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祝福されぬ者たち ―Ungifted Heretics― 完全版  作者: 七鏡
思い通りにならないなんて諦めたくはないから
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腐敗の大地


腐り、生命の息吹を感じさせぬ荒野。

汚染された魔力が空気中を舞い、空を灰色に染めて、太陽の光を遮っている。

木々は枯れ果て、死に絶え、腐った肉が魔物として徘徊する。

かつて、人間族が起こした戦争。それによって使われた「第四種禁術」によりこの地は何百年もの間、この状況である。自然の自浄作用は失われ、もはや朽ちていくだけ。

生命が生まれることはなく、生まれるとしたらそれは魔物のみ。闇の魔力が充満する大地には、死の匂いの濃い闇の生物以外は寄り付くことはない。腕に覚えのある傭兵も冒険者も英雄も、誰も好き好んでここに訪れることはない。

そんな死の大地を歩く、一つの人影があった。

この世界の人型種族としては高身長である。

全身を真紅の衣で包み、肌の露出は目元のみであった。衣の下には、重量を感じさせる漆黒の鎧を着ている。ところどころに施された金の装飾から、それなりの価値のあるものであることを感じさせる。

片腕で袋を背負い、もう片方の手には一本の槍を持っている。軽くその人物の身長を超える長さで、鎧同様に漆黒であった。やはりこれも重いものなのだが、その人物は特に苦に感じもせずにその槍を片手で操る。

