光と深淵
レス=グラウキエ=コンクード内で大宗主との話し合いを終えた魔族国の代表者たちは、大宗主の命で滞在先を用意していたアルミオン司祭の娘のリナリーに案内されて街中を歩いていた。
ひそひそ声でこちらを見る人々を極力気にしないように一行は歩いているが、内心はストレスがたまっていた。好奇の視線に慣れていない若者たちは目に見えて不機嫌、と言うわけではないがピリピリしていた。
表情を変えないリクターでさえ、長年の友人のクィルから見れば不機嫌であった。
大宗主との話し合いでひとまず魔族国の滞在を望むものを受け入れる、と言う点で一致した。食料の代価として労働もそのうちに、と言う話であった。さすがに無償で、とまではいかないのだ、と大宗主は苦笑していた。反魔族の声も大きいので、これが限界だ、と。
アルトリザリコンに関しては、退魔局が調査をし、危険性を排除してから魔族側に返却するとのことであった。あれだけの要塞だ。武器が隠されていれば、このグラウキエなどすぐに焦土にすることができるだろう。大宗主の力があれば問題ではないが、何があるかはわからない。
今のところ、アクスウォード・セアノからの声明は出されていない。下手に他国も大宗主と事を構えることは避けたいであろう。レアレス教の力が及ぶのはクライシュ内部に限られるが、それでも大宗主の力は恐れられている。魔神クラスにも及ぶその実力を畏れないはずがない。英雄クロヴェイルを擁するバラルでさえ、大宗主は無視できない存在なのだから。
魔族全員の住居は流石に用意できなかったが、テントとして郊外に用意はできたという。穏健派のアルミオン司祭は人好きのする顔で魔族の代表者に告げていた。彼も彼の娘も、魔族だから、という偏見には囚われてはいない様子であった。
リナリーはエノラやセラーナとすぐに打ち解けた様子で、クィルやほかの若い魔族の青年とも話していた。クィルたちが滞在する宿にも、彼女が時間を見つけてやってきてはともに話し込んでいた。
落ち着く暇のなかった日々であるが、こうして一か所にとどまり休めることはクィルたちにとって貴重なものであった。
「それじゃああなた、アクスウォードの王女様なの?」
「ええ、元、ね」
姦しく女性たちが話し合っているのをクィルはちらりと横目で見る。エノラは口にこそしないが、いろいろと心労も積もっていた。同族の少ない場所よりも、こうして人間がいる場所に来て彼女も安心しているだろう。
エノラを見る目には優しさが籠っている。彼を見て、セウスはフッと笑った。
「彼女のことが大切なんだな」
「・・・・・・まあな。あいつは、俺を受け入れてくれた。俺の希望さ」
そう言うアンタこそ、とクィルがセウスを見る。
「セラーナのこと、大事なんだろう?」
「・・・・・・・よく、わからない」
セウスはそう言い、笑う。何千年と生きていようとも、彼には人の心を理解しつくすことはできない。この世のすべてを理解することなど、きっと永遠の時間をかけても不可能なのだろう。
「昔、愛した女性に彼女を重ねているだけかもしれない」
王妃であったセリーヌと似通った外見だから、余計にそうなのかもしれないな、とセウスは思っている。それでも、クィル同様、セウスにとっての希望がセラーナである、と言うことは確実である。
「この先、どうなるかはわからないが、希望だけは失いたくないな」
クィルが言うと、セウスも頷いた。
「もう二度と、私は希望を失いたくない」
その言葉の重みに、クィルは無言で応えた。
「ふん、所詮、この国でも我らは異端か」
鱗に覆われた肌の若き魚人族の青年リクターはじろりと周囲を見て言う。
隣に立つクィルとは違い、彼の外見は人間族からかけ離れた、どちらかと言えば魔物に近い外見。恐れられるのも、仕方がない。
