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祝福されぬ者たち ―Ungifted Heretics― 完全版  作者: 七鏡
思い通りにならないなんて諦めたくはないから
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イヴリスの軍人

ハンノ=イヴリス連邦軍第12軍団所属ユグルタ・ヌマンティウス中佐は名門ヌマンティウス家の出身である。三人いる男子のうちの三男であり、他の二人が政治家として連邦議会へと進んだのに対し、彼は軍に進んだ。

父であり中将まで上り詰めたマハルバルより手解きを受けた彼は軍学校も優秀な成績で卒業し、軍学校時代の恩師であるダラス少将の12軍に所属することとなった。

彼が初めて実戦を経験したのは、バーティマ革命より十数年前のイヴリス連邦所属の小国、小ルーハンにおける反乱であった。

小ルーハンは経済的にも非常に弱い土地であり、イヴリス連邦内でも特に貧弱な国であった。連邦の財産を食いつぶすだけの国であり、併合さえ議会は考えていた。今でこそ名ばかりの国であるが、かつては英雄の治めた国であり、そのことはルーハン人にとって誇りであった。

小ルーハンを襲った大飢饉をきっかけに、議会は正式にルーハンを連邦に吸収合併することを決めた。土地の名前にも小ルーハンの名は残らない、ということになった。

これに対し、ルーハン人は大いに反発した。活気のないはずのルーハン人は、活力を取り戻しハンノ=イヴリスに対し抗議をした。

抗議は次第に過激になり、そのうちに武力衝突がされるようになった。小ルーハン人はなけなしの金で傭兵たちを雇い入れた。そこにはかの傭兵王クエンティンもいたというのだから、連邦側としても軽視はできなかった。

ルーハンでの武力衝突を見ていた周辺弱小国家群もハンノ=イヴリス支配体制を崩さんとして連携した。

こうして、反乱は各地に広がり、連邦内部は混乱に陥った。




二十代前半のユグルタ・ヌマンティウスはそり上げた自分の禿頭を撫でる。ヌマンティウス家の軍人男子は代々、その頭を刈り上げている。それは覚悟の証である。先祖代々の習慣に従い、ユグルタも軍人として任官されたその日のうちに髪をそり落としていた。

当時まだ中尉であった彼は、軍団内部の一小隊を任されている立場にあった。彼の部隊の任務は小ルーハン方面の偵察であった。

小ルーハンとの境である境界線付近に設置された前線基地に彼は部隊とともにいた。


「パラメスが裏で資金やら武器やら、傭兵を送っているのはわかっているんだ。それなのに、議会は抗議すらしない!」


戦場に出る兵士たちは、本国の議会でふんぞり返る政治家に対する怒りや愚痴を口に出している。戦場が近く、碌な娯楽もできやしない彼らにとって、こういった愚痴やゴシップ、噂話は気晴らしであった。

ユグルタも自分と同年代の兵士たちとよく、こういった話をしていたものだった。その兵士の友人は先日、敵襲を受け戦死した。戦争終了後には結婚する、と言っていた。

馬鹿だが、いい奴だった、とユグルタは思い出す。


「中尉殿」


「ん、カッハンか」


ユグルタは自身に近づき敬礼してきた兵士を見てそう言った。カッハンは彼の部隊の兵士の一人であり、今年配属されたばかりの新兵である。

先ほどの偵察ではまだ任務に対する不安があったが、幾分かは落ち着いた様子であった。


「大丈夫か?」


「は、中尉殿にはご迷惑をおかけしました!」


混乱し、敵に危うく見つかりそうだったことを言っているのだろう。ユグルタは軽く笑い、彼の肩を叩く。


「安心しろ。俺も実戦は始めてだ。不測の事態はあるが、落ち着いていればどうにかなる。それに、俺らの任務は偵察だ。戦闘は他の部隊がやってくれる」


「はっ!」


カッハンは敬礼し、立ち去ろうとした。だが、ユグルタはカッハンを引き留めると、自分が持ってきていた酒をグラスに注ぎ、若い兵士に振舞った。恐縮するカッハンに無理やり酒を飲ませると、ユグルタは笑う。

もう直、この戦争も終わる。小ルーハン以外の国家も、要求をある程度飲めばその矛を収めた。残るはこのルーハンと、ルーハンにいる傭兵団だけである。

傭兵王クエンティンは戦争初期にその力を振るったが、それ以後は戦場に現れることはまれであった。どうやら、傭兵王は飽きてしまった様子であり、最新の情報によると、もうルーハンから立ち去ったという。

ユグルタは酒を飲み、このまま無事戦争が終わることを祈っていた。軍人とはいえ、人を殺すことはやはりあまり好んでするものではない。しなくていいならば、しない方がいい。もちろん、ユグルタも国の為ならば、敵味方の血の中で戦う覚悟ではあった。