時折、前で道をふさぐ木々や岩を屠るために槍を振るうが、軽々とそれを扱っている。

なぜ、このように人もいない、不毛の大地を訪れたのか、それを知る者はいない。

珍しい来客に、この地の死せる魔物たちは湧きたっていた。

生者を喰らおうと、地中から、闇の中から現れていた。

腐り、魔力と執念だけで動く死体たちは、その旅人を瞬く間に囲む。

人、エルフ、竜、狼、蟲・・・・・・・・・。多種多様のゾンビを前に、その旅人は平然と見ると、静かに片手で持っていた袋を地に落とすと、両手で棒を構える。

ゾンビとなり、理性を失っているとはいえ、竜は恐るべき魔物であり、普通の冒険者ならば逃げ出すのだが、旅人は余裕さえ感じさせる。

ゾンビたちが一斉に動き出す。その瞬間、旅人はゾンビの竜を仕留めるために動き出す。

重い鎧を着こんでいるのに、重さを感じさせない旅人は竜の手前にいた二体のエルフのゾンビを見る。

エルフの元来の美しさも不老も失った哀れな死体たちは、よだれをたらしその牙を剥けてくる。

旅人は棒で一体の頬を強打する。歯が飛び散り、ほお肉が削げ落ち、脳みそが飛散する。

もう一体が跳びかかり、後ろから狼が三匹襲いくる。

旅人は腰を下ろすと、片手を槍から離し、エルフの顎を掴む。そして、そのまま回転し、棒で狼の一匹を叩きつける。

思い坊は、旅人の回転に合わせて動き、残りの二匹の狼も巻き込む。

旅人はエルフの後頭部を掴むと、膝部分の装甲に叩きつける。ぐちゃりと頭部がはじけ飛び、残った胴体はぴくぴくと痙攣し、やがて止まる。

棒でたたきつけられた狼どもは、内臓を飛び散らせながら宙を舞い、地に叩きつけられた。

腐った肉と血を撒き散らす。

旅人は真紅の衣を翻し、近寄っていたゾンビの視界を遮ると、両手で漆黒の槍を構え、打撃を加える。

正確に、ゾンビたちの頭部を砕いた一撃によりゾンビたちの脳は砕かれる。

倒れた魔物を気にもせず、残った竜を仕留めにかかる。

巨大な竜だが、翼は腐り墜ちているため、ただのでかいトカゲでしかなかった。自慢の鱗も、強大な魔力を生かす知識もない。並の冒険者ではない旅人はまっすぐ走っていく。

竜が毒霧の息を吐きつけるが、それをあっさりと避けた旅人は右手に持った棒を渾身の力で放つ。

想像もできない速度で空を切る刃の一撃が、竜の脳天を貫く。

しかし、脳を完全には破壊できずにいた。竜は丸腰になった旅人に向かって口を開き喰らおうとする。

旅人は慌てることなく、ただ一言ポツリと言った。


「戻れ」


脳天を貫き、そのまま空中に突き進んでいた槍は、ピタリと止まると、まるで主の声を聞き届けたかのように、逆方向に動き出す。

そして、竜の口が目前に迫った瞬間、再び竜の脳天を突き破った。

竜の血が、旅人の深紅の衣を、黒く染め上げる。

竜の脳は完全にその機能を停止していた。魔力の宿る脳は、ゾンビの弱点である。ここが壊れない限りは、例外を除いてゾンビは死なない。

地に突き刺さった槍を引き抜くと、旅人は竜の頭部を避けて再び歩き出す。

そんな旅人は、ふと何かを感じたように、顔を上げ、前方を見る。


そこには、一人の男が立っていた。

白い髪の、若い青年。どこか異様なほど肌は白く、貴族のように着飾っている。

冷たさを感じる視線で旅人を見ている。彼は感心した様子で手を叩く。


「お見事。まさか、あれほどの魔物を一人で、こんなにあっさりと片付けるとは、なかなかの腕だ」


そう言うと男はニヤリと笑う。


「それに、おいしそうな魔力の匂いだ。ここ数百年、ろくに食事をしていないのでね」


「・・・・・・・・・貴様、魔神か?」


旅人はくぐもった声で言う。すると、目の前の男は肯定する。


「そうだ、我が名は魔神ズオウレイル。ゾドークの66魔神のひとり」


そう言った男の背より、巨大な漆黒の翼が現れる。


「旅人よ、何用でここに来たかは知らぬが、今日ここでお前は我が糧となるのだ。光栄に思え」


「・・・・・・・・・・その前に、一つ聞いていいか?」


「なんだ?」


男は余裕を浮かべた目で旅人を見る。旅人は身動きすらしていない。戦う気力すらないのだろう、と魔神は考えていた。

ゾドークの66魔神とは、太古の神学者ゾドークによって提唱された上級魔神の総称。その一人である自分を前にしては仕方がない、などと彼は考えていた。

きっと、今の言葉とて必死に紡いだものだろう。

ならば、哀れな羊の言うことくらい、聞いてやろう。なにせ、自分は魔神で、相手はとるに足らない羊なのだから。


「ハーフエルフを娘を連れた、魔神を知らないか?」


「魔神?ハーフエルフを連れた、だと?」


ズオウレイルはふと考えるが、そんなものは知らない。

そもそも、彼はここ数百年ほとんど眠るか、昔調教し、魔物化させたエルフで遊ぶことしかしていなかった。だから、今の世界の情勢も魔神の動きも知らないのだ。


「知らんな。それがどうした」


「・・・・・・・・・・そうか」


「心残りはなくなったか、ならば死ぬがいい」


そう言い、魔神がその指を向けた。指の先端に集中する魔力が、光の槍となり、旅人の胸を貫く。そしてその死体の、魔力をうまそうに食べる自分を想像した魔神ズオウレイル。

そんな彼は、ふと、指先の感覚がないことに気づく。

そして彼は、魔力の集束した自身の指が、宙を舞うのを見た。


「あ?」


「なら、ここに用はない」


旅人は魔神に背を向け、歩き出していた。片手に持つ槍の先端には、わずかに血が付着している。ズオウレイルはそれが自身の血であると悟る。


「な、何をしたぁ!!?」


魔神は叫ぶ、自身の指を押さえて。指の無くなった個所は膨れ上がり、新たな指が形成される。だから問題はないはずだ。だが、それでは彼のプライドがぼろぼろだ。

たかが人間如きに、彼の身体の一部が傷つけられた。魔神として、これは許されない。


「この、痴れものめぇぇぇ、この『腐食』のズオウレイル!人間如きに侮辱され、おめおめ引き下がると思ったかぁぁぁぁぁぁ!!!!」


男はそう叫ぶと、その白すぎる肌は醜く溶ける。そして、服を突き破り、無数の突起が現れ、身体が膨張する。

見る見るうちに、周囲の魔力を取り込み、巨大化する魔神は、翼をもつ大きなトカゲに変化した。

異臭を放ち、腐った肉体から零れる強酸が大地を溶かす。四つの大きな目は旅人を睨み、その巨大な口の中に光る無数の牙を持つ口で叫ぶ。


『がぁああああああぅあがぁあああああああぁあああああああ!!!!』


「・・・・・・・・・・・・・」


無言で旅人は振り向く。旅人の目は、何の感情もなく、ズオウレイルを見ている。


『殺してやるぞ、蟲けらぁあああああああッ』


「一つ、言っておく。私に絡まなければ、殺しはしない」


『あぁ?』


「だが、私に牙を剥けるならば、貴様はその醜い肉を大地に横たえることになる」


このセリフに、魔神は激昂する。白い皮膚を、真っ赤に染めて、天に轟くほどの方向を上げる。大地が震動した。口から零れた強酸が、雨のように周囲に降り注ぎ、大地を溶かす。

