神界
一面が白く彼方の見えない空間に、かの者は佇み、世の移ろいを観ている。
ときに他の者に耳を傾け微笑み、
時に地上に目を凝らしその土地にいる天使や精霊と会話を楽しむ。
そこへ突如として白き一面が暗闇に浸食され始める。
かの者が片眉を上げると同時に光輪を持つ天使の一人が現れた。
天使を横目にすると、かの者の瞳に一瞬翳りが現れる、その表情に天使は少しためらうも、自分の抱えることの大きさを抑えることができず、かの者に言った。
「マ、主様、次元干渉です!」
天使の持つ天球儀が少しずつではあるが、紅く侵食されていく。
「そうだね。わかっていたのだけど、抑え込めなかったよ。うまくジャミングしてて位置がつかめないから、直接行かないと無理だね。有線オペレーションに移行しよう」
かの者は一息にそれだけ言うと、宙を見上げ静かに何かを模索する。ふわりと右手を横行に前にかざす。その方向に数体の天使たちが顕現した。
「一応、干渉を止めてみるよ。でも、次元干渉で他の次元・時間軸に影響が出るかもしれないから、あらゆる現人神と管理者へ通達を。お前はログ確認して干渉根源の解析を開始して。さぁ、障害対応開始だ」
マスターと呼ばれたかの者を中心に光輪を持つ天使と数体の天使たちは、またどこからか現れた球体ディスプレイに両手をかざす。
「主様、全次元・時間軸への浸食率が70%を超えました」
「早いね……。我でも抑え込めないとなると……。このままだとちょっと保たないかもしれないな」
かの者は表情も変えずにそう言うと、次に左手を横にかざし、別の天使たちを顕在化させる。
「お前たちは障壁展開を、まだ浸食されていない有限生命体活動中の世界を切り離して(スプリット)補完して」
天使たちはその言葉に頷くと球体ディスプレイを手に作業を開始する。辺り一面真っ白だったところに球体ディスプレイがいくつも並び、50も超える天使たちが対応する司令室のような光景になった。
司令室を多くの天使たちが右往左往していた時、あの光輪を持つ天使が「……!」何かを見つけた。
「主様、干渉根源発見しました!」
「よし、データをこちらへ。そして同じ時間軸にいる私の分身体の探知を」
その者はあまり無表情ではあったが、言葉の中には少しあきらめが感じられる。少しため息を漏らすと天使たちに向かって言った。
「干渉根源を中心に浸食率を薄めるしかないか。ただ、ここまで魔神が揃っているのも困ったね」
その者は天球ディスプレイを覗き込みレーダーに引っかかった赤い無数の点を見やっている。
「相当手間も掛かっただろうに、あちらも良くやる」
「あちらですか?あちらとは他界からの干渉という事ですか?」
「……そうだねぇ」
かの者は気まずそうに天使から目をそらす。
光輪を持った天使が別の天使たちへの指示をそのままにし、その者の様子を見て詰め寄ってきた。
「マ ・ ス ・ ター? 何かご存知ですね。それも〝とっても“重要な事をとぼけていらっしゃいますね」
かの者が光輪の天使から目をそらし続けて続ける。
「お隣さんから何人かお勉強したいというので、留学生を受け入れたんだ。それで本人たちに希望を聞いたら、別々の所にいくのが嫌だという事だったし、文化レベルが中世くらいのところに留学してもらったんだ。あ、魔法もまだあったところだし、(天部の力を使っても)それほど問題はなさそうなところだし」
「それでこの結果ですか? 魔王を通り超えて魔神を一つの世界に現出させましたか。それもこんなに。真っ赤ですね。すごい侵食速度ですね、あー、真っ赤!! ここまで成長しているとなると、すぐにこの世界も崩壊しかねませんね。」
「……はい。」
光輪の天使は赤い光点を映し出す球体ディスプレイを指差した。
「どうされますか?」
「責任を持って私(の分身体)が排除します……」
「今、魔神の居場所わかったなら、ちょっと消しちゃえばよろしいのでは? 主様。末世のラッパ吹きますよ?」