人は、外見でそのものを判断する。愚かな種族と思わないでもないが、それでもリクターは人間や他種族との共存を信じていた。
いや、正確にはその理想に突き進む友人を信じていた、と言った方が正しいか。
クィルとエノラという二人の男女。互いに信じ合うその姿が、クィルの目指す理想だ。
クィルのもっとも古く、もっとも信頼できる友人である、という誇りがリクターにはあった。
こうして、多くの絆と命が奪われてなお、理想に生きようとする親友。それを信じてやらず、何が友であろうか。
過去や今も大事であるが、未来を見る必要もある。
復讐や遺恨で、魔族を絶やすわけにはいかないのだ。
「・・・・・・・・」
リクターは周囲の好機、または悪意のこもった目にき、と睨み返し、悠然と歩き去る。
魚人族という種族故に、リクターは悪目立ちしていた。
人間の街を歩き回っていたリクターだが、深い理由はなく、ただ安穏と一か所にいられなかっただけだ。
リクターはクィルとは違い、魔術の才能はないし、勉学もできない。
だから、彼の理想に力を貸せることはない。戦うことでしか、彼の支えとなることしかできない。
リクターはふと、グラウキエの街の小高い丘から遥か彼方の外海に思いを馳せる。
彼も、いつかはその海へ行きたい、と思っていた。
彼ら魚人族は、かつては外海を泳ぎ渡っていたという。かつて、まだ国家や法がなかった時代。魔族と言う隔たりもなく、全てが平等であった時代。
その海を、その先を、見てみたいと彼は思っていた。
オケアノス、と古代の人々は言った。世界の果て。
「ふん」
自分も、クィルのことを言えんな、と自嘲したリクターは踵を返す。
女性同士の会話を終え、リナリーはレイラのもとに向かおうとしていた。まだ退院できない彼女に早速できた新たな友人の話をしようと思って心なしか急ぎ足であった。
そんな彼女はふと、見知った魔族の青年を見た。
「リクター、さん?」
少女は彼の名を告げた。丘から下ってくるリクターを見て、水色の髪の少女は白い衣を風に揺らした。
リクターはぎょろりと彼女を見て、無言で横を通り過ぎた。
「あ、あの・・・・・・・・・・ッ」
リナリーはどうしてか、彼に声をかけたかった。それがなぜかはよくわからなかった。手を9伸ばした彼女を拒絶するように、リクターの背はどんどんと遠ざかる。
それが少し哀しかったが、リナリーは歩き出した。リクターにもまだ人間が赦せないのだろう、と納得して。
いつか、クィルたちと同じように分かり合える日が来るといいな、とリナリーは思った。
教会の寝台に寝そべっていたレイラに新たな友人の話をした。
「へえ、面白そうな連中だね」
レイラはそう言い、笑った。記憶がないせいか、彼女も魔族を特に差別する様子もなかった。会ってみたいな、と言う彼女にリナリーは許可が出たらね、と答えた。
「それにしても、王女様にトローアの王様ね。すごい経歴ねぇ」
「本当ね。こんなことがないと、私は会うことがないような人ばかりよ」
「この出会いをくれたレア女神に感謝を、ってか?」
「そうね」
二人は穏やかない話をして笑った。リナリーは教会内部にある魔力時計を見て、そろそろ戻らないと、と呟く。
「お客様の用意とかもあるから」
「忙しいのに来てもらって悪いね、リナリー」
その言葉に少女は笑って首を振る。水色のさらさらとした髪が揺れた。
「好きでやっていることだから、気にしないで」
少女はレイラに手を振って別れると、教会を出て歩き出した。
僅かに陽が沈む街を、少女が歩いていく。
「また、ずいぶんと思い切ったことをしたのね、ロイ」
少女の言葉に、大宗主は言葉を返さずただじっと無の空間に座っていた。
少女はその様子を面白そうに見る。
