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道化師

森の深いところまで逃げて男はシイをおろした。


シイはしぼんだひまわりのようにしばらく黙ったままだった。


しかし、ちょっとすると退屈になってきたのか、シイは男にしゃべりだした。


「ねぇ、おじさんの誕生日はいつ?」


「10月9日だが?」


「シイは4月14日だよー。この日だけママが特製ケーキを作ってくれるの!」


「幸せ者だな。お前は」


「どうして?」


そう聞くと、男は遠いものでも見るような目つきで答えた。


「俺の母親はケーキを作るどころか・・・誕生日を祝ってもくれなかった」


その答えにシイは心底不思議な顔をした。


「どうして?」


「俺のことがよほど嫌いだったんだろう」


「どうして?」


「・・・どうしてって」


「シイはおじさんのこと好きだよ。優しいし、シイのこと守ってくれるもん」


シイはまっすぐに男の暗い瞳を見つめた。


「だからおじさんのこともっと知りたいなーって思ったんよ」


男は唐突に理解した。


この少女にとって、外見はまったく重要ではないのだ。


少女は純粋に人の中身を見て会話をする。


だから男の姿がどんなに醜くても、男がどんなにぶっきらぼうな性格でも、男が本当は優しいことがわかったから分け隔てをしない。


「ねぇおじさん。おなかへったねぇ。あの実は食べられるのかな?」


シイは真上に生っていた赤い実を指して言った。


男は長身を生かしてシイを肩車し、その実をシイがもぎ取った。


そのときシイはすぐ近くに例の黄色い道が続いているのが見えた。


「おじさん!黄色い道がまたあるよー!」


シイは道のある方向を指差した。


どうやらそれは森の奥へ続いているらしかった。


「まるで誘導されているみたいだな・・・」


男はシイに聞こえないように呟いた。


「おじさんこの実食べられるー?」


そんなことは聞いてもいないシイは頭上から男に問いかけた。


男はシイから赤い実を受け取る。


小さな桃色の手から大きな黒い手に渡ったそれは熟したリンゴだった。


「うまそうなリンゴだな。皮をぬぐえば丸ごと食べられる」


シイは少し驚いた様子で言った。


「丸ごと食べていいの!?」


皮を剥いて切り分けたリンゴを想像していたシイは少し驚いた様子で言った。


「ああ」


シイはさっそくスカートで念入りに赤い皮をぬぐった。


「いただきまーす」


シャクっと一口。


うす黄色のまんまるの歯形のついた赤い果実を、シイは愛しげに見つめた。


「おいしい!おいしいねぇ、おじさん」


ちょっぴり甘酸っぱいその果実は少女の目を輝かせた。


男は縫い合わされた口を気にしながらちょっぴりかじった。


どれぐらいぶりのリンゴの味だろうと思った。


男はシイを肩車したまま歩き出した。


黄色い道は確かにあった。


しかも森の奥へ奥へと続いている。


道を歩いている間、しばらくは男の足音とリンゴをかじる音しかしなかった。


シイは疲れたのか夢の中にもかかわらずうとうとしている。


男がふと目線をあげたとき、奇妙なものが目に入った。


ブリキのきこりがオノを振り上げた体勢のまま時が止まったようにかたまっている。


「おい、おい、寝るなよ」


かくん、かくん、としていたシイは目元をこすった。


「んー、なにー?」


「あれは何だ?」


「んんー?あれぇ?あれはねぇ、オズの魔法使いのねぇ・・・。油さしてあげなきゃ・・・」


かくん、と頭をもたれて一生懸命目をしばたたかせているシイはブリキのきこりを見て夢見心地の様子で言った。


ついにがくんと全身の力を抜いて眠ってしまったので、男は少しばかり重くなった少女がバランスを崩して落ちてしまわないか危ぶんだ。


「油をさせ・・・か」


しかし周りにはうっそうとした薄気味悪い森が広がっているだけで建物らしい建物も、油の缶さえ見つからなかった。


男がそうやってうろうろしていると、聞き覚えのある声が男を嘲った。


「おやおや、もう足止めですか。せっかく助けてさし上げたのに」


男はさして驚きもせずに振り向いた。


後ろには女王の裁判のときに庇い立てをした謎の青年が立っていた。


「お前は・・・」


「ああ、申し遅れました。僕はジョーカーと申します。以後お見知りおきを」


長い帽子を軽く浮かせて青年、ジョーカーは一礼する。


男は黙ったままジョーカーを見やった。


さっきは助けてくれたが、この男は信用できないと直感が告げている。


「シイ様にはずいぶんと馴染んでおられたのに僕は信用できませんか?どうやら相当な恩知らずと見えます」


「何とでも言ってろ・・・お前には関係の無いことだからな」


しかしジョーカーは低く切り返した。


「残念なことに僕にはあるのですよ。あなた方を導くよう命を受けたものですから」


ジョーカーはにこやかに目元を和ませた。


「さて、シイ様もお疲れのようですので手短に。あなたはこれ、要りますか?」


 青年がどこからか取り出したのは油の缶だった。


「ほしいですか?」


シイが起きていたなら、ほしいと言ってうるさかっただろう。


しかし、男は表情の無い声音で答えた。


「要らないな。お前に貰ってでもどうにかしたいとも思わん」


 ジョーカーはその答えを興味深く聞いていた。


「ならいいです。その代わり、一言言わせていただきましょう」


そう言って青年は目つきを鋭くした。


「この国でも、チャンスは一度きりですよ」


「お前に言われるまでも無い」


ジョーカーはにこっとした。


「頼もしい限りです。くれぐれもシイ様をよろしくお願いします」


ジョーカーは右手を目の高さまで持ち上げて指を鳴らした。


すると青年は静かな余韻を残して空気に溶け込むように消え去った。


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