ロストナンバーズ
彼女の予想では、この大軍を相手に魔族国側が持ちこたえられる可能性は万に一つもないはずであった。にも関わらず、魔族国側はその圧倒的な敵に立ち向かい、それどころか一歩も引くことはなかった。いかに一人一人が強かろうとも、そんなもの戦争では意味がない。戦いは基本数であり、情報戦であり、一人で大局を動かすなどと言うことは神でもない限り不可能だ。だが。
「・・・・・・」
遠くより戦場を注視するゼーレイネは、感嘆の溜息をついて戦いを見守っている。後方からの戦闘状況の観察と報告が彼女の任務であるからだ。彼女が見ているのは、ミアベルたちである。
虹色の髪の少女も、彼女の仲間も、数の暴力に屈せず戦い続けている。無限に湧き出る敵に諦めることのない姿は、ゼーレイネを驚愕させた。
何がそこまで彼女たちを必死にさせるのだろうか。守るべき国か、信念か、それともほかの何かか。だが、ゼーレイネにはそのいずれも持っていない。だからこそ、そんな風に強く戦い続け、立ち向かう彼女らにどこか憧れや羨望を抱いていた。
世界の陰で動く彼女には、あのように光り続ける存在は眩し過ぎた。
「どうして、私は・・・・・・」
だが、と少女は首を振る。どちらにせよ、彼女らは負けるのだ。そう、運命には敵わないのだ。
少女は空を見る。漆黒の影が空を舞う。凶鳥たちは、破滅を招くために英雄たちのもとへと向かっていた。
英雄たちはゴゥレムを切り伏せた。あれだけいた敵はその姿を徐々に減らしている。どれほどの時間、戦闘をしているかはすでに感覚がマヒしていてわからない。
「どうした、これで終わりか!」
ミアベルは叫び、まだ斬り足りないとばかりに剣聖剣を構える。これだけの敵で自分を倒せると本気でアンセルムスが思っているならば、それは間違いである。少女は強い瞳でゴゥレムの残骸を見回す。
タムズやネフェリエ、クィル、エノラ。若き英雄たちは立ち続けており、彼らも攻撃が終了したのか、と周囲を探る。あれほどいた巨人もゴゥレムももう、いなかった。
「守り抜いた、のか?」
クィルが呟く。だが、その瞬間、空から何かが舞い降りてきた。どぉん、という重い音と地響きを伴いながら。
「なん、だ?」
英雄たちはそれを見る。その巨大な姿を。
軽く民家を超えるだけの背丈を持つ、巨大な漆黒の鳥の化け物。くちゃくちゃと何かを咀嚼し、その煌めく狩人の目が英雄たちをなめまわすように見つめてくる。
それは、まだまだ何体もおり、続けて数体地上に舞い降りる。
「インペィル・・・・・・」
エノラがポツリと怪物の名前を呟いた。魔物の中でも強力な危険種。そのうちの一種がインペィルである。その姿を見せることはまずない、大空の狩人。決して群れることはない、孤高の凶鳥。それが群れで現れた時、その国は亡びるとまで言われている。だが、インぺィルが実際に群れることはまず、あり得ない。それを統率する存在がいない限りは。
「厄介だが、勝てない敵ではないな」
危険種と言っても、インペィルに敗ける気はしなかった。そう思ったミアベルは、ふと気づいた。インペィルとは異なる存在の気配を。それは、魔神ハザに勝るとも劣らぬ力の持ち主であり、その姿が見えていないにもかかわらず、ミアベルの心を揺さぶっていた。
「なんだ、アレは・・・・・・!?」
ミアベルに少し遅れてエルフも気づき、恐怖を含んだ声でつぶやいた。ほかの者たちも、空を見上げ、それを見た。インペィルとは違い、穢れのない純白と、鮮やかな赤を纏ったそれを。
見た目はヒトに近い。ただ、その両腕は鳥の翼となっていた。翼は純白で巨大であった。大きく広げた翼は、空を覆い隠すかのように思われた。翼の先端は、まるで血が付いたかのように鮮やかな赤で染まっていた。美しい女性は豊かな金髪を風になびかせている。その虚ろな瞳は、光を宿してはいない。
アレは魔神だ。ミアベルは確信した。だが、あんな魔神は知らない。ゾドークの66魔神ではない。
「・・・・・・聞いたことがある」
エルフの女戦士が静かに口を開く。周囲の仲間たちは彼女を横目で見た。
