光の先へ
カチリ、と歯車が動き、音を立てる。神々の戦いが繰り広げられる広間では、彼らの戦いなど意に介さず、歯車たちはただ忙しなく動き続ける。
『神』のその身体は、この世界には存在しない合金で作られている。破壊は非常に難しく、また破壊したところですぐに再生してしまう。極めて厄介であった。
ミランダの持つミストルディアによる攻撃で痛手を負ったとしても、数分で完治してしまう。この世界の法則そのものを操る『神』は、自分に不利な事象をすぐに書き換える。それにより、損傷そのものをなかったことにする。
かつて、神々よりエデナ=アルバを奪った『神』に、彼の上位者がその力を与えたのだという。
上位者、とは何者か、アンセルムスたちは知らない。『監督者』や『観察者』と言った存在のことを彼らは知る由もなかったのだ。
レアの水晶が『神』の攻撃から守る光のヴェールを作り、傷ついた肉体をマキノの持つ石によって治癒される。武器型の神器を持つ者たちはその支援を受けながら、戦う。『神』は自分を唯一倒しうるであろうアンセルムスを真っ先に攻撃しようとしてくる。神々はそれを防ぎ、アンセルムスに攻撃の機会を与えようとする。だが、アンセルムスの『神殺しの刃』も、その核に届かなければ意味がない。何度か攻撃の機会は廻ってきたが、そのたびに失敗してきた。
『神』が嘲笑する。
『アンセルムス、所詮貴様は私には敵わぬ。諦めろ。そして、私に服従しろ。そうすれば、望みをかなえてやろう』
望みなど、ない。貴様の死以外。アンセルムスが答えると、果たしてそうかな、と『神』は嗤った。
「耳を傾けるな、アンセルムス!」
太陽の剣で『神』の攻撃を振り切り、アンセルムスの前に立つクロヴェイル。彼は迫りくる『神』に、自分が持ちうるすべてを出したが、その攻撃も簡単に巨大な盾で弾かれる。
「アレを見たことがあるぜ」
『神』の使った盾、ビームシールドを見てゼルが言う。レノックスが使っていたアレも強力だが、出力の桁が違うために、それは最強の盾と言ってもいいであろう。神々の神器による攻撃もほとんどを防いでしまう。例外であるミストルディアは連射は不可能であり、たとえダメージを与えたとしても、再生されてしまう。
『アンセルムス。お前の大事なものを、お前が欲していたモノを与えよう』
必死で攻撃の機会を作ろうとする神々を、まるで飛んでいる虫のように無視する『神』。彼は、アンセルムスに甘美な言葉を発する。
『理不尽に死んだナターシャ。お前のために死んだスヴェイル。その他多くの、お前の殺し、犠牲にしてきた人々を蘇らせてやろう。そして、お前の望む夢も、すべて与えよう』
何不自由なく、マキノや愛した者たちと過ごす、安楽の世界。
『神』の語る世界は、アンセルムスの望みそのもの。けれど。
アンセルムスはきっぱりと断った。
「そんなもの、いらない」
『・・・・・・』
「俺は、お前を倒す」
『愚かな』
『神』は言う。
「お前は数えきれない回数、この世界を繰り返しておきながら、肝心なことがわかっていない」
戦っているクィルが言う。魔族の青年は、理想に燃える瞳で敵を見た。
「何度繰り返しても、俺たちの意志は変わらない、ってことを」
「人は、あなたの思い通りに動く駒じゃない」
エノラが刀を構え、言った。
「偽りの光で人を欺くお前に、真の意味で屈する者はいなかった」
ユグルタが弓で『神』の目を狙い撃つ。『神』がぐぅ、と唸り、ユグルタのいる場所を抉る。ユグルタの前に立ち、彼を庇うようにタムズが鎌をクロスさせる。『神』の武器を受け止めたタムズは二本の鎌でそれを切り裂く。その背後から、白い衣を羽織ったクローリエの魔術が炸裂する。
「たとえ、お前の仕組んだ過酷な運命があろうとも」
「私たちは乗り越えていく!」
タムズの鎌に、クローリエの魔術が合わさり、強烈な斬撃となる。追い打ちをかけるように、リクターとミランダが異なる方向から槍で攻める。
「俺たちを舐めるなよ」
リクターが微かな怒りを込めて言う。