ユグルタの父、マハルバルは一回りほど年が下の妻を、正妻の死後娶っていた。その息子がユグルタであった。

連邦内の小国の姫であった母との間に生まれたユグルタは、兄二人と比べても体格が恵まれていた。それに、孫ほどの年齢の息子を父親はたいそう可愛がった。

しかし、だからと言って決して自由に過ごさせたわけではない。

ユグルタが幼いころよりともに育った乳母姉。彼女を愛していたユグルタだったが、そんな彼の想いを見抜いた父親に彼女はどこかの貴族の嫁に宛がわれてしまった。


『軍人たるもの、女にうつつを抜かすな』


それが父の口癖であった。軍人は国を守れればそれでいい。祖先より受け継がれてきたヌマンティウスの流儀だ、と父はよく言っていた。

ヌマンティウス家の領地、ヌマンティアでは常に父の監視がついており、彼が女を知ることはなかった。


イスカンブールの軍学校に進学してしばらく経ち、父は死んだ。老衰であった。

その父を追うように母も死んだ。父とは違い、自分とはあまりかかわることのなかった母。二人の死を、どこかホッとしている自分がいた。

領地は兄二人に任せ、ユグルタはただ軍人として学ぶだけであった。

女を知ったのは、軍学校の同級生と遊びで娼館街に行ったときであった。

相手はビアンカ、という娼婦で都市はユグルタとそう変わりはしなかった。聞くと、イヴリスの出身ではないらしい。

軍学校卒業まで、ビアンカとは何度か会っていたが、その彼女もいつの間にか消息を絶っていた。

噂では、よくない客に目をつけられたようだが、真相はわからない。


何分することもないために、こういった回想をすることも多くなっていた。ユグルタは酒を仰ぐと、次の任務までのしばらくの間、武器の手入れをしようと思い、立ち上がった。酔いつぶれるカッハンを置いて、彼は自室に向かっていった。