「ラッパは吹いちゃダメだね。……全ての次元・時間軸消滅する」
光輪を持つ天使は、キッと目をつり上げ、背中の辺りから進軍ラッパの様なものを取り出す。
大天使とその者の間にピエロの仮面をつけた者が現れ出る。彼は身の丈より長い金色の棒をもち、ミカエルにその先端を突きつけた。
「主様をあんまり困らせるもんじゃないねぇ、ミカエル〜」
「く、クロス様、しかし……」
「しかし? なに? 主様にもお考えがあるんだろうねぇ。ちゃっちゃと消せない理由あるんじゃないの? 主様失礼データを拝見」
クロスと呼ばれたピエロ面の者はその者の肩に触れると、「あちゃぁ〜」と声を上げる。
「ミカエル、主様にも事情あったねぇ。そこらへんちゃんと確認しなきゃねぇ。魔神の正確な位置とかわからないんだねぇ、数も数だから消滅させようにも無理だし、お隣さんからだだ漏れて、流れてくるエネルギーをなんとかしないと、魔神成長させ続けるんだねぇ。あー、こりゃこまった」
かの者は、その言葉を聞いて待ってましたとばかりに笑顔になって、ラッパを持った大天使にむかって言った。
「それ、それさ!! 誰かがそのエネルギーを遮断しなきゃいけないんだけど、向こうの創造神だからね、対抗できるのは我だけだし!!」
かの者はどうだ、とばかりに大天使にドヤ顔をすると、ミカエルはラッパを口元に押しやる。
それをやられて、かの者はうつむきながら
……でも、我も創造神だし……ラッパ渡さなきゃ良かった……などとつぶやき。
「いや、冗談だよ。冗談。」
その者はそう言うとおどけた雰囲気を消し去り、澄んだ声で言葉を紡ぎだす。
「我は一旦全ての次元・時空に広がり全ての浸食・拡散を止める。この間は周りの界からも絶対防御される。その間に分身体が魔人たちを倒せば、オペレーションコンプリートで良いだろう」
「ミカエル、これしかなさそうだねぇ、ラッパしまおうかねぇ」
ピエロ面の者にいわれて、光臨の天使はラッパを背中にしまうと、ほっとした様子で、かの者は球体ディスプレイを操作している天使たちに言った。
「さて、そろそろ、分身体は見つかった頃合いだろう。どこだい?」
その者は左側にいる天使を見てそう言った。天使たちも報告のタイミングを伺っていたようで、球体ディスプレイから手を離すとその者へと向く。
「結果出ています。データ送ります。」
その者は暫し目を閉じ、天使から受け取ったデータを読み解き解析しているようだが、徐々に片眉を上げていく。
「よりによって、この21世紀初頭の日本人だって!? 他に見つからないの?」
「はい。このルートにつながる次元・時間軸すべて捜索いたしましたが、この方だけです。」
「まいったな。虫なら寿命も短いし、すぐ取り込む事ができるし、樹木だったら惑星の力使って、今の分身体を創るのだけど……。まぁ、仕様もないか。お隣さんもそこを考えたのだろうしな。」
その者は再び目を閉じ球体ディスプレイに片手を置き何事かをつぶやく、そのつぶやきは隣にいる光輪の天使すら聞こえなかった。意図的に音声による波長を反波させたのだろう。
「そろそろ、各自決められたところへ。天使たちはプログラムに従い管轄へ、貴様ら同士でのバグの強制排除は禁ずる。クロス! 我が本体のコントロールと分身体の補助頼む。ミカエル! 我が分身体にあとは全権を委ねよ。分身体を壊さぬよう段階的にリミッターを解除し、魔神を滅ぼせ。我が瞼を閉じるその刹那にな……」
その者は見た定命の者が見れば凍り付くような笑みを浮かべ、最後に無数の赤い点が表示された球体ディスプレイを見て、静かに瞼を閉じる。
「散れ……」
2014年06月02日改訂—クロス出現
いつも読んで頂きまして、
ありがとうございます。
皆様の感想やご評価が、
とても励みになっています。
お気に入り登録頂けますと幸いです。
今後とも
よろしくお願いします。