役割
和維はテントの天幕を見ながら、厚手の布を重ねただけのマットらしきものの上に横になると、こめかみに指を置く。
−クロス、いる? —
−…… —
和維の左目にはまさに「……」が表示される。わざとらしい。彼はまさしくツッコミ待ちだろうと思い、聞きたい事がスルーした。
−魔神の情報を集めてくれ。ここに来る時にダウンロードしたデータになかった。それと地図情報も欲しい —
−魔神の情報あれば、さっさと倒しにいってますってやつですね—
和維はこの神を降したい衝動にかられながらも思いとどまる。ミカはその様子を若干ハラハラしたように見ていた。ミカから見ればどちらも上役であることには変わりない。
—地図もないの? —
和維は若干いらだったようで、こめかみにあてた指に力が入っている。
—あー。それはオートマッピングってやつですねぇ。こっちのデータが古いらしくてねぇ。今、主様がいるあたりしか表示出来ないんですよ —
—なんとかするのが三次元最高神ってやつじゃないの? —
—創造したのは主様ですがねぇ。 —
和維の指がワナワナしてきている。この状態で、何かを消えろと想えば、何を消されるかわかったものではないとミカが割って入る。
—ま、主様。このモードのクロス様のいうことを真に受けてはダメですから。でっ、ですよ。翻訳するとですね。魔神の正確な場所はわからないから聞かないで。と、地図情報は無いからご自身で歩いて確かめていっていただき、主様の気がその空間を満たす事になれば、以降行った土地はリアルタイムに地形変化などがわかるようになりますよ。とのことです —
—僕の気? —
その言葉に和維の指から少し力が抜け、眉間にしわが寄った。
—現在、この大地は魔神らの気に覆われています。画像お送りします。 —
和維の左目の中に白いモヤのようなものにくるまれた球体が映し出される。それがくるくると回転していくと一カ所明るく光る点があり、そこを中心として拡大していく。
—ここが主様の現在地点です。この周り、といっても半径10キロメートル程度ですが、その周辺部が主様の気で満たされ、神界からも見えるようになった場所とお考え下さい。残念ですが、クロス様も7体の魔神の前で万能ではございませんので、このように主様の気が入った場所…… —
—正確に言うと過去の主様の気だねぇ。いま、全次元と全時間に溶け込んだ主様の気が現在の主様を媒介にしてこの世界に浸食し始めてるって事なんだねぇ。 —
—本体ってことかい? —
—あー。正確に言うと今の本体は主様、あなただ。主人格があなたにうつった時点で、本体はあなたなんだよ。全知全能なんだからそのうちわかるときが来る。てぇか、ミカエルぅ、お前は、まぁーったく説明してないのか! 面倒な。 —
ミカエルがビクっとする。大天使の羽とか光輪があった頃のオーラなどみじんも感じさせないのは和維の好みに合わせ日本人的にかつ和維と同じ年頃にし、かわいらしさがあるからだろう。黒髪をちょっと震わせて。うつむいてしまった。
—ごめんなさい。でもそれは主様が同期処理をしていなかったからで…… —
—んなことわ、わかってるってぇの! 同期されてない事わかってんだったら、説明とかしとけってぇの。ったく、最近の大天使は、甘やかされて —
—クロス。とりあえず、続けて —
—わっかりましたが、えーっと。魔法についてはミカエルから聞いてる通りで、主様のイメージした想いが、具現化する現象そのものと考えてもらっといて、そもそも、魔法ってのは人族や魔物、生物、物質が生産するエネルギーって感じですな。それを創造しコントロール、統合してたのが主様で、今回の魔神の出現に伴って、そのバランスが大きく崩れかけてるってことなんですがね。 —
—魔神が出現するとなぜ、バランスが崩れるの? —
—……。 存外クレクレ君ですなぁ、主様 —
再び和維の指に力がこもり始める。会ったら絶対ぶん殴る。ぐらいの気持ちが、間近に居るミカには、直接空気を伝わる波動としても伝わってくる。
—こ! ここからは、私が説明しますのでっ! —
—あ、そう、お願い —
ミカの顔の横を冷や汗がつぅっと流れていった。もう少し和維の想いが強ければ、ここにクロスを顕現させていたかもしれない程だったのだ。かなりヤバいところまで力が強くなっていたのがわかって、クロスから引き取った。
—魔神が単なる魔神だったら、主様にもコントロール可能だったのですが、今回は他の界から送られた全く主様のコントロールを外れた魔神が同時に複数発生し、その魔人たちがこの世界のコントロールを奪おうと、どんどんと異界の力を放出し、主様の世界を切り取り始めてしまったのです。
—うん、それで? バランスって? —
和維も確かにクレクレ君かもしれない、と思いつつ苦笑いをしながら、聞いてみる。
—主様の御心がこの世界を広げたり、狭めたりします。今は、魔神の浸食をこの星に封じるため過去の主様が全次元・全時間に溶けてしまわれたていますね。この世界は広がりも狭くなったりもしなくなっていますが、その一定しかない範囲で生物・物質たちの思いがふくらみ、そのエネルギーは消費よりも生産過多の状態なのです。本来は主様が消費されていたものですから。 —
—僕はそんなエネルギーを使えないよ。 —
—その為の限定解除です、が、それも現在の主様では、最終段階まで耐えきれないだろうとも思います…… —
—ふぅん。 —
和維は若干思い出すように両手の人差し指をこめかみにあてる。よくよく考えれば、人の死体を初めて見た時、それを制してくれた言葉、あれが、なんだったのか、鍵が開いたときのようにカチリと頭の中で音がなるように、誰だったのかが、和維にはわかった。
—わかったよ。自分だったんだ。クロス、俺は俺で勝手にやる。まぁ、そのうち最終段階までいけるだろうし、その前に魔神倒しちゃえれば良い。だめだったら、そんときかんがえようか! —
—ダメになる前に諫めるのが私の仕事だっていってるでしょーが。ったく —
そうして、和維は回線を切り、自分の考えと行動を考えつつ、横になったまま、目を閉じた。あー。眠れれば良いのにとか思いながら。
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