邪気
謁見の間から出ようとしたところで、3人は後ろからガチャガチャと鎧の音が近づいてくるのを聞こえ、振り返った。今まさにいた王座の方向から深紅のスーツアーマーを着込んだ近衛騎士が走ってくる。
「お待ち下さい。陛下がお呼びです」
アーストとコンスタンツェは二人してローゼンマイヤーに目を向ける。ローゼンマイヤーは仕方ないと肩をすくめつつ、近衛騎士に言葉を返す。
「あいわかった」
ローゼンマイヤーは王座の方に向かって歩き始めると、近衛騎士が残った二人の方にも視線を送って言った。
「アースト様もコンスタンツェ殿も。とのことです」
アーストは頭をかき明後日の方向を向き困り顔だ、コンスタンツェがその頭をかいている男を少し恨みがましく見る。
「仕方がないね。この悪ガキには貸しが有り過ぎだ、ローゼンマイヤー、あんたに貸しだからね」
「わかっとる。死ぬまでには返すわい」
「すぐ取り立てるからね」
コンスタンツェは嫌みなく笑って言って、ローゼンマイヤーの隣に行くと三人は近衛騎士先導のもと、謁見の間を王家宮殿の方向に出ていく。
王城は文官と武官の為の施設だが、宮殿は王家の為の施設であり、王城はそのシルエットが変わらないが、宮殿は王の世代交代によって立て替えなどが発生する北区画でも稀な場所のうちの一つだった。
そんな姿を変える宮殿との間には外壁の無い柱と屋根だけの廊下で続きがあり、いざという時はこの廊下を壊すことで宮殿の王家、その血統を守るようになっており、その場合、補強の為の外壁は無駄に解体時間を浪費するので設けていない。もちろん、外壁が無ければ風雨などの心配があるが、王家が通る場合、宮廷魔術師の結界などではじくので、それもいらぬ心配のようだった。
三人はその廊下を通過すると宮殿の王家が私的に使用する特別な部屋の前に案内される。ここには家臣などは全く入る事が許されない、非常に私的な場所であった。
この扉の前に来るとコンスタンツェは一人、身を引き締め、自分の格好がおかしくないか、髪など梳いてくるのだったなど、謁見の間の方が本来重要な場にも関わらず、それを考えて、頭、自分の服に入ったしわなどを気にしている。
近衛騎士がそんなコンスタンツェが落ち着くことがないだろうことがわかっていたが、自分でも着任時はそうだったのだから、一向に手や仕草が収まらないので、一声かける。
「コンスタンツェ殿、そろそろ……」
「…あ、あぁ…そうだね…」コンスタンツェは気もそぞろである。
近衛騎士は、他の二人を見て、ローゼンマイヤーが頷き返すのを見ると、扉をノックして中から返事があるのを確認して、ゆっくりと押し開いていく。
中は必要最低限の装飾が施された調度品が必要な分だけ、配置されていた。ソファーなども冒険者ギルドにあるものの方が、数段豪勢なものだ。このような調度品なども効率と能率のみを重視し自分の自由にできる範囲、このように宮殿内に一切の余分を削ぎ落としたのも、変人と言われる王の一面であった。
「近習ご苦労、何かあれば呼び寄せる故、下がって良いぞ」
王は近衛騎士に向かってそう言うと、部屋の中に居た近衛騎士二人も含めて、三人が王へ敬礼して外へと出て行き、扉を閉める。
部屋の中には謁見の間にいた王、その右側にカロリーナと小さな冠をつけていた青年がそれぞれソファーに腰掛けている。青年と王はここは私的な空間でもあるため、冠をつけては居なかった。
近衛騎士が扉を閉めるとローゼンマイヤー、アースト、コンスタンツェの順で王に近寄っていく。
「はよう座って下され、義父殿」王はローゼンマイヤーにそう言うと自分の左側の席を奨める。
ローゼンマイヤーは座りながら王へと声をかける。
「ゲオルク。ちとやり過ぎではなかったか。貴族どもが反発するぞ」
「お爺様! 王家はそのようなことでは揺らぎません!」
カロリーナの横に座る青年が声を上げた、カロリーナより少し幼いが、その目は父である王そっくりで、まっすぐな瞳でローゼンマイヤーを見つめる。
