表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
祝福されぬ者たち ―Ungifted Heretics― 完全版  作者: 七鏡
思い通りにならないなんて諦めたくはないから
51/124

魔女アテナ

魔女アテナ。彼女のことはあまりよくは知られていない。

ゼレフェン王国の元宮廷魔術師。少なくとも三十年以上の時を王宮で過ごしており、先王の病を治し、処刑された王の産婆を務めた、ともいわれており、その影響力は言うまでもないことであろう。同盟を組んでいたバラル帝国の魔術師の中にも彼女に教えを受けたものは多数いる。その年齢不詳な美貌と魔力で恐れられていた。

一説では彼女は数千歳を超す魔女であり、人間ではない、と言う噂もある。格上であるバラル帝国とも表面上は対等な関係にあったのも、彼女の力あってのものだとされている。事実、アンセルムスの策略によりゼレフェン滅亡に至るまで、魔女は何度も国の危機を乗り越えてきていたのだ。


さて、魔女アテナと言う人物は彼女のほかにももう一人存在した。それは二千年以上前のラカークン大陸においてである。時代的にはちょうどセウス王率いるトローア王国によるラカークンの統一と滅亡期である。

『破滅の魔女』『災厄の母』『黒女』・・・・・・。様々な異名を持つこの人物もまた、多くの謎に包まれている。彼女は実はセウス王の父親がまだセウスの母である王妃と結婚する前に造った子供である、とされている。セウス王とは腹違いの姉である。しかし彼女の存在は公になることはなく、どのような理由でかは不明だが、闇に葬られたはずであった。実際は生きていた彼女は、自分が受け継ぐはずだったトローア王国の玉座とラカークンのすべてを求め、闇の魔力にその身を染め上げたという。

父王死後、若くして王となったセウス王の時代に魔女は長年の野望を叶えるべく動き始めた。ラカークン諸国を陰で操り、セウスごとトローアを滅亡させようとしたのだ。

魔女はセウスに苦痛を与えたが、絶望を植え付けることはできなかった。若き王は自分の腹違いの姉を打ち倒し、無事ラカークン大陸諸国の統一を果たした。この戦争中に彼女は変装してセウスに近づき、彼の子供を身ごもっていた。彼女は息子を生んでいた。

自身の死を偽装した魔女は、それから数年間は雌伏の時を迎えた。彼女は死霊術を使用し、無数の使者を蘇らせ、来たる戦争に備えた。

セウス王の王国に栄光がもたらされ始めた時、再び彼女は動いた。ラカークンに混沌をもたらした魔女は、セウス王の友人たちを死に至らしめた。しかし、セウスを殺すには至らず、彼によって再び倒された。

しかし、この戦いは所詮魔女にとっては新たな布石を打つための戦いでしかなかった。この戦いで頭角を現し始めた騎士エオスはこの戦いで王族しか持てないはずのセアリエルを抜いた。このことで彼はセウスの息子と認められ、王族として迎え入れられた。この出来事は大きな波紋を呼び、セウスの妻である王妃セリーヌの心に大きな穴を作ることとなったのだ。

息子エオスも、急にそのような立場になったことと、父への戸惑いがあり、それが心の闇につながっていった。魔女の放った毒はじわじわと王国を蝕んでいった。

そして、破滅が訪れる。騎士バルドバラスの反乱、そしてエオスの反乱。

セウスによって殺されたエオス。その息子を抱きしめ、魔女アテナはその時、自分が何をしたのかを見た。破滅の大地、死の群がる焼野原。彼女が望んでいたのはそんなものではなかった、と。

ただ、居場所がほしかった。彼女と息子を見ているセウス王にそう言い残して、魔女は戦場から消え、歴史上からもその姿を消している。

果たして彼女が死んだのかどうかは不明である。自身の罪に耐えきれず、自殺した、ともいわれているが、事実は闇の中にしかない。

しかし、彼女の起こした数々の行動はラカークンと理想の王セウスを破滅に導いたことは確かであり、彼女は歴史上でもっとも有名な悪女として多くの人々に知られている。



魔女アテナは書物を置いた。

ハンノ=イヴリス連邦を目指す魔族反乱軍は現在、アートラという小国家の都市を攻めている。

別に前略的には重要でもない場所であるが、魔族の士気を上げるためにも攻めるべき、ということであった。

魔女アテナも呼び戦力として待機しているが、彼女の力は必要ないらしく、魔族だけで片はついていた。

もとより身体能力では人間族をはるかに凌駕する魔族。それが結集して襲い掛かれば、人間族などひとたまりもない。しかし、魔族を結集させるなどと、誰が考えたであろうか。

魔女アテナはアンセルムスと言う男に改めて恐怖を感じていた。

魔女アテナの魔術を封じ込め、そのスキルを使えなくするなど、二重三重の罠を張り、あの青年は彼女を追い詰めた。自殺すらできないように首輪までされ、生殺与奪の権利はアンセルムスと彼からそれを譲渡されたキアラだけが持っている。

