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祝福されぬ者たち ―Ungifted Heretics― 完全版  作者: 七鏡
思い通りにならないなんて諦めたくはないから
18/124

夢と魔神と鎌と

イヴリス大陸南部の国イマニエラのとある漁村。

アウラ海を挟んで向こうにある中央大陸。そこにそびえる、世界で最高峰のオリュン山。

その周りを囲むかのように広がる、霧の山脈は、常に濃厚な霧で包まれている。

そんな風景をいつも目にしながら、少年タムズは十数年間生きてきた。

あそこには恐ろしい魔神がいる、というが未だに魔神を見たことはない。

何でも、剣のように鋭い翼をもつ、恐ろしい魔神だそうだが、オリュンの山々はいつも通り平穏そのものだ。

それよりも、タムズが気になるのは戦争の噂だ。

なんでも、イヴリスも面接するファムファート大陸とその隣のラカークン大陸間の緊張が高まっているそうだ。

つい先日まで、革命のあったバーティマ、と言う自治都市とファムファート諸国の対立か、と騒いでいたのに、情勢は一気に変わったようだ。

とはいえ、タムズにとっては対岸の火事。自分には関係のないことであった。

イヴリスには今のところ、火の粉は来ていないので、心配するだけ無駄だろう。

しがない漁師の息子であるタムズにとっては、この退屈で平凡な毎日が待っているだけ。

良くも悪くも、ずっとそう生きていくものなのだ、とタムズは子どもながら悟っていた。

北のイヴリスのように、彼のいる国は豊かではない。

こうした細々とした仕事でも、あるだけまし、と言うものだ。


「タムズ!ぼうっとすんな」


「すいません、船長」


タムズは無表情でそう言うと、船の上からオリュン山を見る。

今日も変わりなし。




特に大量、と言うわけでもなく、今日の漁は終わった。

アウラ海でとれる魚の中には、高級魚もいるが、タムズのいる地域にいる魚は、どこにでもいる魚ばかり。

高値で売れる魚がかかることなど、万に一つもない。

おかげで、漁村は寂れている。

若い者の姿も、タムズを含めて数人のみ。

はぁ、と息をつくタムズ。

別に、物語の主人公のように、優れた力も家柄もなくていいから、もう少しましな生活をしたい。

それがタムズの偽らざる本心であった。

なにか、特別なことが起こることを、心のどこかでタムズは望んでいた。



家ですることと言えば、本を読むことくらいだ。

遊び仲間も大半が仕事をしているし、そもそも遊ぶ気力もない。そのため、タムズは家にある本を読んで暇を過ごす。

幸いなことに、叔父がどこからか持ってきてくれた本のおかげで、彼は退屈だけはしなくて済んだ。円卓の王セウスの物語、翼を奪われた男の顛末、傭兵王クエンティン、逢魔大戦、失われた古の物語。

