光臨
結界魔法が具象化するとカーテンから漏れていた外の月明かりや外の灯りが輪郭すら消え去る。いまは部屋を灯すろうそくの炎だけが揺らめいている。
ナディーンはすでに魔力に圧倒されて目をつぶり両手を胸の位置に持ってきて握りアーストとコンスタンツェはさすが“預かる者”というところだろう、若干顔を強張らせつつも身じろぎ一つしていない。
「これで誰も干渉できない?」
「はい。主様、定命の者は一切部屋に入ろうとしたとたんに無へと返りましょう」
コンスタンツェはナディーンのおびえる姿を一目見てから、ようやく和維へと向き直る。
「あんたたちは何者だい? 本当に人族かい?」
「人かと問われれば、僕は人でした。が。ミカエルは違います、姿を見せてあげて、ミカエル」
ミカは何も言わず、うなずいて答えると、両腕を胸の前で交差させてうつむいて目を閉じる。
と、次の瞬間、12枚の純白な羽で出来た翼が少し離れたアーストの所まで一気に広がり、頭の回りには、文字の書かれた光輪が出現する。その光輪は部屋一面へと届き、クリスタルのテーブルや書棚のルーン文字などに反応して様々な光を放たせていた。
その姿を見てナディーンが声を出さずには居られぬ風に呟く。
「だ、大天使さ…ま…?」
ミカエルはにっこりと慈愛をもってナディーンに微笑む。ナディーンは目を合わせてから、はっとしてまた両手を組んで祈りを捧げる。
アーストは羽からちょっと身をそらして和維に言った。
「我が城に伝わる伝承の通り、左右六対12枚の翼をもつ天使……。ミカ殿が大天使様だと……。伝承の通りなら大天使様は四百年前の魔神戦争より、この地には降りてこられていない。そして、現にここにいらっしゃるというのか……。世界はそこまでの事態だと……」
その言葉には微笑んだままの表情で、ミカエルが応じた。
「その時の天使とわたしは別ですが、大天使であるという職である事は肯定します。また、この地に魔神が出現しているという事も肯定します。我々はこの地から魔神を一掃するべく遣わされたのです」
「ちょっと、羽邪魔、しまっていいよ。もうわかってもらっただろう」
和維は髪の毛が少し羽でふわふわしているのがくすぐったくて仕方が無いように、羽を押しのけた。
「出せっていったり、しまえって言ったり、わがままですね主様」
ミカは何も無かったかの如く、光輪と翼を消し去り、人族としての容姿に戻ってきた。周りの3人はきょとんとしている。自分が何かの夢でも見ていたのではないかというような早さで、姿を帰られてしまえばそうなるだろうか。ナディーンは組み合わせていた両手をほどくと、眼鏡をいじって、かけ直しをしている。コンスタンツェはそれを横目に、和維へと声をかける。
「ミカ様が大天使だとして、そのミカ様にマスターと呼ばれてるあんたは、一体何者だい?」
コンスタンツェは鋭い眼光で和維を見つめる。和維はその目をしっかり強いまなざしで見返した、昨日までの高校生だった和維であれば、直視できなかったろう目だ。人の死などを目前として、若干精神的に強化されたのかもしれない、などと和維は考え、ミカに左手を向けて、コンスタンツェに静かに、穏やかな口調で、聞く者には冷たく聞こえるかもしれない口調で言い放つ。
「大天使様の御使いということでは、いけませんか」
和維とコンスタンツェは目を見続け、時間としては1分もしないが、ナディーンにはかなり長くの時間、無言、無音が続いた。その無言を打ち破ったのはコンスタンツェの方からだった。
「……これ以上やっても無駄なんだろうね」
「そうですね、そういうことにして下さい」
「…わかったよ。少なくともあたしとこの子はそういうことにするよ。そこの坊やはわからないがね」
「……!? いやっ、私も、従う…。が。ベルンと国民の為だ」
和維は、うんと頷き、そのまま言葉をつなげる。
「今後、ミカを大天使ということは、他言無用です。その為の覚悟を。もちろん、記憶を消す事も可能でしょうが、それは今後の為にしません。詮索はして頂いても構いませんが、内密に、僕らに知られないようにして下さいね。あと、僕たちに協力頂けるうちは、ギルドの方針と掟には従いますので、ご安心下さい」
「あたしたちは何をすればいいんだい」
「魔神の情報の提供を最優先に。あとは各国で活動できるようにしたいですね、ギルドは国に縛られない組織ではないですか?」
「出来る限りの事はしてあげられるが、各国で活動できるってのは、すぐには無理だね。ランクを上げておくれ、ギルドの方針は曲げられないし、そもそも、飛び級は認められてないんだよ、これは退役軍人でも、Fランクからって決まりだからね」
和維は、大きく頷いた。すぐに有名になってしまって、魔神たちに悟られるってのも、下策と思う。出来る限り自分の性能を上げてから事に当たりたいと考えもしているからだ。
「あっ。あとこの結界が解けたら、僕らの事は呼び捨てで、カズイとミカでお願いします。他のギルドに参加されている皆さんと同等に扱って下さい。これが最後の約束です」
その言葉にアーストが悪態をつく。
「約束というより、強要に近いがね」
「そういう性格のようなんです主様は。すみません」
ミカが素直にぺこりと長い黒髪が床につきそうな感じで頭を下げた。
「だめかな。うーん。今度、別の対応考えるよ。……さっ、結界外して」
「はい。主様」
ミカは部屋全体を覆っていた魔力を拡散させていく。それと同時に、下の階の人々の声や、カーテンのすきまからの灯りが戻ってきた。アーストもナディーンもきょとんとしているが、コンスタンツェは椅子から立ち上がり、カーテンを開けて空に輝く銀の月を見る。
「もう時間も遅いね。今日はここまでにしておこうか、宿がとれなくなっちまう。ギルドルールとかは明日話しをするよ。朝ナディーンを訪ねておくれ。ナディーン、あんたは宿を教えてやんな」
「はっ、はひっ!」
ナディーンの心はまだ結界が解けていないかのように緊張しきってしまっている。
「ほら、落ち着きな、どっからどうみてもあんたの方が年上だ。お姉さんなんだよ、しゃんとしな。」
「はい! カズイさん、ミカさん、下で宿などをお教えしますので、こちらに」
「アースト、あんたは残んな。いきさつだけは聞かせてもらうよ、ローゼンマイヤーの爺様の手紙にもそれは書いてなかったからね」
コンスタンツェはナディーンに連れられたカズイとミカを部屋から見送った。そして、和維がドアの隅っこから部屋を除いた感じでは、アーストがかなり困った顔をコンスタンツェに向けている様子だった。
和維たちは一階へと降りる際、数名の冒険者たちがこちらの方へ注意を払っていたのがわかった。ギルドマスターに呼びつけられる新人っていうのも、テンプレ中のテンプレで、こういう感じにはなっちゃうよなとか、また和維は考えている。ナディーンがこちらへ向いている冒険者たちに「大丈夫ですよ」とか言うと、それぞれこちらから目を背けていく。ナディーンが最初に会った受付のカウンターに入ると、そこに対面する和維とミカに向かって言った。
「えっと、カズイ…さん、ミカさん。どんなお宿が良いですか?」
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