「数百年前、インペィルが群れでとある国を襲った時、インペィルの群れの中に美しい女がいたという。純白の翼をもつ女。彼女が翼を開いた瞬間、その国は滅亡した・・・・・・」
エルフは恐怖を目に宿し、頭上高くを仰ぎ見る。
「ロストナンバー、『破滅の翼』のアミテリア」
そして、その名を告げる。まるでその名に反応したかのように、魔神はその両腕の巨大な翼を広げた。未だ空にとどまっていたインペィルたちが一斉に地上にいる獲物に向かって襲い掛かる。
インペィルたちは女王の命令に従い攻撃を行う。インペィルたちの力は、ミアベルらの想像以上に強かった。
「なんだ!?」
巨大な図体で俊敏に動き回り、互いに連携して光で期するインペィルは伝え聞く特徴とは違う。孤高のインペィルが連携し、俊敏に動く。まるで、統率されたかのように。
「あの魔神か!」
ミアベルは呟き、空を睨む。虚ろな瞳の女魔神はただ無慈悲に地上を見て、配下の魔物に破滅を命じる。
アミテリアの力で強化されたインペィルはもはや魔物ではなく、一匹一匹が下級の魔神程度の力を備えていた。ミアベルらは何とかそれでも戦えていたが、魔族国の戦士たちは生き残れなかった。
「クソッタレ!」
クィルは叫び、その竜の両腕でインペィルの顎を引き裂き、罵った。
「まずい、奴ら、アルトリザリコンに!!」
空を自在に飛ぶ敵を止めることなどできない。空を飛翔し、アルトリザリコンに迫るインペィルの群れ。
怪物がその巨大な口を開き、要塞に食いつこうとした瞬間、巨大な光の壁が要塞を覆った。壁に阻まれた怪物たちは、何度も突進を繰り返したが壁を壊すことはできない。
アルトリザリコンの天辺にはハズメットが立っており、自身の力を使ってアルトリザリコンを守っていた。
「ハズメット様が持ちこたえている間に、あのインペィルを操る魔神を倒さねば!」
リクターが言う。
そこに別の場所で戦っていたヨトゥンフェイムやトライトンが合流した。
「父上」「父さん」
駆け寄る息子たちを見て父親たちは一瞬安堵の顔をしたが、すぐに顔を引き締め戦士の面持ちになる。
「まずは、あの魔神を空から引きずってでも地上に落とさねばな」
「だが、どうやって?」
ヨトゥンフェイムの言葉にネフェリエが聞く。人間や亜人で空を飛べるものはいない。この戦場にて翼をもつ獣人はいないし、真古代魔術の使い手もいない。どうやって空に上がるのか、それが問題であった。
沈黙する一同の中で、すっとクィルが手を上げた。
「俺が、行こう」
「クィル?」
エノラが少年に問う。
「まさか、竜化か」
父親の言葉にクィルは頷く。竜化すれば、クィルはインペィルにも負けない竜になることが出来る。空を飛行し、その爪と牙で敵を斬り割くことが出来る。
「だが、お前一人では!」
「大丈夫さ、父さん。俺は死ぬ気はない。ただ、あいつを下に引きずり下ろすだけだ」
そう言い、クィルは竜化を始める。皆が何かを言おうとする中、ミアベルはふとクィルのその鱗に覆われた手を触った。
「あなた一人では無理です。私も行きましょう」
「ナニ?」
クィルが疑問の目を向ける。ミアベルの身体が一瞬、光ったかと思うと、彼女の身体がクィル同様、変化を始める。彼女の皮膚は鱗に覆われ、その纏う魔力が人のそれから竜のそれに変化する。
同じスキルの持ち主なのか、と目で問うクィルにミアベルは首を振った。
「これは私のスキルです。振れた相手のスキルを、一度だけ使用することができる力、です」
しかし、いろいろと制約はありますが、と口にしたミアベル。クィルのスキルは飽くまで自身の血に宿る竜の力である。その血がないものには、たとえスキルがあっても使用はできない。
だが、彼女はクィルの娘である。その血は、体の中に流れている。当然そんなことを知る由もないほかのものは、困惑していた。
そんな者たちの前で、ミアベルの変化は完全に行われた。一足先に変化をしていたクィルは大きな紫色の竜のに変化していた。一方のミアベルは、クィルより少し小さな、虹色の輝きを放つ竜に変化していた。
