自棄
谷の中心に焚き火が造られている。幕舎などの設営の間、和維は焚き火を見ながら丸太に腰掛け、ミカは彼の隣に立ち、考え事をしている様子の自身の主を心配げに見ている。森での戦闘の際、ローゼンマイヤーのお陰で持ち直した心だったが、先ほどの龍人の死を見てなにやら考える事があったようだ。ずっと焚き火を見続けて何か思案顔だ。
現在の創造神とはいえ、過去の創造神からの記憶など何もない状態での権限引き継ぎである。ミカは造られた際に心にコントロールがあったため、人の生きる死ぬという事は事象としてしか、考える事は出来なくなっている。そんなミカでも今回の引き継ぎについては異論があった。
カロリーナたちも焚き火の近くには居たが、そんな彼を見て、何も声をかけられずに居た。
主のそんな姿にミカは回線を接続した。
— 主様……。大丈夫ですか?—
和維はミカに向かって顔をあげた。あげた顔は少し生気がなく、目を合わせていても、どことなく別のところを見ているような感じも受ける。
— 大丈夫……ではないな—
— どうされたのですか? 先ほどは持ち直されたようなので、もう大丈夫かと思っていたのですが —
— クロスに言われたんだよ。多分、亜人も含めて人を殺す覚悟があるかってね —
— く、クロス様にですか。また、回りくどく言って来たのでしょう。が、今は何を言われようとも主様の思われる正義を信じて、御意のままに、我らはその為に存在致します。—
— なーんかひどいねぇ。ミカエル〜 —
— クロス様? 主様に何を言われたのですか! 事と次第によっては…… —
— 事と次第によって? どうするんだい? ミカエル、正義を押し通すという事であれば、お前はこちらに来れるかもしれないねぇ。ただ、その間、主様は一人だよねえ。お守りするのが第一義なんだろお? お前の正義 —
— やめてくれ! 俺の頭の中でそんなん聞きたくない! 俺が悪いのか! 悪いなら…… —
— 悪い! 主様、あんたが悪いねぇ。そもそも本体である時、よその界から人を受け入れたから始まったんだよなぁ。ワナにはまったのは主様、あんたの決断だ。 —
— クロス様! もう、もうおやめ下さい。現在の主様にはそれはわかりません。記憶もないのです。 —
— だ か ら ? —
— …… —
— だからどうした。ミカエル。ゲーム感覚で受け入れちまった、自分が悪いってんだよねぇ。 —
— しかし …… —
— さて、主様、いろいろ言いましたが、結局、自分次第。わたしはあなたを諫める為、創造なされた。まさに、いま、この時の為に造られたのだと。過去のあなたの意思の通りならば。人の死を見てヤケになられても良いと思いますよ。ただ、自分の信じたやり方を通すのです。 —
— クロス、ただ、お前は言った。彼らにも歴史があると —
— 言いましたよ。で、何です? 言われたから、どうしたというのです? 今のあなたにその人の歴史を知れとは言いませんでしたよ。 —
和維は黙ったまま、何かを考えている。ゲーム感覚でいこうとした自分のミスだ。MMOでもインターネットでも発言・行動の向こう側には実際に人が居る。では、どうすれば。何をどうすれば。和維は深く深く考える。その時は永遠のごとく考える。
そこに再度クロスが話しかける。
— 主様、やりたいようにおやりなさい。自分の信じるように。 —
クロスは、深く、深層心理に働きかけるように、彼にのみ呼び出せる自分の本体へかもしれない。そこに向かって。
和維はしばらくすると、自信? いや、何かに押されるように、すっと、自分の心に整理がついた。今までの人の死、死屍累々の凄惨な光景や龍人の死、それを受け入れる、自分は死ぬ事はない、だから、彼らの苦痛は自分のものにはならない。だが、自分とつながりのある、今、つながりのある人物たちと向き合い、その人生を、死を受け入れようと。なぜか、そう心から思ったのだ。
彼は焚き火から目をそらすと、焚き火の向こう側に心配そうにしている、三人の顔があった、一様に和維の顔を覗きみていた。その三人の顔がちょっと滑稽で、おかしく、和維は素直に微笑んだ。
三人からして、その笑顔は人好きのするなんとも言えぬ、年も、性別も、何かを超越したような微笑みに三人には見えた。
「すみませんでした。実は、今日初めて人が死ぬところを見ました。それで、すごくすごく、落ち込んでいました。でも、もう大丈夫です。僕は受け入れる事にします。いま、何かに直面したとしても自分を信じて、信じる事を行っていきます」
和維はクロスにそう聞かせるかのように言った。それを見ていたローゼンマイヤーとアーストは、頷き、カロリーナはそんな和維の告白を受け、なんともいえぬ、悲しそうな顔をしている。
そして、クロスからミカへ直通での回線が開く。
— 主様には善悪を超越して世界を統治いただかねばならん。お前の正義は常に最善ではある。だが、時として、悪へも転じる。それを夢夢忘れることのないよう —
いつも読んで頂きまして、
ありがとうございます。
皆様の感想やご評価が、
とても励みになっています。
今後とも
よろしくお願いします。