仕組まれた戦端
バラル帝国とは世界の西に存在するファムファート大陸に存在する一大国家である。国力は全世界一である。優れた軍事力、工業力、豊かな牧草地帯を誇り、他国に依存することなく存在している。気かに多くの小国家を従えており、ファムファートの半分以上を実質支配している。
建国以来、南のラカークン大陸の国家群とは折り合いが悪く、特にセアノ王国、アクスウォード王国とは過去六回にわたり、大規模な戦争を繰り広げている。小規模な小競り合いまで含めたら、それこそきりがなかった。
現在は休戦中であるが、それは表面上のことであり、大陸境では今なお両軍がにらみ合っている。何かきっかけさえあれば、戦争は再び始まる。それほど不仲であった。
きっかけはもはや忘れ去られており、祖先の怨みを晴らすべし、と戦っている。愚かな、と思うものもいるが、そう言うものでさえ、いざ戦争になれば愛国者となって戦った。
バラル帝国の最大戦力と言われる、少数精鋭騎士団ラトナ騎士団。バラル帝国が建国より誇る、世界最強の騎士団。その団長であり、若き英雄クロヴェイル・ラウリシュテンは大陸境の視察のため、バラル最南端のプレウーリを訪れていた。
金髪の美丈夫は、同性であろうと異性であろうと、その輝きで魅了する。若き英雄に、兵士たちも十人も熱狂する。
隣にいる副官のミランダ・ライケは無表情のまま、人々に応えるクロヴェイルを見て、彼にだけに聞こえる声で言った。
「クロヴェイル様、どう思われます?」
「どう、とは?」
「戦争です。アクスウォードまたはセアノが仕掛ける、と言う噂・・・・・・・・・」
ミランダの言葉に、笑顔を浮かべながらクロヴェイルは答える。
「まだわからないな。ここには年に数回訪れているが、今回もにらみ合いだけで終わってほしいものだな」
ラトナ騎士団には独自の情報網がある。それを駆使し、情報を集めた彼らはある噂を聞いたのだ。
アクスウォードとセアノに、動きあり。
戦闘の準備をしている模様。
その報がもたらされたのが、数週間前であった。
バーティマ革命による混乱の平定のため、動き回っていたクロヴェイルらはその噂の真偽を確かめるために奔走することとなった。だが、結果として真偽は不明のままであった。
「しかし、アクスウォード・セアノが不穏な動きをしているのは確かだな。噂では魔族国滅亡まで計画しているとかいうしな」
「しかし、魔族国を叩くならば、尚更こちらと戦うなどと言うことをするでしょうか?」
「後願の憂いを断ちたいのだろう。魔族国を攻めている間に、こちらが攻撃する危険性の排除、だろう」
クロヴェイルはそう言い、目を細めた。
「・・・・・・・・・・・・」
何か嫌な予感がしたのだが、それをミランダに漏らすことはなかった。無駄に不安をあおる必要もあるまい、と。
クロヴェイルの脳裏には、一人の青年の顔が浮かんでいた。このような争いを好み、殺戮を楽しまんとする悪魔の顔が。
だが、まだ奴の仕業と分かったわけでもない、とクロヴェイルは自分に言い聞かせたのであった。
クロヴェイルが間者として潜入させているものからも、有益な情報を引き出すことはできずじまいであった。クロヴェイルは杞憂であったかな、と思い、帝都オーフェンに戻る運びとなった。
ラトナ騎士団の仕事は、国内の情勢安定であるが、それ以外にも諜報から様々な任務を兼ねている。
騎士団の直属の上司は肯定であり、それ以外のあらゆる権力から独立している。クロヴェイルは現皇帝の息子の一人である。妾の子どもであるために、継承権はなく、臣籍に下ったが、それでも皇帝からの信任は厚く、ある程度の勝手は出来る立場にいた。
対外国に関しても、ラトナ騎士団は常に動き回り、世界情勢を掴んでいる。
目下の問題は、バーティマへの対処である。若き指導者による革命の余波が、帝国にまで来ない尾は限らない。動き方を探るため、クロヴェイルも草は放っていた。
そんな日々に追われているクロヴェイルに、一報がもたらされた。そしてそれは、ここ数年で最も最悪な報告であった、と後に副官のミランダは回顧していった。
帝都オーフェン。皇帝への謁見を済ませ、騎士団本部へと向かおうとしていたクロヴェイルとミランダのもとに報告が入った。
プレウーリにおいて、アクスウォード軍と交戦。攻撃は敵方から先に仕掛けられた、と言われているが、敵側はこれを否定している。
攻撃を受けたバラル軍は反撃をし、プレウーリからアクスウォード軍を追い払った。しかし、怒り治まらぬバラル軍は群を進め、アクスウォードに侵犯。そして、アクスウォードの非戦闘民を含む約千人のアクスウォード人を虐殺した、と言うのだ。
これをきっかけに、アクスウォードとセアノはバラル帝国に宣戦を布告。
「何ということだ・・・・・・・・・」
どうしてこのようなことを、とクロヴェイルは呻く。伝令兵にクロヴェイルは問う。
「プレウーリ駐在軍の司令官、マウーリ少将は?」