数々の英雄の物語や歴史は、タムズにとっての楽しみの一つであった。


いつか、自分も、と言う気持ちがないわけではなかったが、それが訪れることはないんだな、とタムズは考えていた。





その夜、タムズはいつもの夢を見ていた。

物心ついた時から、毎夜見てきた夢。

昔はその夢を見たことから、何か特別なことが自分に起きるのではないか、と淡い期待すらしていた。

夢の中で彼は二本の大鎌を駆使し、魔物の軍勢を薙ぎ払う英雄であった。

いくつもの戦場を駆け巡り、不敗であり、屍の上に君臨し、仲間を導く。

英雄としてもてはやされ、栄華の中に存在する。

物語の英雄のように。

しかし、現実はそうではないことを、年を取るごとにタムズは悟り、今では冷めた目で夢を見ていた。


しかし、今日の夢は、いつもの夢とはどこか違うように、見えた。


まず、夢の中での彼がいるのは、いつもの戦場ではなく、どこか落ち着いた雰囲気の宮殿であった。

幻想的な噴水と庭の風景があり、彼はそこに佇んでいる。

いつもの鎧姿ではなく、華美ではない軍服を着ていた。

上を見ると、満月が彼を照らしている。

風が吹き、葉が空を舞うのを、呆然と夢の中の彼は見る。


「お待たせしました」


「・・・・・・・・・・・」


凛とした声が響き、彼は振り向く。

そして、言葉を発しようとした口が動きを止める。

彼の目は現れた女性の姿にくぎ付けになる。

この世のものとは思えぬ、深紅の長い髪の女性。

なぜか、顔だけはみえないが、美しい人なのだと、タムズは感じた。

夢の中の彼も、同じ気持ちだったのだろう。

心臓の鼓動を押さえて、彼は言った。


「思わず、駆ける言葉を忘れてしまった」


「まあ、御上手」


ふふ、と上品に笑う純白のドレスの女性。

彼女は紅い髪を揺らしながら、彼に近づく。


「また、こうして人目を避けて会わねばならぬとはな」


「世が世です。今、私とあなたは敵同士。おおっぴらに、会うわけにはいきますまい」


「もっともだ」


そう言うと、夢の中の彼は女性を抱きしめる。


「明日、全てが決する。お前か、私の命でもって」


「止めることは、できないのですね」


「矢は放たれた。もはや、止まらぬ」


赦してくれ、と言い、胸の中の女性を抱きしめる彼。英雄と言われ、多くのものを震わせてきた将軍の腕は、微かに震えている。

彼の胸の中で、女性も同じように肩を震わせている。


「いつか、いつか争いがなくなった世界が来たら、私たちのような思いをする者はいなくなるでしょうか?」


「わからぬ。だが、その時が来たならば、再びお前と巡り合いたい」


「転生を、信じているので?」


くすり、と涙を浮かべながら女性が笑う。


「鬼の将軍閣下が、と言いたいのか?」


「いいえ、でも、案外ロマンチストだな、と」


「ふん、俺がこんなことを言うのはお前だけだ」


彼は再び強く、強く彼女を抱きしめる。


「ああ、いつまでもこうしていたい。叶うことならば、永遠に」


「だが、それはあり得ない。俺もお前も、覚悟していたはずだ」


「ええ、でも、いざとなると、愛おしくて悲しくて、たまらない」


女性はそう言うと、彼の頬に手を添える。

目前に、彼女の唇が迫る。


「愛しています、―――――――――。永遠に、たとえ、何度生まれ変わろうとも」


「俺もだ、――――――――――。何度生まれ変わっても、必ず、見つけ出す」


たとえ、神が定めた運命だとしても、その鎖を引き千切り、必ず。



言葉は音にならず、消えていく。

それと同時に、タムズは夢から醒めた。




夢の続きが気になって、タムズは眠れなかった。

登場人物の名前も背景もわからないから、何の物語なのかも判断しようがないし、それが自分とどう関係するのかもわからない。

だが、微かに彼は何かを感じていた。



その夜、また、夢を見た。


戦場。

ひしめく戦場の中で、彼は倒れていた。

右腕は引き裂かれており、もはや動かないし、心臓は弱く鼓動をしている。微かに、傷口から動く心臓が見えた。

まだ死んでいないのが、不思議なほどだ。

彼の横には、紅い髪の、昨日の夢の女性が倒れていた。

口から血を流し、倒れる彼女。

最期に交わした口づけは、冷たく、もはやその熱も去っていた。

ああ、彼女は死んでしまったのか。

ほかならぬ、自分の手で殺してしまった。

だが、お前だけを、逝かせはしない。

彼はそう思い、わずかに身体を動かし、感覚のない脚を無理やり鞭打ち、立ち上がると、天を見て叫んだ。


「神よ、俺はお前に屈しない。決して。いつか再び、貴様を殺しに来るぞ!!」


そして、彼の心臓はついに鼓動を止めた。

漆黒の鎧に覆われた肉体が大地に伏し、視線が暗転する。


そして、魂は天に跳び、魂を亡くした彼の肉体がひとりでに動き出す。

そこで、夢は終わった。





タムズは一人、静かにオリュンの山を見る。

なんとなしに、彼は見ていただけであった。

夢の内容は、今でもはっきりと覚えている。

なにか、この夢に意味はあるのか。

タムズはぼんやりと考えていた。

そんなタムズの耳に、悲鳴が聞こえた。


「なんだ・・・・・・・・・?」


不審に思ったタムズは悲鳴の方向に向かって走る。

小さな漁村だから、皆で敵底辺を確認しに向かっていた。

村の入り口で、たむろする人々。タムズもそこに駆け寄ろうとした瞬間。


人垣が崩れ、漁村の人々は肉塊へと一瞬で変わった。


タムズの頬に、先ほどまで人だったものの欠片が当たり、ずり落ちる。


「うわぁあああああ?!」


夢で見たことはあるが、現実の、熱を持ったものとしては初めて触れた。

恐怖が、背筋を走る。


「ここに、奴はいるのか・・・・・・・・・」


そう呟くのは、村人たちを吹き飛ばしたと思われる、一人の、魔神であった。、


「あ、あ、ああ、あぁ・・・・・・・・・・・・・・」


恐怖に震えるタムズは、ゆっくりと魔神を見る。

成人男性を容易く超える長身の、狼の頭を持つ魔神。黒い体毛に覆われ、その手には彼の身長以上の銀色の刃の鎌があった。柄や装飾は漆黒で、夜を思わせるそれに、なぜかタムズは既視感を覚えた。