「今まで諦めしか浮かべていなかったあなたが、どうしてかしら、生き生きとしているようだわ」
ふふふ、と怪しく笑う少女。
「黙れ、キュレイア」
「さては、昔の自分のように、理想を抱く若者とでも出会ったのかしら?」
「・・・・・・・・・・・」
「私を捨てて、神に走ったあなた。愚かで、でも愛おしくてたまらないわ・・・・・・・・・・・ねぇ、ロイ」
少女の細い指が、大宗主の頬を撫で、その白い髪を撫でる。
ゾワリ、と背筋に走る悪寒を感じ、大宗主は魔神をはねのける。
「キュレイア、辞めろ。私を惑わそうとするな」
「ロイ、いい加減、受け入れなさい」
少女の言葉に、強い拒絶を示す大宗主。彼を見て恐ろしい魔神は瑞々しい唇を歪めた。
「ルルー・・・・・・・・・!!」
「まったく、いつになっても、あなたは私を拒絶する」
どうすれば、あなたは私を受け入れてくれるのかしら、と少女は狂気の瞳で見る。
魔神、と呼ばれる存在の放つ独特の威圧感。それを受けて、どうにか立ち上がる大宗主。
「こんな世界も、あなたも大っ嫌い」
いっそ、滅びてしまえばいいのに。
少女はそう言い、大宗主の前から消える。
「・・・・・・・・・・・ルルー」
大宗主は一人、静かにかつての幼なじみの名を呟いた。
「嫌い、ロイも、世界も、みぃんな、嫌い」
激しい憤り。何千年と続いた行為は、徐々に積もり、彼女を更に狂わせる。
「手に入れられないなら、いっそ・・・・・・・・・・・・」
少女はそう呟き、暗闇の中で横たわる。
「だあれ、そいにいるのは?」
少女はそう言い、腕を掲げる。
明りが一転に集まり、黒装束の男を照らす。
「さすが、魔神キュレイアさま。私ごとき、すぐにお見つけになるとは・・・・・・・・・・・」
「あなただあれ?迷い込んだ蟲かしら、なら」
殺さなくちゃ、と言い、残酷な笑みを浮かべたキュレイアに、黒装束の男、シャンクシーションクは言う。
「キュレイアさま、もしあなたの意中の男が手に入る、と言ったら、どうなさいます?」
「・・・・・・・・・・どういうことかしら?」
「大宗主を、ロイフォル・オーギュナントを、あなた様のものにしたいとは思いませんか?」
黒装束の囁く言葉に、魔神は耳を傾ける。
「・・・・・・・・・・詳しく、聞かせてもらおうかしら?」
魔神を前に、冷や汗すらかいているシャンクシーションクは、御意、と言いキュレイアに取引を持ちかける。魔神は、その言葉に耳を傾け、そしてその取引を受け入れた。
「面白いわ、人間。お前が何を考えているかは知らないけど、乗ってあげるわ」
そして、ふいに殺意を放ち、シャンクシーションクを威圧する。
「でも、約束を違えたら、どうなるか、わかるわね」
「・・・・・・・・・・はい」
震えながらシャンクシーションクは言う。
キュレイアのもとを辞してシャンクシーションクは光の下に這い出た。
アンセルムスの命とはいえ、流石に魔神の前は二度とごめんだ。
「とりあえず、これで『慟哭』は我らの手中に墜ちたも同然」
シャンクシーションクはそう言い、そびえ立つレス=グラウキエ=コンクードを見上げた。
光あふれる大宗主の国。だが、強い光のもとには常に暗い影もまた存在する。
大宗主にとっての暗い影、それは魔神キュレイアである。大宗主が恐らく最も巨大で、切り離せない罪。
その罪こそが、大宗主を倒すカギとなる。
アンセルムスはそう言っていた。だから、シャンクシーションクはその言葉に従う。
「終末は近い。破滅の炎が世界を覆い、そして神が死ぬ」
黒装束の男は静かにそう呟くと、深い闇の中に消えていった。
そびえ立つグラウキエ=コンクードとアルトリザリコン。太陽の輝きを受け、二つの塔は巨大な影を作り出す。
そして、闇の世界が訪れる。




