも良いよ。ちょっとナディーンもミカの相談にのってくれるとうれしいな」
和維は、ナディーンとミカを見てはにかむ。すると、ナディーンは、わかりました! と言って掲示板に進んで行って何枚かの紙をとって、テーブルに並べ始める。和維は右目もつぶり。両方の目を閉じると、先ほどクルトが使っていたように自分の周りに自分のことを気にしないように想う。いわゆる隠遁の魔法を使用した。
ミカは気がついたようだが、ナディーンはミカにこのクエストは、など説明をしている、気がついては居ないようだ。
和維はなんとなく、クルトが無理をしているような感じがして、目を閉じると自分の感覚をクルトが居る方へ延ばす。先ほどの空間魔法と共に自分の意識をクルトに括り付けている。その目印をたよりに意識を全方向に飛ばす。これは今朝ミカが隣で寝ているときに、猫VS鳩の戦いで色々と実験した結果だ。鳩への視覚同調や防御魔法発動、そしてどの場所への転移など、遠隔でのイメージ操作なども神界のサポートもあるがほとんど自分で操作している。
クルトは南地区と西地区の境界辺りの地下迷宮に来ていた。元々は巨大ダンジョンだったところにこの王都は人が集まり、市を形成し町となって、現在の王家が所有するに至って城が造られた都市だった。
彼は水路の湿気で生えた苔に足をとられることなく迷宮を進む、所々で自分の部下だった者たちや裏ギルドの知人たちに命を取らぬ友好的な別れを告げつつ。暴力で訴えかけてくるものにはそれなりに肉体へ身の程を知らしめる。
地下3層、目指す場所が見えてきた、奥の扉の両脇でろうそくの灯りが黒いすすとともに辺りへと散っている。
クルトが扉に立つと扉は向こう側から内側に開いた。中には円卓があり、そこにはローブを目深に被った者たちが扉に立つクルトを出迎える。クルトが扉の中に入ると右側にいる者が立ち上がった。
「裏を抜けると? 本気ですか……」
クルトより少し若い男の声が、この立ち上がったローブの者から凄まじい殺気とともに発せられ、瞬間的に扉の両側にいた男たちは扉を勢い良く閉めて向こう側に逃げて行った。
「穏便にいきたいんだがねぇ。ダメかい」
クルトは筋肉と関節の緊張を解いて、その男一点を見つめる。緊張を解くのは如何なる方向へも行動する為、さらに一点を見つめるのは視界を広げるためだ。そして、ゆっくりと呼吸を止める。
「…二人とも」
もう一人の座っている方の者が、殺気で包まれた空間の中、穏やかに、しかし威厳のある声色で口を開いた。ローブ越しで顔も見えないが、老人の男性の声だった。テーブル越しに立っている二人とは正反対に殺気などを放つ事無く、ただ静かに言った一言だった。だが、その二人ともが背中に寒気がはしるのを感じる。
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