森の中を小隊を率いて進むユグルタ。小ルーハンの傭兵団が森を進んでいる、という情報を受け、彼の小隊が偵察に駆り出されたのだ。

森を進む敵はおよそ三十。正体の面々はユグルタ含め、六人。


「基地に向かうにしては数が少ないですね」


カッハンが物陰から見て言う。ユグルタもそう思っており、どこか不審に思っていた。


「フン、真っ向から戦う気ではなさそうだな。何か仕掛けるつもりか?」


「毒ですかね」


隊員の一人の言葉に、ユグルタはさぁな、と肩を竦める。


「とにかく、敵が基地に向かっているのは確かだ。基地に戻り、報告を・・・・・・・・・・・」


そうユグルタが言ったその時、隣にいた兵士の首が吹き飛んだ。血を撒き散らし、頭部がなくなった胴体が倒れた。

咄嗟に目を凝らしたユグルタは、茂みの向こうから魔術師が狙撃してきたのを見た。


「伏せろ!」


ユグルタが叫び、隊員たちはしゃがむが、一人間に合わなかった。胸を貫かれ、ごぽりと血を吐き出し、隊員は死んだ。


「クソッタレェ!!」


ユグルタは叫び、撤退を指示する。


生き残った三名の隊員とともに離脱を図るユグルタだが、執拗に敵は追撃をしてきた。

ユグルタたちは奔った。敵の動きの生で、基地から道はそれ、森の奥へ奥へと進まざるを得なくなっていた。

逃亡の最中に一人、また一人と殺され、ユグルタとカッハンだけが生き残っていた。

二人は大樹の陰に身を隠すと、呼吸を落ち着けるために大きく息を吐き、吸った。


「中尉殿、無事、ですか・・・・・・・・・・」


「ああ、お前は、どうだ・・・・・・・・・・」


相当と、カッハンは力なく笑う。手で庇っていた足は、血で染まっていた。


「先ほど、敵の攻撃を・・・・・・・・・・」


「傷は大丈夫か?」


ユグルタが問うと、彼は首を振る。


「ここまで逃げれたのが、奇跡のようなもんです・・・・・・・・・・・ほら」


そう言うと、骨や肉が露出した傷口を上官に見せる。ユグルタは顔を顰め、カッハンを見る。


「待っていろ、カッハン。すぐに基地に帰れば・・・・・・・・・・」


「自分はここで終わりのようです、中尉殿」


そう言うと、近づいてくる足音に耳を澄ました。


「中尉殿だけならば、どうにか逃げ延びて味方に知らせることもできましょう・・・・・・・・・きっと、奴らのなんらかの作戦が進行しているのでしょう。どうか」


「お前を置いて行けるものか」


ユグルタは叫ぶ。

軍人たるもの、味方を敬い、助け合え。それもまた、父の教えである。

不器用なまでに軍人であるユグルタに向かって、カッハンはほほ笑む。


「中尉殿が上官で自分は幸運でした。中尉殿、生き残ってイヴリスを守ってください」


そう言うと、カッハンは傷ついた足を引きずり、陰から出た。


「俺はここだぞ、賞金目当ての屑どもォ――――――――――!!」


叫び、カッハンは最後にちらりとユグルタを見て、奔りだす。

ユグルタは彼の犠牲を無駄にすることはしなかった。陰に隠れながら、逃げ始めた彼の耳に、長い絶叫が聞こえた。





前線基地にとどりついたユグルタだったが、基地はすでに攻撃された後であった。

焼け落ちた住居跡を見て、ユグルタは静かに泣いた。


戦争の終結はそれから三日後であった。首謀者たちの降伏により、ルーハン反乱は鎮圧されていった。

首謀者は捕えられ、小ルーハンも併合された。



反乱終結後も、混乱は続いた。

傭兵崩れの者たちが狼藉を働いていたために、これの鎮圧に軍が駆り出された。

負傷していたユグルタも、傷が感知する前に自らこの任務に志願し、残党狩りを行っていた。

傭兵たちの狼藉は目に余るものがあり、連邦民への暴力・略奪など、好き放題にしていた。傭兵残党狩りにより、ユグルタは功績を重ね、大尉に昇進していた。

そんな彼が任務を終わらせて帰ると、軍部からの招集が駆けられた。

ユグルタは大尉であり、佐官や将軍でもない。にもかかわらず、軍部に呼ばれた、と言うのは何か特別な任務を与えられるからであった。

イスカンブールにある軍令部に出頭したユグルタに対し、軍部は一つの命令を下した。


『小ルーハン指導者層の暗殺』であった。

軍上層部は政府が小ルーハン反乱首謀者たちを処刑しない、と言うことに対し、危機感を抱いていた。政治家同士の駆け引きや取引は別にかまわないが、国益を犯す真似だけは許せない。あれだけの事態を招いた者たちが、たかだか数年刑に服しただけで野放しにされる。反乱の芽は刈り取るべきである、というスタンスの軍部にとってそれは許しがたいことであった。

この任務にユグルタが選ばれた理由を問うと、直属の上官のダラス少将が口を開いた。


「君の持つスキルと技能を客観的に見て、適正と判断した。それに、君は未だにあの時失った仲間のことを気にしている。君が適任であろう?」


ユグルタは、静かにその任務を拝命した。




イスカンブールの裁判所から輸送される首謀者たちの狙撃。それがユグルタの任務である。

収監所には行ってしまえば、軍部と言えども手を出せない。輸送の際のほんの少しの隙をついて暗殺する。

収監所を出てからでは遅い。今暗殺しなければならない。軍部は焦っていた。


ユグルタは収監所より大分離れた場所に陣取っていた。魔術によりユグルタの姿は周囲に溶け込んでいる。そこで彼は狙撃の準備を進めていた。

狙撃に使用するのはかつて古代文明で使用されていた銃、と呼ばれるものである。魔力を込めて打ち出す武器であり、複雑な構造を持つが射程は弓や自動弓をはるかに凌駕する。

古代文明においては照準機能もついていたのだが、今現在の人間の知識ではそれを再現するまでには至っていない。ユグルタが持っている銃は、彼の一族が代々保管していたレプリカである。

扱う知識と技術、それに『目』が必要であるために、銃を使える人間はそうそういない。

『目』とはユグルタのスキル『千里眼』を指している。

スキルを発動させると、障害物を透視し、遠くまで見通すことができる。イスカンブール全体を把握できるほどには彼のスキルは強力なものであった。

発動時間に限界があるため、常時発動が厳しい能力だが、狙撃だけならば問題はない。

正体が襲われた際に、このスキルを発動していたら、もしかしたら。そう思うこともある。

しかし、脳への負担も大きく、そう多用はできない。

ユグルタは狙撃のために銃を構える。構造が変化し、銃身が伸びる。ユグルタの慎重を超す長さになったそれを、彼は寝そべって構える。


「・・・・・・・・・・・・・・・・」


小ルーハン反乱首謀者たちにも、反乱を起こした理由はあった。それはわかる。だが、ユグルタはイヴリスの軍人だ。イヴリスを守る義務がある。

イヴリスに危機をもたらし、今後もその可能性がある以上、これは仕方のないことである。そう言い聞かせ、ユグルタはその時を待つ。

彼はスキルを発動し、引き金に指を駆けた。彼の身体から吸い取られた魔力がたまに変換され、銃身から解き放たれる。間髪おかずに弾を込め、続けて打ち込む。

弾は見事に首謀者たちの頭を弾き飛ばした。ユグルタは銃を元に戻すと、その場を立ち去った。



軍部の介入を疑った議会に対し、軍部は暗殺の実行犯として傭兵たちを犯人に仕立て上げ、処刑した。こうなっては議会や政府が口出しできなくなった。

ユグルタは再び傭兵鎮圧任務に駆り出されていた。

自分がしたことは正しかったか。それはわからない。

若き軍人は迷いながらも、守るべき国家のためにその身を奉げる覚悟があった。

任務の合間に彼は遺体のないかつての仲間たちの墓を訪れ、名前だけが彫られた墓に手向けを添え、再び戦場に戻っていった。


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