宿屋
名も知らない冒険者のうち一人が果敢にも呪いの主を追いかけようと声を荒げた瞬間、紙が乱舞し肉片一つ残さず消え去っていった。
そんな時、和維とミカは東の大門近くの周りと同じような白壁4階建ての『ホテル・コンラッド』と看板の立てられた建物に辿り着いた。普通のお店より、間口は大きく、両開きの扉は常に開いているようだ。一階は食事や酒を出せるように食堂となっているのだろう。
中からはハープだろうか、綺麗な音色とその音色に合わせたアルト声が、何かを物語っているようだ。吟遊詩人だろう、この頃の彼らは昔話の語り部として、時に自国の英雄譚の語り部として、そして、一部の吟遊詩人は国に使える者もいたという。
和維とミカは、入り口から眺めて、いいねぇ小説で読んで想像してたとおりの宿屋だねぇとか思いつつ。それは唐突に中から大きな声で、呼びかけられた。
「おら、ひよっこども! そんなところに居ないで早く入ってこい!」
和維はこの大声の主を探すが、それらしい人影はあたりに見えない。誰かのいたずらかとおもったが、左目で魔法の気配を探知したがそれではなさそうだ。そのきょろきょろとして和維の様子に周りから失笑が聞こえる。ただ、和維に対してのモノではなく……。
「ばっかもんが〜〜〜! こっちじゃい!」
和維が声の主を見ると、先ほどのホビットと同じくらいの背丈だが、顔が二倍くらいで、その大半が髭に覆われ、頭には茶色がかったバンダナを巻いたドワーフがいた。声の大きさからいって大男を想像していただけに、ちょっと拍子抜けして和維がぼーっとして見とれてしまった。
「なんじゃ〜。何を見とるか〜」
「親爺のハゲ頭じゃねーか〜」
どこからかチャチャが入って、みんなが一様に大笑いしている。
「うっさいわボケども、お前らが生まれていない頃、現役だった時にはフサフサしとったんじゃ。そう! あれは北の山脈を超えて越冬中の金色のグリフォンと戦った時じゃ…」
「あんた! そこの子たちが立ったまんまでかわいそうだよ! 昔話してんじゃないよ、まったく、椅子とテーブル用意してやんな!」
奥の厨房から三角巾をつけているが顔の大きさはやはりドワーフ族のおばさんが声をかけてくれた。
「怒られてやんの。その話し何度も聞いてるって」
「やかましいわい! まだ信じないというか、そのグリフォンは通常のぐり……いてっ!」
厨房から的確に何かの種らしきものが飛んできて、ドワーフ親爺の頭を直撃した。
「早くしな!」
ドワーフ親爺は「わかったって、云えばわかるって」とひとしきり呟きながら、食堂中央辺りにテーブルと椅子を二脚用意すると、和維たちに手招きする。
「こっちじゃ、こっちに座れ、うんうん。あ! そっちのお嬢さんがこっちの方がよいじゃろ、その後ろのヤツは女癖悪くてな、坊主はこっちだ。」
うるせーじじぃとか言いながら、後ろにいる皮鎧を着た男や、その周りも、温かく笑っている。
和維はそれを、見ながら、心の奥が少し温かくなる気分がした、家族が居ればこういう感じだったかもしれないと。施設では大人数で同じところで食べても、会話などなかった。大半はDVを受けて逃げて来た親子や、和維のように捨て子だ。
それぞれ食堂に集まるが、何も話しをしないことも多かった、それだけ、持っていたなにかが多かった、勿論、施設の職員たちがいる間はそれなりに話しに交流を持たせたりしていたが。
と、和維がそれを思い出していたら、ドワーフ親爺が和維の肩口をどーんと叩いてきた。
「男ならちゃんとせんか! ちゃんと! 良いか、男というのはな…」
(ゴキン!)
厨房から出てきたドワーフのおばさんがフライパンで親爺の後頭部を叩いた。
「ごめんよ、うちのは話し好きなもんでね、いらっしゃい。あたしはノーラ、あれは亭主のヘルマン。歓迎するよ、コンラッドへようこそ」
ノーラは優しいまなざしを向けていた。和維とミカは座ったまま、軽く会釈する。
「僕はカズイです。この子はミカ、先ほどナディーンに聞いて、こちらで宿をお願いできないかと」
ノーラとヘルマンは顔を見合わせて、ニッコリと笑いあうと。ヘルマンが満面の笑顔で和維たちに言う。
「そうか。そうか。あの子の紹介じゃったか!部屋が空いてなくても、そこら辺のボケは野宿させてでも部屋を用意してやろう。ノーラ! ナディーンの紹介じゃぞ、エールだ! エールを樽で出せ! みな、これはわしのおごりじゃぁ!」
ノーラが、仕方ないねぇと言いながら、厨房に目を向けるとそこには、人族、ホビット、ドワーフの女の子たち給仕だろうか、エールの入ったゴブレットを次々にカウンターへまわしていった。
一番に手をつけたのはヘルマンだ。楽しそうに、みんなに振る舞っていく。
「ごめんよ、ナディーンは昔からかわいがっててねぇ、ここ最近冒険者ギルドの手伝いをするようになってから、とんと半年くらい音沙汰なかったもんだから、紹介ってたよりだけでも、うれしくってね」
ノーラは宴会に突入していったヘルマンに負けないぐらいの笑顔で和維にそう言った。
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