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そして彼らは歩き始める

陽光がカーテンの間から入り込み、彼の目を覚ます。彼は起き上がると、カーテンを開け、外を見る。

光で満ち満ちた世界がそこにはあった。



『神』、そして『喪失者』との最終決戦からすでに二年の月日が流れていた。あの戦いでついにその存在を消滅させた『神』。そのことにより、長くこの世界を捉え続けていた「運命」もまた、崩壊した。人々は、真の意味で自由となり、自分たちの手で世界を動かしていた。13人の神々も、再び天上の世界に戻りたいとは思わなかった。彼らはすでに人として生き、人の中にいた。神の力もほとんどなく、また彼らが神として人々を導く必要もない。人は、自分たちで乗り越えていける強さがあるから。

彼らはともに再び世界を治める、などということはせず、それぞれの生き方、理想のために生きていこうと誓い合ったのだ。

英雄クロヴェイルは故国バラルに帰還した。ラトナ騎士団の団長としてなおもその名声を振るい、世界の安定のためにその身を粉にして働いている。その英雄を公私ともにミランダはサポートしている。ラウリシュテン公爵夫人となった彼女は、休日は夫とともに静かに領地で過ごしているという。近々、二人の間は子供が生まれる、と言う話である。

クィルとエノラは戦後、結婚式を挙げ、多くの者より祝福された。二人は生まれてきた双子の娘たちを抱き、微笑み合っていた。魔族国の再建をリクターやリナリー、そのほか多くの者と行い、毎日が忙しいが、二人は充実していた。

リナリーは大宗主がその地位より退くに当たり、彼から後継者に指名されたが、それを辞退し魔族国に身を寄せている。魔族国、と言う名称が『ヨトゥンフェイム共和国』と変わるころには、彼女もそこでの生活に慣れているようであり、リクターとともにひとつ屋根の下で暮らしている。

リクターはイヴリスのドラッヘ将軍などとも連絡を取り、魔族の地位向上のため、交渉役となっている。戦士である彼は、意外なことにこの手の交渉を得意としており、ハンノ=イヴリスのダラス少将が軍に入れたがっていたほどである。

セラーナはヨトゥンフェイム共和国内で親友エノラの子どもたちや幼い少年少女に教育や世話をするための施設を作った。当初は小さかったそこも、セラーナの持つ豊富な知識と確かな教育方法を伝え聞き、訪れる魔術師たちの影響で次第に大きくなり、今や世界で最も名の知れた魔術機関となっている。

最近ではあらゆる国の物を種族問わずに受け入れており、国や大陸の隔たりのない場となっている。彼女を支えているのは古代トローアの王、セウスである。セラーナの隣には常に彼がいて、穏やかな笑みを浮かべているという。

ゼル・マックールはバーティマの初代大統領、という地位についた。若き指導者のもと、いくばくかの混乱はあったが、それも今では治まっている。彼は長年思いを寄せていたエレナと内々に結婚式をした。

二人の間に実子は生まれなかったが、『喪失者』との戦いで親を失った子供たちを養子にし、彼らとともに過ごしている。

ユグルタ・ヌマンティウスは一連の功績をたたえられ、昇進した。ダラス少将のもとで戦時処理を行いながら、世界秩序のためにあちこちに飛び交う生活を送っている。クロヴェイルやクィル、ゼルと言った者たちとも職業柄会う機会も多く、そのたびに彼らは友好を深めた。

クローリエとタムズは中央大陸に戻り、そこで静かに暮らしている。時折、シレンのネフェリエ女王のもとへ行ったり、かつての仲間に会いに行きこそすれど、不干渉を掲げていた。

キアラ・フォクサルシアはイヴリスでの魔族の独立活動に力を注いだ。ドラッヘや北の魔族からは聖女のごとく尊敬された彼女だが、多くを望みはせず静かな生活を送っている。


そしてアンセルムスはまず、贖罪の旅に出た。彼の行ったことは、『神』を倒したことで清算できるほどの物ではない。

二年間、ほぼ毎日旅をし、彼は世界を巡った。五つの大陸を巡り、そこで人と話し、物を見て、世界を感じた。あれほど憎たらしく思えた世界は、もう、そうは感じなくなっていた。光で溢れる世界。求めていた安息。

だが、アンセルムスはその光の中で落ち着いていられなかった。

一つに、不安感があったのだ。『神』は本当に死んだのか?世界から、脅威は去ったのか。

それは、『神』の遺した言葉にもある。彼の言った上位者。それが気になって仕方がなかった。旅の傍ら、彼はそのことについて文献や魔神との話で彼なりに調べた。魔神レヴィアは、彼女がジャヒーリアから聞いた話を黒髪の青年にした。

外から来た『神』。世界を監視する『観察者』と、それの上に立つ存在、『監督者』。得体のしれないその存在がいる限り、まだエデナ=アルバは安全とは言えないのではないか。