あの男の、あの昏い瞳。どれほどの業と絶望があの目にはあるのだろうか、とアテナは思う。

もっとも、自分も人のことは言えない。アテナも多くの人間の血で染まりきっているからだ。

アテナ自身には、ここ百年近くの記憶しかない。気づいた時には、この姿であり、バラル帝国のしがない農民であった。それからバラルの学校で魔術を学び、自身の姿変化のスキルで姿と名前を変え、ゼレフェンにたどり着いた。

ゼレフェンで彼女は自分に箔をつける意味でも魔女アテナ、と名乗った。そうすれば、誰もが彼女に注目せずにはいられなかった。幸い、天賦の才能のおかげですぐさま彼女は多くの人間に受け入れられ、ついに王国のすべてを牛耳るようになったのだから。


「因果応報かしらね」


自嘲気味に呟いたアテナの横で、フォクサルシアの少女がちらりと彼女を見る。アンセルムスの腰ぎんちゃくであるキアラだが、アテナにとって厄介なことに馬鹿な娘ではないようだ。アンセルムスに熱を上げているだけのお飾りならばよかったのだが、思った以上にこの少女は優秀であるようだ。

アンセルムスほどではないとはいえ、人間側への工作や指揮、魔術は目を見張るものがあった。

口惜しいが、アンセルムスの目は腐ってはいないようだ。


「そろそろ終わりね」


そう呟いたキアラは、次の目標への作戦を考え始める。戦況はもはや魔族側の勝利が決定しており、人間側は白旗を上げている。だが、そんなものは関係ないとばかりに、魔族軍は降伏を示す相手に攻撃していく。それを止める気はキアラにはないようだ。

降伏などというものは、人間の戦争のルールである。魔族が順守する必要はない。これが基本スタンスであった。これは過去の人間の行いであり、彼らもそれに倣っているにすぎない。

互いに同じレヴェルならば、そのような取り決めもあるが、そうではない。害虫が白旗を上げたからと言って、駆除を止める理由はない。害虫を野放しにすれば、自分たちがその害によって死滅しかねない。

魔族にとって人間は害虫でしかないのだ。だから、降伏を受け入れる理由は存在しない。

それを人間側が野蛮だと攻めようものならば、彼らはこう返す。


『ならば貴様らが我らと我らの先祖にしてきた行為はなんなのだ』と。



数十年前、アテナには娘がいた。誰の子どもとも知れぬ娘であり、秘密裏に出産した。

アテナにも人並みに愛情はあり、生んだ娘にも愛を注いでいたが、ある日、娘は彼女を危険視する貴族によって連れ去られた。

激怒したアテナは犯人たちを無残に殺し、一族郎党もろとも処刑した。そして、我が子を探した。だが、見つかることはなかった。

人間同士でさえそれなのだから、魔族と人間となれば、もっと野蛮にもなるであろう。

そんな世界を壊す、というのだからアンセルムスはおかしい。だが、どこかこの男ならばできるかもしれない、と思わせる何かがあった。無能力者、と言うが、あれはそんな生易しいものではない、と魔女はわかっていた。

娘のことを思い出したら、急にそのことで頭がいっぱいになりだした。わずか三歳で離ればなれになった娘。まだ小さかった。

彼女の髪はアテナのその黒髪とは違い、砂色の髪であった。アテナの記憶では、そのような色合いの男と関係を持った記憶はないのだが、それでも娘を愛していた。誰の子どもであろうと、腹を傷めた娘であったから。

娘が生きていれば、今頃は十代半ばか、と彼女は思う。隣の、フォクサルシアの少女と同年齢くらいだ。


「・・・・・・」


キアラをちらりと見て、魔女は沈黙した。その胸の中に渦巻く複雑な思いを理解できるものはいなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