想い、寄せて・・・
初夏。日を追う毎に長くなっていく日照時間。でもそんな陽の光も大きく西に傾く時刻。構内活動時間いっぱいまで部活動に精を出す生徒達が忙しく動きまわるグランドはすっかりオレンジ色に染まっている。
「よーし佐久野、もう一本行けるか?」
グランドに響く声。
「もちろんっすよ!」
その一言で、佐久野豊は五本目の一〇〇メートルダッシュを開始した。
「大崎キャプテン、ほんとに佐久野にゾッコンだな」
「佐久野は大崎キャプテンの後を継げる奴だからな」
その豊の走りを脇で見ながら、同じ二年の陸上部員二人が言った。
「光応中陸上部のホープって訳ね」
「そ、俺らの代のエースだからな」
既に同級生陸上部員から全幅の信頼を寄せられる存在になっている佐久野豊。
「はぁはぁはぁ…」
直線に取られた一〇〇メートル用コースのゴールで、膝に両手を添え息を荒げる豊の元にゆっくりと歩み寄る人影。
「さすがの佐久野も五連続ダッシュにはお手上げか?」
スタート地点で支持していた陸上部主将・大崎が声を掛ける。
「はぁはぁ…キャプテン…」
「大会まであと二週間…。俺達三年部員最後の大会だ!後悔だけはしたくない、そのためにも佐久野!頼んだぞっ!」
大崎は豊の肩をポンポンっと叩きながら言った。
「またそうやって、俺にプレッシャーかけるんっすね?」
豊は息を整えながら、若干の皮肉を混ぜた口調で言った。
「ははは、安心しろ、俺は実力の無い奴にはそんな事しないから」
大崎はあっけらかんと満面の笑みを浮かべ応える。
「ありがとうございます…」
「ちゃんとクールダウンしとけよ。じゃ、お疲れさん」
「お疲れ様です」
そう言ってグラウンドを去って行く大崎を見ながら、豊はクールダウンのためにゆっくり歩き出した。
大崎と共に他の部員もグランドを引き上げ、いつの間にか男子陸上部員は豊一人なっていた。幸い、用具の類は総て他の部員が片付けてくれているので、クールダウンを済ませると豊もそのまま部室へと足を運ぶつもりだった。
「由実~、ライン引き手伝って~」
あてもなくグランドの隅を歩いていると不意に女子の声が聞こえた。
「もう!仕方ないなぁ」
豊はその後に続いた声に釣られ、隣の女子陸上部の方を見た。
「・・・・・・・・・・・・・・」
豊の視線の先には由実と呼びかけられていた、女子陸上部二年エース、月島由実が居た。
初夏の日差しですっかり小麦色になった顔だが、それも相まってショートカットの愛らしい顔を夕日が映し出している。
(月島…)
豊はもう一年以上も月島由実に恋をしている。
豊自身、始まりはいつだったか思い出せない。気が付いたら好きになっていたという言葉がピッタリ当てはまる様な状態だった。
男女間の違いはあれど、同じ陸上部に一年の最初から在籍している豊と月島。近い場所、時には同じ場所で練習する月島を意識し始めるのにそう時間は掛からなかった。
意識し始めてからは事ある毎に月島の動きを目で追っていた。
そんな日々が続き、これが恋だということを豊は素直に受け入れた。
部活の時間に、遠くて近い位置から月島を眺めるだけでほとんど満足していた豊の恋心が、この春急激に変化した。
これまでは単に男子陸上部と女子陸上部という関係でしか接っする事がなかったが、二年になって月島と同じクラスになったからだ。
元々、互いに知らない仲ではなかった豊は、月島と同じクラスになったのを期に自分の想いを月島に伝えようと決めた。のだが、なかなかそれが実行出来ずにいた。毎日告白しよう!と覚悟を決め、家を出るが、教室に着いて、月島を目にすると恐怖心を覚えてしまう。告白することによって、今の煮え切らないものの、でもそれなりに幸福感を味わっている現状が壊れてしまうのではないか?と。
至極当然な恐怖心に邪魔され、自分の気持ちを伝えられずにいる豊。それでも、部活の事で教室で月島と会話できる、一年までではありえなかった現状に少し満足していた。
ぼんやりと月島を見ながらクールダウンの為のウォーキングをしていると、不意にこっちを見た月島と目が合った!
(ヤベッ!)
豊はバツが悪くなり、咄嗟に目を逸らそうとしたが、その前に月島が豊の方を見て『ニコッ』と笑顔を見せた。
「!」
その光景に豊の思考回路は完全に停止した!何かアクションを起こさなければと思い、手を挙げようとしたが、月島の視線は既に他所を見ていた!
(あっ……)
無意識に挙げかけていた右腕の力が全て抜けきり、勢い良く垂れ下がる。
(くそ!)
豊はもの凄く残念な気分でこの日の部活を終えた。