竜化したことで、二人の思考は人間のそれから獣のそれになっていた。だが、二人の本能は敵を憶えていた。二匹の竜は大地を揺らす叫びをあげると、その翼から風を起こし、空へと飛翔した。突如現れた敵に、インペィルたちが向かっていく。
漆黒の巨鳥が群がり、クィルたちを襲う。エノラが悲鳴を上げる。
だが、二匹はインペィルたちを切り裂き、その牙で皮膚を抉る。命を絶たれたインペィルの肉体が力なく大地に堕ちていくが、それを気にもせずに二匹の竜は魔神アミテリアに向かっていく。
アミテリアは配下のインペィルたちに下がるように命ずると、その巨大な翼を更に広げ、二匹の竜を迎え入れるかのようにその場に佇んでいた。
竜と魔神の激突する魔族国中央部に向かっていたセウスとセラーナは奔っていた。ゴゥレムの軍団との戦いを終えた二人は、魔神と戦う者たちへの加勢に向かっていたのだ。魔族国の出身者ではないが、この戦いを見逃せない二人であった。
「あの魔神、ロストナンバーね」
セラーナが言う。
「ロストナンバー?」
「ええ。ゾドークの魔神としては知られていないけれど、強力な力を持つ魔神。ゾドークの死後、もしくは彼が確認できなかった魔神の総称」
ただゾドークの魔神として知られていないだけの下級魔神は、ロストナンバーとは言われない。ゾドークの魔神に指定されていないながらも、序列一桁に匹敵する力を持つ魔神にその名称は与えられるのだ。
「今戦っているのも、きっとそのロストナンバー。束になってもかなわない相手よ」
「ならば、尚更加勢しなくてはならないな」
セウスはそう言い、腰に治めた剣を鞘の上から撫でた。魔術師の少女は多少息を切らせていたが、まだ戦う意思も体力もあった。
そんな二人は、急に感じた殺気に反応し、その場に足を止める。セウスが少女を庇うように前に出る。その時、彼らがそのまま走っていたらいたであろう位置が、ぐしゃりと潰れた。まるで、強力な重力がそこにだけ集まったように。
その現象に、セウスは眉をひそめた。砂色の髪の青年は、その攻撃に見覚えがあったのだ。
そして、聞こえてきた二つの足音にセウスは顔をずらし、その音の方向を見た。
『久しぶりだな、セウス。あれから2500年もの時が経ったようだが、相変わらず変わらないな』
その声に、セウスは震えた。
忘れもしない、この声。この雰囲気、その姿。漆黒の騎士とその隣に佇む貴婦人を見たセウスはグ、と拳を握る。セラーナがセウスを伺い見るが、セウスはそれに気づかずただそちらを見ているだけであった。
『2500年経とうとも、貴様への憎しみは消えない。セウス、あのまま絶海の孤島で朽ちていくならば、と俺は思っていたが、やはり貴様はそのままあそこで朽ち果てる存在ではなかった』
「バルドバラス、セリーヌ・・・・・・」
やっと声が出たセウスは、親友と妻にして、最大の裏切者の二人の名前を口にした。その顔は苦しみに満ちていた。
無表情の元妻と、彼女の隣で顔を隠したままの黒騎士をセウスは睨む。
「生きていたのか」
『ああ、セウス。闇に身を落としながら俺たちは生きてきた』
「この戦争を動かしているものに加担しているのか、お前たちは?」
『いいや、セウス。俺と奴は一時的な協力関係しかない。今ここにいるのは、貴様を殺すためだ、セウス』
隣にいるセリーヌを見ると、バルドバラスは彼女に引くように指示する。元妻は愛人の横を離れると、冷徹な目でセウスを一瞥する。
『さあ、剣を抜け。決着をつけようぞ、セウス』
愛剣であるグラシャラボラスを抜き、盾を構えながらバルドバラスは言った。セウスも剣を引き抜き、セラーナをその場から遠ざける。輝く剣とは違い、セウスの心は淀んでいた。的とはいえ、かつての親友だ。迷いがないはずがないのだ。セウスにとってバルドバラスは共に夢を見、ともに歩んだ最高の親友なのだから。だが、バルドバラスはそうは思ってはいない。
擦れ違った心が、二人を戦いの宿命に導いた。そして今日、再びめぐり合わせたのだ。
『行くぞ、セウス』
「バルドバラス・・・・・・ッ!!」
先に動いたのは黒騎士であった。セウスは向かってくる黒騎士に、仕方なく剣を向け、覚悟を決めた様子で奔りだした。
剣と剣がぶつかり、二人の視線が交錯した。