旅人の深紅の衣も、溶け始める。


『人間がああああああああああああああああああああああ!!!』


そう叫び、巨大なトカゲが大地を走る。

背中の巨大な翼が、旅人のいる大地を薙ぎ払う。旅人は槍を構え、それを受け止めようとするが、思った以上の重さと力に吹き飛ばされ、両翼に挟まれる。


「っ!」


それでも、棒を手放さずに、翼の一方に突き刺す。魔神はチクリとした痛みに呻くが、にやりと笑う。


『いきがり追って、人間のくせに・・・・・・・・・・』


そして翼を引き寄せ、旅人を手でこねくり回す。


『我を侮辱した貴様には、じわりじわりと殺し、生まれたことを公開させてやろう』


その時、ボロボロになっていた衣が剥がれ、旅人の顔が露わになる。

その顔に、思わず魔神は息を吞む。


『ほぉう』


魔神は目を細め、舌なめずりをし、旅人を見る。

旅人の顔は、たいそう美しかった。

流れるような金の髪は、この腐った大地の中でひときわ輝いている。波打つ髪は、絹のようであった。

そして、神話の女神のような、完璧な美貌。緑色の瞳に、瑞々しい唇。やせぎすではない、しかし、決して太っているわけでもない、絶妙なバランス。子供と大人の間にある、絶対的な美を、保ち続けているのは、恐らく種族的なものだろう。

人間とは違い、長い耳を持つ旅人をズオウレイルはなめまわすように見た。


『貴様、エルフだったか・・・・・・・・それにしてもこれほどのエルフを見たことはない』


エルフは美男美女ぞろいの種族であるが、それでもここまでの外見のものはいなかった。

あらゆるものの理想を叶えた、と言っても過言ではない、神々しい外見。

男ならば、誰もが手に入れたいと思うであろうそれを手に、ズオウレイルは唸る。


『喰うにはもったいないな、ふむ。我が妾として、可愛がってくれようか?』


そう言い、息を吹きかけるズオウレイル。無表情のエルフの女は、そんなズオウレイルに言った。


「しゃべるな、臭う。醜い魔神よ」


『俺を醜い、だと!?そうだろうなあ、貴様の外見ならば、この世のものはすべて醜かろう!決めたぞ、完全に屈服させて、俺の奴隷としてやろう!死ぬこともできず、永久に俺に仕える肉となるのだ!』