それで、足元のごみを払うかのように、肉片を薙ぎ払う。


「・・・・・・・・・・・・・むぅ」


タムズを見ると、魔神はその黄色い目で少年を見る。


「なんだ、人の子か。貴様に用はな、い・・・・・・・・・・・・・・っ!?」


そう言い、踵を返し、村の中へ歩み始めた魔神は、歩みを止め、目を見開いてタムズを見る。


「そうか、そうか、貴様か。貴様が・・・・・・・・・・・」


魔神は低い声でつぶやく。


「その魂の鼓動は、間違いない、貴様なのだな?」


「何を言って・・・・・・・・・・・・」


タムズが後ずさると、魔神は笑う。おかしそうに、大きな口を開けて。


「自分が何者か、お前も気づいてはいないか。しかし、ちょうどいい」


魔神はその手に持った鎌を不気味に構える。銀の光が血を求めるかのように煌めく。


「・・・・・・・・・・・来るなぁ、来るな!!」


タムズは必死に走り出す。

そのタムズを、鬼のような憤怒の表情で負う魔神。

魔力が黒い霧のように覆っている。魔神の憤怒を表すかのように。

何故、自分が、と言う思い。

そして、死にたくない思いでタムズは走る。

だが、ただの人間と、魔神。差は、歴然としていた。


「う、あぁ」


転び、立ち上がろうとしたタムズの背に、魔神の鋭く伸びた爪が生えた足が押し付けられる。

ごり、と骨が鳴る。


「他愛ない、脆弱!」


そう言うと、魔神は右手で持った鎌を、少年の首の皮一枚を挟んだ位置に置く。


「なぜ、僕を狙う・・・・・・・・・・?」


「なぜ、だと?ふん、忘れているようだな。だが、教えてなぞやらん。決してな。冥界でなぜ、と問いながら、メギドに焼かれろ」


魔神はそう言うと、鎌を大きく振った。


「『月光』のダウクの名を、刻むがいい」


殺される!

そう思ったタムズの目に、空が見えた。

蒼い昼の空に、なぜか光り輝く月が見えた、気がした。

その時。

あの夢の中の女性が脳裏に浮かんだ。

そして、彼女が何事かを呟いた。


『―――――――――――』



その瞬間、何かが奔った。


高速で振り下ろされた鎌は、空中で止まった。


「!?」


魔神ダウクは驚愕する。

自身の鎌を止めたのは、大きさこそ違えども、同じ外見の鎌。

突如現れたそれは、タムズを守るかのように宙に浮かんでいる。

どれほど力を込めても、押しのけることはできない。

序列十位の、魔神ダウクをもってしても。


ダウクは足に力を込めて、跳躍し後ろへと着地すると、鎌を構えてタムズを見る。

立ち上がったタムズは、呆然と宙に浮かぶ鎌を見る。

そして、それを手に取る。

なぜか、懐かしい気がした。

そしてそれを握った瞬間、タムズの中から死の恐怖が消えた。


「なぜだ、なぜ・・・・・・・・・・」


魔神は呟きながら、じりじりとにじり寄る。

タムズは鎌を持つと、華麗に振り回し、構える。

持ったこともないのに、手になじむ。そして、なぜか自分の身体のようにさえ、感じる。


「俺は、死ぬわけにはいかない」


なぜか、そう思った。

夢の中のあの女性のことを知るまで、死ぬなんて、できない。


「思い上がるな、小僧。たとえ、貴様が何を思い出そうとも、この俺の想いを否定はさせぬ」


そう言った狼頭の魔神は再び、タムズに迫る。

恐ろしいスピードで放たれた斬撃を、鎌の腹で受ける。びり、と手がしびれ、身体がのけぞる。

底をつくかのように、鋭い攻撃が放たれる。


「うぉお!」


タムズは鎌を回転させ、魔神の脚目がけて刃を向ける。

砂を斬り、魔神の足元から現れた刃は、魔神の表皮を薄く切りつけた。

魔神は威嚇の雄たけびを上げると、タムズの腹にその長い脚による攻撃を叩きつける。

胃液を吐きながら、タムズは飛ばされる。

近くの家の木の壁を突き破る。

埃を吸いながらも、タムズは立ち上がり、鎌を構える。

そして、後ろに向かって斬撃を放つ。

屋内より放たれた一撃は、間一髪で避けられたが、当たっていれば、魔神の首を両断していただろう。

魔神は牙をぎりぎりと鳴らし、タムズを見る。


「お前は何で、僕を狙う?」


息をつきながら、タムズは問う。

だが、魔神は答える気などなく、威嚇するように喉を鳴らした。

タムズは、鎌を握りしめる。

魔神が跳びかかってくる。

今まで以上のスピードで向かう刃。

目でとらえることはできない。

だが、なぜかタムズにはその攻撃が見えた。

タムズはわずかに身体をそらすと、魔神に向かって刃を振り上げた。



魔神の攻撃はわずかにタムズの髪を切っただけに終わり、タムズの攻撃は魔神の前の牙を一本、切っただけに終わった。

魔神は瞬時にタムズの懐から離れると、苦々しい目でタムズを見る。


「今日は月の巡りが悪いようだ。だが、必ずや貴様を殺してやるぞ、貴様が、記憶を思い出したとしても、必ずな」


そう言うと、魔神ダウクは天に向かって吠える。

そして、その姿は空間に紛れ込み、見えなくなった。


敵が去ったことで、タムズの身体の緊張は解け、今になって恐怖が蘇る。

そして、鎌を振り回した反動によるものか、身体が急激に痛みに襲われる。

筋肉の悲鳴が聞こえるようだった。

自分に何が起こったかはわからないが、確実なことが一つだけあった。



望む望まぬにかかわらず、もう、自分は今までのように暮らしていくことはできない、ということだ。







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