二つ目に、誰もが赦そうと彼自身が未だ自分を許せていなかった。贖罪をしたところで、彼の罪の意識は消え去ることはない。


アンセルムスは二年間、悩みぬいた末に、この世界を去る決意をした。

それを誰にも告げてはいない。ひっそりと、いつの間にか消える。もちろん、死ぬわけではない。ただ、言葉通りこの世界を去るのだ。

『神』の死後、世界を旅していた彼は、とある一つの遺物を見つけた。それは、かつて『神』が上位者より渡され、この世界にわたるために使った装置であった。

あと一度だけならば使用できる、と知ったアンセルムスはそれを保管し、それで世界を去ることを計画していた。

世界を去り、何をするのかと言えば、エデナ=アルバに再び外敵が来ないように監視し、それを防ぐためだ。そのために彼は当てのない孤独な旅に出ようとしていた。

武器は『神殺しの刃』と、その魂だけ。いつ終わるともしれぬたびだが、それが性にあっている。今更、何も知らずに平和に生活などは、できない。ほかの物と違い、復讐と言う一つの目標に生きてきた彼には、もはやこの世界で生きる意味を見いだせなかった。

首元の指輪を外し、アンセルムスはそれを彼女の墓に埋めた。ようやく、踏ん切りがついた。


「本当に、さよならだ」


そう言うと、アンセルムスの前に彼女が現れ、笑う。綺麗な笑み。どこまでも美しく、儚くて。


スヴェイルへの別れを告げ、アンセルムスはその装置を置いてある場所に向かう。

これから装置を使い、彼は世界を去るのだ。

そう思い、隠れ家の扉を開いたアンセルムスは驚いた。そこには、このことを知らないはずの者たちが顔をそろえていた。

何故、と言う顔のアンセルムスにクロヴェイルが言った。


「お前のことなんて、お見通しだということさ」


そう言い、クロヴェイルは笑った。その笑顔から、アンセルムスを止めに来たわけではないのだとわかった。


「別に、止めはしない。だがな、見送ることくらいはさせてくれよ」


クィルが言った。水臭いだろう、と笑う仲間たち。

それに、と彼らがキアラを見る。


「何も言わずに別れるなんて、哀し過ぎるだろう」


「・・・・・・」


アンセルムスは沈黙し、キアラに向き合う。


「アンセルムス様は、馬鹿です」


キアラの言葉に、何も彼は言わない。ただ、黙ってその言葉を待つ。キアラが泣きながら、アンセルムスを見る。


「愛しています」


「・・・・・・俺も、愛していた」


そして、彼女を抱きしめた。


「一緒に、ついてくるか」


その言葉に、キアラは首を振る。ともに行きたい。けれど、それは彼の望みではない。アンセルムスは、勝手な願いだが、彼女にはここに残り、自分が帰るべき世界エデナアルバを守っていてほしい、と。

それがわかったから、彼女は首を振った。だが、その想いは本物であった。


「いつか、あなたがこの世界に還ってくるその時まで、私は待ちます。あなたを、いつまでも、いつまでも」


哀しみを笑顔で隠し、彼女は気丈に言った。その頭を撫で、そうか、と呟き、アンセルムスはその額に唇を当てた。


「また、会おう」


そう言い、彼は彼女から離れ、仲間たちから離れる。

神々出会った者たちに、剣聖レヴィア、魔神ハウシュマリア、大宗主夫妻、エルフの親子、レイーネと彼女の横で微笑む、レノックス。他にも、多くの者たちが自分を見送るために来ていた。

世界から、嫌われていると思っていた。けれど、彼のために、人々は来てくれた。

アンセルムスは、涙を流した。世界は、こんなにも優しい。優しいからこそ、彼にはここにいる権利がない。


アンセルムスは最後にもう一度、世界を見た。輝く太陽、暖かい風が吹き、春の訪れを告げた。


「この世界に、祝福あれ」


アンセルムスはそう言い、静かにその装置『世界渡りの鏡』に近づいていく。そして、化rネオ姿が消えるその瞬間、人々の中から走る影があった。それはアンセルムスを掴むと、共に『鏡』の中に取り込まれてしまった。


「ミアベル!?」


誰かの声が、聞こえた。アンセルムスはぎょっとして、背中の少女を見た。虹色の髪の少女は、ニィ、と笑い、アンセルムスを見る。二人はともにエデナ=アルバから異なる世界へと向かう。そのさなか、アンセルムスはミアベルを見る。


「何故、ついてきた?」


詰問する青年に、ミアベルは笑う。


「私の役目も終わったし、けど、帰るべき場所もない。そりゃあ、あの世界を愛している。けど、ね」


そう言い、ミアベルはアンセルムスを見る。


「それに、アンタ一人じゃ不安だしね。私がついて行ってあげるよ」


「・・・・・・余計なお世話だ」


そう言うアンセルムスだが、その口はわずかに笑みを湛えている。アンセルムスは虹色の髪の少女に「行くぞ」と告げた。

先を歩いていくアンセルムスを見て、ミアベルは「待ってよ」と言いながら、追いかけた。



彼らの眼前には、果てしなき道がある。その先に何があるのかは、二人はわからない。だが、怖れはしない。彼はもう、暗闇から解放されているのだから。




祝福されぬ者たちは、歩いていく。己の意志で、確かな一歩を踏み出して。

向かう先には、光があった。遥か遠く、ともすれば消えてしまいそうなほどに小さな光が。




「さあ、行こう」









世界に、祝福あれ。そして、彼らに光あれ。








祝福されぬ者たち ―Ungifted Heretics―  了

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