激昂する魔神を見て、エルフはため息をつく。


「それはありえない。何故ならお前はここで死ぬからだ」


『なにぃ?』


その瞬間、トカゲのエルフを握る腕が突如爆散した。


『!?』


「私に絡まなければ、死なずに済んだのにな」


エルフは冷淡にそう言うと、槍を翼から引き抜き、空中で身をひるがえし、着地する。

そして、巨大なトカゲを見上げて言った。


「来い、三流魔神」


『貴様あああああああああああああああああああああああ!!!!』


跳びかかるトカゲの身体を避ける。そして、攻撃を加えようとしたエルフだったが、外見の割に素早いズオウレイルには攻撃は届かない。


『はははははは、愚か者め。そのような遅い攻撃、当たらぬわ』


「・・・・・・・・・・」


ズオウレイルの通った後には、強酸がふりまかれている。彼女の周囲は、強酸によって一帯、溶けている。足場は悪く、少しでも脚がつっかえた瞬間、死が待つ。

じりじりと後退するも、足場はどんどんなくなる。

トカゲは高速で周囲を回りながら、迫る。

逃げ出そうにも、高速の動きに入り込めば、彼女がいかに強力な鎧や魔術を行使しようとも死んでしまう。

彼女は静かに、目を閉じる。

まだ、死ぬわけにはいかない。ここで、こんな場所で。

強く、強く柄を握りしめる。


「そうね」


彼女はポツリとつぶやき、片手に握りしめた槍を見る。魔力がまとわりつく。まるで、槍そのものが生きた何かの様に脈動した。


「あの子を見つけるまで、私は生きなければならない」


だから、とエルフの戦士は武器に語りかける。堪えるように、周囲の魔力が蠢く。


「私とともに、行こう」


それに答えるかのように、槍が共鳴の音を鳴らす。


『な、なんだ、この、音は・・・・・・・・・・・?!』


苦痛を伴う声がした。

エルフは槍を両手で構え、目を閉じたまま立っていた。


「一撃で決める」


音が強くなる。ズオウレイルにとって、この音は苦痛かもしれないが、エルフにとって、この槍が放つ音は、心地よいものであった。

遠い昔、失った愛する者の声が、聞こえるから。


(君を愛している。たとえ、この命が果てようとも、永遠に)


かつて、そう言った人がいた。異なる時間、いずれ別れが訪れようとも、その命尽きるまで、と。

氷のような心を溶かしてくれた人がいた。


(ごめん。あの子を、守れなくて)


そう言って、この腕からするりと抜けてしまった、愛する人。


もう、あの腕に抱きしめられることはない。あの人の声を、じかに聞くこともできない。

それでも、彼の想いは、ここにある。

エルフは手に持つ槍に、力を込める。


立ち止まるわけにはいかない。


「魔神よ、いかに貴様が早くとも、私は折れることはない」


そして、芽を開いた瞬間、神速で槍が放たれる。

狙うは、魔力の集中点。高速で動き、安定しない敵の核を狙う。

その解き放たれた渾身の一撃は、ズオウレイルの心臓をわずかにそれる。


『!!危ないところだった・・・・・・・・・・だがぁ!!』


胸に槍を突き刺したまま、ズオウレイルは跳びかかる。丸腰のエルフに向かって。


「お前は先の戦いを視なかったのか?」


そう言ったエルフ。その美しい顔は二やり、と笑っている。

その顔を見て、不審に思ったズオウレイルは激痛を感じた。

言いようもない苦痛を。


『ヴぉぉああああああああああぁ?アぁああああああああ!??っおぁ!?』


反れたはずの槍が、心臓を貫いていた。


『な、なぜ・・・・・・・・・?貴様ノ、アの一撃、外れたはず・・・・・・・・・棒を動かす魔術も何も発動、て、いないはず』


血反吐を吐き、もがき苦しむトカゲを見るエルフ。


「その棒は、ただの棒ではない。私が何らかの魔術を使って槍を使っているとお前は思っているようだが、違う。その武器には意志がある」


『意志がある、だと?まさか失われた『エンチャント』の・・・・・・・・・』


「違う。それは私の力で武器に姿を変えた我が最愛の夫」


そう言うと、彼女の手元に漆黒の槍は飛び戻る。


『なんと・・・・・・・・・・いや、待て。まさか、貴様・・・・・・・・・・・』


魔神は思い出す。

百年ほど前に風の噂で聞いたあるエルフの話を。

人間の男と結婚したエルフの女。女はエルフの王女であり、人間との結婚と言う禁を犯したために、追放された。

その王女には特殊な力があり、思いを武器とすることができるのだ、と。

失われたはずの『エンチャント』の魔術。それを模倣するエルフと、人間の男は魔神すらも倒すほどである、と。

同じ魔神の一人である友人から聞いていた。いずれ彼女が来るかもしれないから、と。


『がぁああああ、まさか、この俺が・・・・・・・・・・・・・』


叫び、崩壊する肉体を見るズオウレイルに背を向けて、エルフの女は歩き出していた。

叫び、呼び止めるズオウレイルを無視し、女は歩く。

この地に、もう用はない。ここに彼女の探し物はないから。

百年近く、探しているが、未だに探し物は見つからない。

エルフにとって、百年など大した年月ではないが、それでも彼女にとっては永過ぎる時間であった。


「ネルグリューン・・・・・・・・・・・・・」


魔神によってさらわれた最愛の娘。

赤子のころにさらわれた彼女は、もう、美しい少女となっているだろう。

エルフの女は、夫の魂のこもった武器を片手に、荒野を歩く。


立ち止まりはしない。奪われた娘を、この手に抱きしめるその時まで。




孤高の女エルフ、ネフェリエは、今日も行く。

奪われたものを取り戻すために。



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