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誰かの思い出

暗い黒い世界の中で、小さな少女は一人ぼっちだった。


どんなに叫んでも誰も来ない。


どんなに目をこすっても誰もいない。


どんなに泣いても誰も声をかけてくれない。


そのくせ自分の姿だけは明確に目に映った。


「またひとりぼっちだ」


シイは膝を抱えてすすり泣いた。


それからどれぐらいの時間がたったか知らないうちに、コツン、という音が後ろから聞こえた気がしてシイはびくんと全身を震わせた。


「シイ様。こんなところにいらっしゃったのですか」


優しげな青年の声だった。そしてどこか聞き覚えのある声でもあった。


「だぁれ?」


シイは振り向き、美しい金糸の髪の青年を見た。


「あっ!」


不思議の国で助けてくれた人だった。


「お兄さん!!」


涙が引っ込んで歓喜に変わった。


「ここはどこ?」


青年は優しく答えてくれた。


「ここはとても不思議なところだよ」


青年はしゃがんでシイに目線を合わせた。


「お兄さんの名前は?」


「ジョーカー。とてもしゃれた名前でしょう?」


「ええ、とっても!!」


シイは礼儀正しく答えた。


「ジョーカーさん。お願いがあるの。あのね、あのねぇ、シイのお友達になって!ね、いいでしょう?」


しかしジョーカーは微苦笑して残念そうにシイの頭をなでた。


「申し訳ございません。僕はあなた方を導くためだけにあるのです。残念ですが、僕ではあなたのお友達になることは叶いません」


「何で?」


シイは諦めきれずに理由を問うた。


「立場があるからです」


シイにはジョーカーの言った立場の意味がよくわからなかったが、がっかりと首を垂れた。


「そうなんだぁ・・・。ねぇジョーカーさん、おじさんとお友達になりたいんだけど、どうすればいいかな?」


ジョーカーは驚いた。


心底意外だとでも言いたげな表情でシイを見た。


シイはそんなジョーカーの目をまっすぐ見つめた。


「だからはやくおじさんの所へ行きたいんけど、帰り道しらない?」


ジョーカーは微笑んだ。


シイもつられてニコッとした。


ジョーカーはシイの肩に手を置いて暗闇の一転を指差した。


「向こうへまっすぐ歩いてお行き下さい。そこである人に会うのです」


「ある人?」


「行けばわかります」


「ジョーカーさんは行かないの?」


「僕は行けません」


「どうして?」


「あなたが特別なのですよ」


「そっか、ジョーカーさん。ありがとう!」


何度か青年の方を見ながらシイはふと青白い光のようなものを見た。


駆けていくと、光はどんどん強くなった。


「さみしい、冷たい光だなぁ」


そうシイは思った。




一瞬光が大きくなって目の裏が焼かれるほど真っ白な輝きがおさまると、シイは雨に打たれていた。


目がくらんで、ぺたんとしりもちをついた。


目が戻ると視界に映ったのはレンガと石畳で出来た町だった。


立ち上がってあたりを見回す。


「あれぇ?」


ここはどこだろう。


視界がけぶってどこか寂しいところのように思えた。


けぶった道の向こうから、小さな灰色の影が近づいてくる。


シイと同じくらいの年の少年。


黒い髪を雨にぬらし、すっかり着古したぼろをまとっている。


両腕いっぱいにパンとミルクのビンを大事そうに抱えていた。


少年はシイに気づかなかったのか、二人は正面からぶつかった。


「痛っ」


シイはまたしりもちをついた。


一方少年は取り落としたパンとミルクのビンを大急ぎで拾うやいなや、


「邪魔」


と言い捨てて走って行ってしまった。


同じくらいの年にしてはとても暗く、悲しい色の瞳をしていた。


シイはどうしてもその少年のことが気になって後を追った。


十中八九、シイはすぐに少年を見失った。しかしすぐにどこに行ったかがわかった。


「やめて、やめてよ母さん!」


「この役立たず!パンが湿ってるじゃない!!」


「むちゃだよ!外は雨が降ってるんだもの!」


「部屋を濡らさないで、どこかに行って頂戴!顔も見たくないわ!!」


すぐ近くの家から声が聞こえてきて、ガシャーンという大きな物音が聞こえた。


聞こえるやいなや少年は家を飛び出して来ていた。


「あっ」


シイは少年に声をかけようとするも当の少年はシイに気づかなかったように行ってしまって、シイはついまた後を追ってしまった。


家の角を曲がると急に空間が変わってしまったようにふっと暗くなった。


雨も上がって、シイの服も髪もふわっふわに乾いていた。


「あれぇ?」


見渡す限り真っ暗で空には星がチカチカ輝いていた。


その時またひとつの人影とすれ違った。


全身真っ黒の服を着ていて闇に溶けてしまいそうな印象があった。


青白いぐらいに白い肌をしていて、きれいな切れ長の目は、やはり悲しそうな色をしていた。


「おじさん?」


とっさに出てきたその言葉にシイは戸惑った。


「えぇ!?」


自分で自分にびっくりした。事実、醜い姿のあの男とは似ても似つかない青年だった。


「おじさん!!」


青年はさっきの家に入っていった。


「あの子のパパかな?」


家に近づいて、シイはそっと聞き耳を立てた。


「今さら何しに戻ってきたの!?」


あの少年の、母親の声だった。


「相変わらずだな。母さん」


ぞっとするほど低い低い声だった。シイは、やっぱりさっきの少年が大きくなった姿なんだなと納得した。


「帰って!!住む場所はもうあるんでしょう!?」


母親は相変わらずヒステリーで、なりふり構わず青年を怒鳴った。


「でも、俺の帰る家はここだ」


青年の声は淡々としていて、半ば諦めたような色が混ざっていた。疲れて、疲れて、もう終わらせたい、というような。


「消えなさいよ!はやくここから消えて!!」


「・・・じゃあ、あんたが消えて」


シイは耳をふさいだ。それでも聞こえてくる彼の母親の断末魔は、彼女自身の悲しみや、絶望や、絶え間のない呪いの叫びのように、いつまでもいつまでも耳に残った。


「おじさん・・・おじさぁん!」


悲痛なものが込み上げてきてシイは泣いた。


どうしてシイのお母さんと同じ母親なのにこんなに違うの?


あなたはこんなにも恐ろしい思い出を背負って、毎日何を思って生きてきたの?


胸が張り裂けそうだった。


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