「私たちの『想い』を、否定なんてさせない!」
ミランダがミストルディアを放つ用意をする。ミランダを狙う攻撃から彼女を守り、クロヴェイルが太陽の剣を振る。閃光が奔り、ミストルディアが放たれ、盾を大きく削る。
『クロヴェイル、あれほどアンセルムスに憎しみを抱いておきながら、赦すというのか』
『神』がアンセルムスではなく、他の神々を誘惑しようとする。だが、クロヴェイルもほかの神々もその言葉には耳を傾けはしない。
「みっともないな、『神』よ」
クロヴェイルが言う。
「仲間も、信じられるものも何もないのだな。だから、そうやって支配し、君臨しようとしかできない」
『そのように我は作られたのだ!』
『神』は言い放つ。
『その我を作ったのもまた、貴様たちと同じニンゲンなのだ!ニンゲンは我を必要とし、作り出した。より上位者であり、思考である我による管理のもとでしか、人類は繁栄できない!私の支配に従え、さすれば』
『神』の妄言をまともに取り合うものはいない。
アンセルムスは、『神』がひどく哀れな存在に思えてきた。与えられた命令に従っているだけなのだ、『神』は。
アンセルムスの憐れみの視線に、『神』は喚く。
『我をそのような目で、見るなァ!!』
『神』の攻撃が再びアンセルムスに向かうが、リナリーの魔術障壁がアンセルムスを庇い、その間にキアラが彼を『神』から遠ざけた。
「わかっているはずです。もう、勝ち目がないことを」
リナリーの言葉に、煩い、と『神』は言う。
「いい加減、諦めろ」
軽やかな動きでステップを踏み、『神』の傷ついた体に攻撃を繰り返すゼル。
何度、その身体を傷つけようと、神々は不屈の精神で立ち上がる。もはや、自分に勝ち目がない、と言うのは『神』はわかっていた。
『神』は敗北する。
『・・・・・・』
動きを止めた『神』。観念したのか、と窺うゼル。だが、『神』がそんなものではないことを知るアンセルムスは訝しむ。
神々を見て、異界から来たプログラムは嗤う。
『もはや、何も関係ない。この世界も、我も、何もかもを破壊しよう。そして、全てが無に還るのだ・・・・・・!!』
「何を言い出したんだ、こいつ?!」
クィルが驚く中、『神』は告げる。
『我が体に埋め込まれた兵器。それは、この世界など容易く破壊する。それは、我と言う存在も消滅させるゆえ、使いたくはなかったが・・・・・・もはやどうでもいい』
全てを放棄したプログラムは、自爆機能を作動させた。
『エデナ=アルバも、数多の次元世界も、何もかもを、消滅、サセル・・・・・・』
そう言う神を止めようと神々が動く。アンセルムスもまた、動いた。『神殺しの刃』を構え、『神』に向かう。その瞬間、『神』は身体からコードのようなものを伸ばし、アンセルムスの身体に巻きつけた。
「なんだ?!」
「アンセルムス!?」
『その身体、もらった』
『神』が言う。
『これで、我は』
「完全なる神になる」
途中から、『神』ではなく、アンセルムスが喋っていた。『神』はそのプログラムを自身の身体からアンセルムスに移した。このために、偽りの自爆などを演じたのだ。『神』が、最初から負けることを想定してそのような機能を搭載しているはずがないのだ。
「これで、肉体を得、我は完全に『神』となった」
『神殺し』を使えるのは、アンセルムスだけ。そして、神々はそんなアンセルムスの肉体を攻撃はできない。これで、勝ちだ。
勝ち誇るアンセルムスの顔を、神々は視る。沈黙し、黙りこくる彼らを、アンセルムスの顔で『神』は嘲り笑う。
『ショックで言葉も出ぬか』
「あなたは馬鹿ね」
神々の中で、キアラが沈黙を破り言う。フォクサルシアの少女を見て、『神』は問いかけた。
「どういうことだ」
「あなたなんかに、アンセルムス様は決して屈しない」
その時、『神』の脳裏に声が響く。
『そう言うことだ』
「!?」
上書きされたはずの肉体の支配権。消えたはずのアンセルムスの人格。それがなぜ、まだ残っている?