「……ユーリウス」王は顎を少し突き出し、鋭く目を細めてカロリーナの隣に座る青年を見つめた。ユーリウスと呼ばれた青年は父王のその目を見て背筋をのばすとうつむいて、自分の膝を見る。その口元は何か言いたそうではあるが真一文字に結ばれている。
「ゲオルク。そうそう子供にそのような目をするものではない。そしてこの場では、言いたい事を言わせるが良かろう。次代の王であるぞ」
「甘く育てても良いことはありませんな」王はローゼンマイヤーに目を移す。それを遮るようにカロリーナが王に話しかける。
「……そ、それはともかく、お父様、そのような言い争いの為にお呼びになられたのですか?」
王はその言葉を待っていたかのように、ニヤリとする。その表情はアーストのしたり顔と似通っている。
「そうよな」王はそういうと、ローゼンマイヤーとコンスタンツェ、アーストと順番に見ていく。
「自分たちだけで面白いものを独占するというのも、どうかと思うぞ、それに我からも娘を無事に王都へ送り届けた礼をせねばな」
王の左側に座る三人は一様に言葉を出せずに、王の言葉の奥を探った、が、その笑顔ともとれるその表情から真意が全く読み取れず、ローゼンマイヤーとコンスタンツェは王から一番離れた所に座るアーストへと自然に顔を向ける。
アーストは二人に丸投げされた事をすぐに理解すると仕方ないと心を決め、王の方へと顔を向けて返答する。
「お恐れながら、陛下、カロリーナ様を娘と仰られるからには私人として礼をしたいという事で、よろしいですか?」
王は再びニヤリとして、アーストに言う。
「久しぶりにここへ来たのだ、もう少しくだけた言い方もあろう、従兄弟殿。先王である兄が生きていれば、そもそも貴方の国であったはず」
アーストは目を伏せる。そこへローゼンマイヤーが口を挟んだ。
「まぁ、その話しはよかろう。会わせれば良いのだろうが。会わせれば」
その言葉にアーストがローゼンマイヤーをジロりと見ると同時に王はニィと笑顔になる。
「コンスタンツェ、ローゼンマイヤーの許可が降りたようだ。会わせてくれるよの」
「ボケ老人使うのは良くないねぇ。まったく、この悪ガキどもが」
コンスタンツェは自分の隣にいるアーストと王をつづけてみて言った。
「悪ガキってのも久しぶりだな。冒険者として修行した時の事を思い出すようだ。そうだ! ユーリウスもそろそろ修行に出すか!」
「冗談お言いでないよ。もうアノ時の面倒は繰り返したくないからね、ご免だよ」
「そ、そんな……。今度は自分も父様のように修行しようと心に決めていたのに…」
今度はユーリウスがまた、うつむいてしまった。
「とにかく、この国ではダメだ。カロリーナ殿下と同じようにお隣にでも行っとくれ。あたしの目の黒いうちは本当にダメなんだよ、許しておくれ」
「父様も伯父様も何をされたのですか?」
王はコンスタンツェとユーリウスのそのやり取りに、ヤバいという顔をしながら、アーストを見て言った。アーストも仕方なしにその目に頷き返している。
「それは、また、考えようぞ。とにかく、アースト、コンスタンツェ、私人ということで構わん、その冒険者に会わせてくれよ。日時はこちらからまた伝えよう」
コンスタンツェもローゼンマイヤーも頷いた。
「陛下、おすすめはしませんので、それだけは厳にお忘れないように」
アーストはそう言うとユーリウスが何か言いたそうに口を開きかけたが、カロリーナが膝をつかんでそれを止める。
ゲオルクはアーストに向かって、「わかった」と一言、アーストの腹の内をつかみきれない様子で応えたのだった。
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少しリアルがデスマーチの様相になってきました。
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