「少将は行方不明です。アクスウォードの最初の侵犯にて戦死されたのでは、と」
指揮官の死により、バラル帝国軍の手綱は緩んだ。理由さえあれば、すぐさま爆発する。そう言われているのが大陸境であった。
もはや理由など後の祭りである。戦争は起きてしまったのだ。こうなってしまっては、どちらかが折れるまで戦争は終わらない。それが、バラルとラカークンの二国との間の不文律であった。
「・・・・・・・・・・・・ラトナ騎士団も準備をせねばなるまい。私は皇帝陛下にご報告する。ミランダ、君は軍の編成を急いでくれ」
「了解いたしました、隊長」
ミランダが敬礼をして、背を向ける。クロヴェイルも再び、皇帝の待つ玉座の間へと行くために背を向け、急ぎ足で歩いていく。
先の戦闘が仕組まれたものである、とこの時点で知っていたのはその実行犯とそれを指示したものだけであった。
実行犯の名を、レイド・タッカート、と言う。身分としては傭兵である。凄腕の傭兵であるが、とある戦争において民間人虐殺、強姦、売春斡旋、奴隷売買など多くの犯罪に手を染めたがゆえに、大陸によっては指名手配さえされている。
快楽主義者であり、自分の欲求に忠実なこの男は、金と名誉、女を約束したアンセルムスのためにこの事件を引き起こしたのだ。
バラル兵の中にこちらの手の物を混ぜ、警備に穴を作る。そして、扇動し、または洗脳したアクスウォード人をプレウーリまで入れる。もとより火薬庫であるここに火元さえ入れれば、あとは勝手に爆発してくれる。
レイドは帝国兵に扮し、アクスウォード兵を皆殺しにした後、兵士を焚きつけた。
「協定を破ったアクスウォードに、正義の鉄槌を!!」
その言葉にタガが外れたバラル兵は、怒りのまま足を進めた。
とはいえ、流石に民間人虐殺まではしなかった。これは、レイド扮する帝国兵によって起こされたものであった。
レイドの行為により、ことは小競り合いで済まなくなったのである。
そのレイドは戦場において虐殺を堪能した。そんな彼はアンセルムスに呼び戻され、バーティマに帰還していた。
せっかくの楽しみを邪魔やがって、とレイドは呟く。彼は別にアンセルムスを好いてはいない。金と名誉、女、それに楽しみを提供する限りは働くが、それ以上でも以下でもなかった。
そんな傭兵は、アンセルムスを前にして、不遜に笑う。
「おいおい、なんだってンだよ、呼び出しやがってよぉ。せっかくのお楽しみをよぉ」
「すまないな、レイド。だが、君はよくやってくれた。その礼に、と思ってささやかながら俺から渡したいものがあってな」
アンセルムスは静かに笑いレイドを見る。黒髪の華奢な男は、不気味な目でレイドを見る。レイドはどこかしらこの男に不気味さを感じていた。出会った当初より、女みたいなやつだ、と思っていたが、まるで牙を隠した獣のようだ、とも感じていた。
レイドとて、百戦錬磨の猛者だ。しかし、その男をもってしても、アンセルムスは理解できない何かを持っていた。
「で、礼ってのはなんだ?」
「なに。本当にささやかなものさ」
そう言ったアンセルムスが嗤う。その瞬間。
レイドの背中を刃が貫いた。
「なん――――――――?」
血を吹き出し、レイドが膝から崩れる。刃が抜かれる。
レイドが背後を見ると、人間じゃない何かが立って、彼を見て嗤っている。
「きゃはははははは」
狂った笑みを浮かべたまるで道化の如きそれは、レイドを蹴り飛ばす。
「アンセルムス、どういう――――――?」
「レイド、君は役に立ってくれた。だが、これ以上君は必要ない、と言うことだ」
アンセルムスにとって、レイドは都合のいい駒であった。金さえ積めば、何でもしてくれる駒。
だが、このまま生かしておく理由はなかった。
逆に生かしておけば、この男の口からこの事件の子細が漏れ出る可能性があった。洗脳したものや、忠誠を誓うものならばともかく、この男は傭兵だ。ペラペラ喋るだろう。
仮に、この男がバラル帝国のクロヴェイル・ラウリシュテンに捕まったならば、アンセルムスの計画に大きな支障をきたすのだ。そのリスクは、早く取り除かねばならない。
「そういうわけだ。すまんな」
「待ってくれ、アンセルムス・・・・・・・・・・ま・・・・・・・・・・・・・ッ!!」
道化から剣を受け取ったアンセルムスはその剣をゆっくりと振り上げ、速度を上げてそれを下ろす。
刃が傭兵の首を斬り飛ばす。弧を描き、首は部屋の隅に転がっていく。
「おーおー、ヒッデぇ奴」
「黙っていろ、ハザ。お前も斬るぞ」
「そいつは怖いねえ」
道化師はそう言い、近くの椅子に腰を下ろす。
「お前も俺の計画通り動いてもらうぞ、ハザ」
「わかってぇるって、兄弟」
ハザ、と呼ばれた男は笑ってアンセルムスを見る。
アンセルムスはレイドに向ける視線と同様の目で男を見ると、剣にこびりついた血を払い、鞘にしまって、椅子に座る。
未だに首から血を流し続ける傭兵の身体に二人は見向きもしなかった。