『神』の焦りを感じ、アンセルムスは笑う。
『お前、俺を舐め過ぎだぜ』
支配権を奪ったはずの身体が、勝手に動く。『神』の意志に反し、身体が動く。『神殺し』を持つ手が動き、心臓のある部分まで持って行かれる。
「な、何をする気だ?」
『お前を、倒す』
アンセルムスが言った。わざわざ、お前の方からこの肉体に入ってくれて助かった、とアンセルムスは言う。おかげで、倒しやすい、と。
あの合金の鎧では倒しにくくとも、この脆弱な人の身体ならば、簡単に倒せる。
「ま、まて」
『神』が焦りの声を出す。
「そんなことをすれば、我どころか、貴様も死ぬぞ!」
『神』の言葉に、『なんだ、そんなことか』とアンセルムスは言う。
『それは願ってもないことだ。俺は、死を恐れてはいない』
「ま、まて、まってく、」
ズサリ、と刃がアンセルムスの心臓を貫く。
「俺の中から出ていけ、そして、二度と現れるな」
アンセルムスが血を吐き出しながら言う。アンセルムスの脳裏で響いていた絶叫が、大広間全体に響く。
『わ、れが、シヌ。消える、我が・・・・・・アリエ、ない。こんなことが、あっていいは、ズが、な、いィー、ぎゅぎ、ぎ』
なおもエデナ=アルバに執着しようとする『神』の意志。それに向かって、アンセルムスは自分の胸から引き抜いた剣を投げた。
ひぃ、と逃げようとしたそれを、他の神々が阻んだ。そして、刃はその意志を貫いた。
『-------------ッ!!!!!』
『神』は絶叫し、その絶叫に合わせて、広間の歯車が止まる。カチリ、カチリ、とその音が次第に止まり、そしてすべての歯車が止まった時、広間の歯車はすべて崩れ落ちた。
それは、完全な『神』の死を意味していた。
やってやったぞ、見ているか、スヴェイル。
アンセルムスは呟き、胸を押さえた。出血がひどい。それも、当然か、と彼は嗤った。
ふと見えた、指輪。どうやら、そちらに逝く時が来たようだ。やっと、お前に会えるな。
「ナター、シャ」
ドサリ、と倒れ、彼の意識は暗転した。
目が覚めると、そこは光で覆われた世界。見たこともないような、楽園の中に彼はいた。起き上がり、周囲を見回す。人の気配はない。アンセルムスは静かに歩き出す。
どこかの城のような場所を歩いていると、噴水を見つけ、そこに腰掛ける女性が見えた。
その女性の後ろ姿に、言いようもない懐かしさと儚さを感じた。
(まさか)
アンセルムスはその後ろ姿を見て、その人物が誰か、わかった。彼は奔りだした。息が切れるほどに。
はぁはぁ、と息をつき、彼女の背中を見るアンセルムス。そんな彼に振り返り、彼女は笑った。
「久しぶりね、アンセルムス」
彼女は、ナターシャはアンセルムスを見て、その美しい顔をほころばせた。
ここは死後の世界なのか、と問うアンセルムスにナターシャは違うとだけ答えた。ここは、アンセルムスの無意識が作り出す、いわば夢。
君も幻なのか、と問うと、ある意味では、とナターシャは言った。
「俺は、これから死ぬのか?」
「あなたは、死にたい?」
ナターシャが逆に聞き返す。「・・・・・・わからない」アンセルムスは首を振った。
「なら、そういうことなのよ。悩むってことは、あなたは死にたくない、ってことよ」
ナターシャは言い、空に手を出す。彼女の美しい指に、蝶が止まる。白い蝶は、しばらくその指に泊まっていたが、またどこかへと飛んでいった。
「あなたは、まだ自分が赦せない?」
「・・・・・・」
「そう」
沈黙の肯定を受け、ナターシャは笑ったまま頷いた。
「ならば、あなたは生きなければならない。生きて、贖い続けなければならない」
ナターシャが前を示す。アンセルムスがその指の先を見ると、そこにはまばゆい光が。
「さあ、現実逃避は終わり。あの先に、あなたを待つ光がある。私は何時でもここにいる。またいつでも会える。だから」
ナターシャの手が、アンセルムスの背を押した。彼の身体は、光に飲み込まれた。
「ナターシャ!!」
叫び、手を伸ばすアンセルムスに、ナターシャは笑って見せた。その目から、涙が落ちた。
「愛しているわ、アンセルムス。永久に」
彼女の名を叫び、アンセルムスは再びその意識を手放した。